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第6話 静かなる違和感
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ヘルメットが静かに持ち上がると、尚子は一瞬まぶしそうに目を細めた。
薄暗い部屋の空気が妙に現実味を帯び、暖房の風が汗ばむ額に当たった瞬間、ようやく現実に戻ってきた感覚が彼女を包んだ。
「おかえり、尚子」
マリアがガラス越しに控え室へ入ってきた。彼女は何かを達成した者の顔をしていた。
頬はうっすら紅潮し、目はキラキラと興奮の色を宿している。
「すごかったわ、あの人生……完璧に近い再構成だった。シミュレーターの初期テストとしては大成功よ!」
尚子は、少し放心したように椅子に座ったまま天井を見つめていた。
彼女の脳裏には、つい数分前まで“他者の視点”で見せられていた“自分自身”の半生が、鮮明に残っていた。
「……不思議ね。他人事みたいに見えたわ。でも、すべてが確かに私だった」
「ええ。人は、第三者視点で自分の人生を見ることなんてできないでしょう? でも、この装置はそれを可能にした。心理療法にも、教育にも、未来の社会設計にも応用できるはずよ」
マリアは研究者としての興奮を隠せずに語るが、尚子の表情はやや複雑だった。
「……私の人生は、努力して、自分で掴み取ったものばかり。間違ってなかったわよね」
マリアは静かに頷いた。
そして、スッと椅子に腰を下ろし、表情を少し引き締める。
「尚子。実はもう一つ、試してみたいことがあるの」
「……なに?」
「今見せたのは、いわば“現在地点”までの再生。でもこのシミュレーターにはね、未来予測や環境の一部が変化していたらどうなっていたか――つまり、“別の人生”を演算する機能があるの」
尚子の目が鋭くなる。
「つまり、「未来」や「並行世界」のシミュレーション……?」
「そう。あなたの人生で明らかに分岐点になった出来事に介入して、違う条件を与えてみる。例えば――中学時代の担任教師が、あなたを励まさなかったら?」
「それで私が、今のようにならなかったと?」
尚子の声には、わずかな苛立ちが滲んでいた。
だが、マリアはそれを受け流すように、静かに微笑んだ。
「違う未来があったという証明じゃない。可能性の一つとして、見るだけ。……もちろん、イヤなら止めてもいい」
一瞬、尚子は口を閉ざした。
だが、心の奥底では、さっきの再生映像の中で感じた“違和感”が、まだ静かに燻っていた。
「……やってみましょう」
マリアはすぐに端末に向かい、指先で操作を始めた。
「じゃあ、“もし、中学の担任が違う教員だったら”というパラメータで走らせてみるわ。教育熱心ではない、無関心なタイプの教師。環境的支援は変えないままで……」
カチリとキーボードが鳴り、モニターに再び黒い画面が映し出される。
Simulation Start : Subject MATSUDIRA NAOKO
Environment : Altered Timeline / Education Influence Removed
尚子は言葉を失ったまま、その画面を見つめていた。
やがて、そこに一人の少女が映る。
彼女の名前は、中代尚子。
けれど、あの光を宿した瞳は、もはやどこにもなかった――。
薄暗い部屋の空気が妙に現実味を帯び、暖房の風が汗ばむ額に当たった瞬間、ようやく現実に戻ってきた感覚が彼女を包んだ。
「おかえり、尚子」
マリアがガラス越しに控え室へ入ってきた。彼女は何かを達成した者の顔をしていた。
頬はうっすら紅潮し、目はキラキラと興奮の色を宿している。
「すごかったわ、あの人生……完璧に近い再構成だった。シミュレーターの初期テストとしては大成功よ!」
尚子は、少し放心したように椅子に座ったまま天井を見つめていた。
彼女の脳裏には、つい数分前まで“他者の視点”で見せられていた“自分自身”の半生が、鮮明に残っていた。
「……不思議ね。他人事みたいに見えたわ。でも、すべてが確かに私だった」
「ええ。人は、第三者視点で自分の人生を見ることなんてできないでしょう? でも、この装置はそれを可能にした。心理療法にも、教育にも、未来の社会設計にも応用できるはずよ」
マリアは研究者としての興奮を隠せずに語るが、尚子の表情はやや複雑だった。
「……私の人生は、努力して、自分で掴み取ったものばかり。間違ってなかったわよね」
マリアは静かに頷いた。
そして、スッと椅子に腰を下ろし、表情を少し引き締める。
「尚子。実はもう一つ、試してみたいことがあるの」
「……なに?」
「今見せたのは、いわば“現在地点”までの再生。でもこのシミュレーターにはね、未来予測や環境の一部が変化していたらどうなっていたか――つまり、“別の人生”を演算する機能があるの」
尚子の目が鋭くなる。
「つまり、「未来」や「並行世界」のシミュレーション……?」
「そう。あなたの人生で明らかに分岐点になった出来事に介入して、違う条件を与えてみる。例えば――中学時代の担任教師が、あなたを励まさなかったら?」
「それで私が、今のようにならなかったと?」
尚子の声には、わずかな苛立ちが滲んでいた。
だが、マリアはそれを受け流すように、静かに微笑んだ。
「違う未来があったという証明じゃない。可能性の一つとして、見るだけ。……もちろん、イヤなら止めてもいい」
一瞬、尚子は口を閉ざした。
だが、心の奥底では、さっきの再生映像の中で感じた“違和感”が、まだ静かに燻っていた。
「……やってみましょう」
マリアはすぐに端末に向かい、指先で操作を始めた。
「じゃあ、“もし、中学の担任が違う教員だったら”というパラメータで走らせてみるわ。教育熱心ではない、無関心なタイプの教師。環境的支援は変えないままで……」
カチリとキーボードが鳴り、モニターに再び黒い画面が映し出される。
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けれど、あの光を宿した瞳は、もはやどこにもなかった――。
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