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第1章 桜舞う屋敷
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郊外の私鉄、神有(かみあり)駅に電車が滑り込んだ。ドアが開き、人々が足早にホームを駆け抜ける。
奥村清成はゆっくりと一歩を踏み出し、駅舎の外へと出た。
再開発されたばかりの駅前は整っているが、奥村の視線は、まるですでに“使われ尽くした未来”を見ているようだった。
駅前の客目当てに建てられたコンビニやドラッグストアの前では、制服姿の女子高生が2人、笑いながら自転車を並べている。
日差しは強いが風があり、蒸し暑さはそれほど感じない。
―駅近、環境は整ってる……悪くない―
奥村はジャケットのポケットからスマホを取り出し、周囲の写真を数枚撮った。
地図アプリで目星をつけていた住宅街方面へと歩き出す。
目的は、再開発可能な未利用地の調査だった。
神有駅から徒歩で5分ほど。
奥村は、きれいに舗装された歩道を歩いていた。
片側にはまだ真新しい低層アパートが並び、その先には建て売りの戸建て住宅が整然と立ち並ぶエリアが続いている。
どの家も、均質で、無難で、安全そうで、そして――面白みがない。
―これが今、売れる街の正解ってわけか……―
南急建設に入社して7年あまり、郊外開発の現場は数多く見てきたが、どこも似たようなものだった。
だが、この街は駅からのアクセスも悪くなく、生活圏に大型モールもあり、開発地としては上々だ。
少し歩を進めると、通りの向こうに、遠目にも鮮やかな桜の木が目に入った。
「これは……?」
思わず目を奪われ、言葉を失ってしまった。
まばらな通行人が目を奪われることもなく通り過ぎていくのが、かえって不気味に感じられる。
興味を惹かれた奥村は、その桜を目印に住宅街の中へと入っていく。
桜の下には住宅が並ぶ整形区画の中に、ぽつんと明らかに異質な敷地があった。
およそ二十戸は入りそうな広さの土地が、低く古びた塀で囲まれている。
中には、黒ずんだ洋館風の建物が一棟。
屋根の一部は崩れ、門には板が打ち付けられていた。
だが、門のすぐそばから見える桜だけが、異様なまでに見事な花をつけていた。
「……ここだな」
奥村は手帳を取り出し、土地の大まかな面積を見積もった。
造成し直せば、戸建てで十数戸、あるいは中層マンションも視野に入る。
状態から見て、人が住んでいる気配はない。
「交渉してみる価値はありそうだ」
そのとき、背後からふとした気配がした。
「今年も見事に咲いていますね……」
驚いて振り返ると、歩道脇で花に見惚れる近所の住人とみられる女性の姿があった。
落ち着いた服装、二十代後半くらいだろうか。
肌は白く、髪はきれいにまとめられている。
「こんにちは。すみません、驚かせてしまいましたか」
「ああ、いえ。こんにちは。お知り合いの家とか、ですか?」
「いえいえ、私は近くの住人です。このお屋敷、昔から変わらないんですよ。もう誰も住んでいないんですけれどね」
彼女はそう言って、桜を仰ぎ見た。
「この桜は、ちょっと特別なんです。ほかの家の桜よりも心なしか赤みが強くて、青空によく映えていて……不思議と人の気配がするような、しないような。それと紫陽花も綺麗なんですよ」
奥村は苦笑しつつ、話を合わせる。
「紫陽花もですか?」
「ええ、梅雨になると、あの裏庭に。それはもう、色とりどりで、まるで絵みたいに咲きますのよ。他では見たことがないほど鮮やかで」
「……そうですか。ご存じであれば、このお屋敷、どなたがお住まいだったか伺って
も?」
女性は少しだけ首を傾げ、懐かしむように言った。
「たしか『喜連川』というお名前のご家族でした。ご夫婦と、私と同じ年頃の双子の女の子。とても仲の良いご家族でしたよ。でも……奥様が病気で亡くなってから、家主の方が一人で姉妹の面倒を見ていたようでした」
「それが、あるとき誰もいなくなって……。その頃からでしたね、夜になると屋敷の中で笑い声が聞こえるって噂が立ったのは。幽霊だなんて、若い子たちは怖がってましたよ」
女性の声は耳に柔らかかったが、目元には暗い影があるようにも見えた。
まるで“そこにいる何か”を知っているかのようだった。
「……笑い声、ですか?」
「ええ。桜が咲く頃、紫陽花が咲く頃に。苦しそうで、でもどこか楽しそうな……」
奥村は曖昧に微笑みながら、礼を言った。
「貴重なお話、ありがとうございます。少し調べてみようと思います」
女性は微笑みを浮かべ、軽く会釈をして立ち去っていく。
風が吹き、桜の花びらが奥村の肩に落ちた。
2羽の蝶がひらひらと花びらの中を舞っている。
奥村は再び屋敷を見やり、古びた門の前に立ってみた。
「……笑い声が聞こえる、か」
風の音に混じって、かすかに笑い声が聞こえたような気がした。
奥村清成はゆっくりと一歩を踏み出し、駅舎の外へと出た。
再開発されたばかりの駅前は整っているが、奥村の視線は、まるですでに“使われ尽くした未来”を見ているようだった。
駅前の客目当てに建てられたコンビニやドラッグストアの前では、制服姿の女子高生が2人、笑いながら自転車を並べている。
日差しは強いが風があり、蒸し暑さはそれほど感じない。
―駅近、環境は整ってる……悪くない―
奥村はジャケットのポケットからスマホを取り出し、周囲の写真を数枚撮った。
地図アプリで目星をつけていた住宅街方面へと歩き出す。
目的は、再開発可能な未利用地の調査だった。
神有駅から徒歩で5分ほど。
奥村は、きれいに舗装された歩道を歩いていた。
片側にはまだ真新しい低層アパートが並び、その先には建て売りの戸建て住宅が整然と立ち並ぶエリアが続いている。
どの家も、均質で、無難で、安全そうで、そして――面白みがない。
―これが今、売れる街の正解ってわけか……―
南急建設に入社して7年あまり、郊外開発の現場は数多く見てきたが、どこも似たようなものだった。
だが、この街は駅からのアクセスも悪くなく、生活圏に大型モールもあり、開発地としては上々だ。
少し歩を進めると、通りの向こうに、遠目にも鮮やかな桜の木が目に入った。
「これは……?」
思わず目を奪われ、言葉を失ってしまった。
まばらな通行人が目を奪われることもなく通り過ぎていくのが、かえって不気味に感じられる。
興味を惹かれた奥村は、その桜を目印に住宅街の中へと入っていく。
桜の下には住宅が並ぶ整形区画の中に、ぽつんと明らかに異質な敷地があった。
およそ二十戸は入りそうな広さの土地が、低く古びた塀で囲まれている。
中には、黒ずんだ洋館風の建物が一棟。
屋根の一部は崩れ、門には板が打ち付けられていた。
だが、門のすぐそばから見える桜だけが、異様なまでに見事な花をつけていた。
「……ここだな」
奥村は手帳を取り出し、土地の大まかな面積を見積もった。
造成し直せば、戸建てで十数戸、あるいは中層マンションも視野に入る。
状態から見て、人が住んでいる気配はない。
「交渉してみる価値はありそうだ」
そのとき、背後からふとした気配がした。
「今年も見事に咲いていますね……」
驚いて振り返ると、歩道脇で花に見惚れる近所の住人とみられる女性の姿があった。
落ち着いた服装、二十代後半くらいだろうか。
肌は白く、髪はきれいにまとめられている。
「こんにちは。すみません、驚かせてしまいましたか」
「ああ、いえ。こんにちは。お知り合いの家とか、ですか?」
「いえいえ、私は近くの住人です。このお屋敷、昔から変わらないんですよ。もう誰も住んでいないんですけれどね」
彼女はそう言って、桜を仰ぎ見た。
「この桜は、ちょっと特別なんです。ほかの家の桜よりも心なしか赤みが強くて、青空によく映えていて……不思議と人の気配がするような、しないような。それと紫陽花も綺麗なんですよ」
奥村は苦笑しつつ、話を合わせる。
「紫陽花もですか?」
「ええ、梅雨になると、あの裏庭に。それはもう、色とりどりで、まるで絵みたいに咲きますのよ。他では見たことがないほど鮮やかで」
「……そうですか。ご存じであれば、このお屋敷、どなたがお住まいだったか伺って
も?」
女性は少しだけ首を傾げ、懐かしむように言った。
「たしか『喜連川』というお名前のご家族でした。ご夫婦と、私と同じ年頃の双子の女の子。とても仲の良いご家族でしたよ。でも……奥様が病気で亡くなってから、家主の方が一人で姉妹の面倒を見ていたようでした」
「それが、あるとき誰もいなくなって……。その頃からでしたね、夜になると屋敷の中で笑い声が聞こえるって噂が立ったのは。幽霊だなんて、若い子たちは怖がってましたよ」
女性の声は耳に柔らかかったが、目元には暗い影があるようにも見えた。
まるで“そこにいる何か”を知っているかのようだった。
「……笑い声、ですか?」
「ええ。桜が咲く頃、紫陽花が咲く頃に。苦しそうで、でもどこか楽しそうな……」
奥村は曖昧に微笑みながら、礼を言った。
「貴重なお話、ありがとうございます。少し調べてみようと思います」
女性は微笑みを浮かべ、軽く会釈をして立ち去っていく。
風が吹き、桜の花びらが奥村の肩に落ちた。
2羽の蝶がひらひらと花びらの中を舞っている。
奥村は再び屋敷を見やり、古びた門の前に立ってみた。
「……笑い声が聞こえる、か」
風の音に混じって、かすかに笑い声が聞こえたような気がした。
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