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第5話 記憶の軌跡
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―ふっと光が収まり、暗転。
次の瞬間、スクリーンのように開いた空間に、ある少女の後ろ姿が浮かび上がった。
画面の右隅に、電子的なフォントで表示が現れる。
Simulation Start : Subject MATSUDIRA NAOKO
Environment : Original Timeline / No Alteration
少女の名は中代尚子。
広島の山あいにある小さな町で、母と二人きりで暮らしていた。
暮らしは貧しかった。
市営住宅の一角、薄暗い六畳一間。
ガスコンロも古び、夏は熱気がこもり、冬は窓際の結露が凍る。
だが、その空間には一つだけ、眩しいほどの輝きがあった――尚子の目だ。
彼女は黙々と机に向かい、鉛筆の芯を何度も削りながら、教科書に線を引いていた。
外で遊ぶ声にも振り向かず、母の作った薄い味噌汁をすすり、静かに夜を過ごす。
中学進学後の最初の宿題提出日。
数学担当教師の坂本 鉄矢が、尚子のノートを見て目を輝かせながら褒めた。
「中代君は、問題の解き方がきちんとしている。真面目に勉強している証拠だ。これからも一緒に頑張ろう!」
その言葉が、初めて“誰かに認められた”瞬間だった。
坂本は教育熱心な教師で、塾に行けない生徒に対して放課後補講を行っており、尚子も積極的に受講した。
坂本はそのことを誰よりも喜び、何かにつけて励ましたことにより、尚子は勉学にのめり込む。
そのため、成績は学年トップはおろか県内でもトップクラスとなり、高校は奨学金と特待制度を受け、中国地方有数の有名私立進学校への入学を果たす。
有名私立進学校だけあって、周囲は名家や裕福な家庭の子どもばかりだった。
バッグも靴も、彼女のものとはどこか違う。
だが尚子は、そのようなものに興味はなく、ひたすら勉学に励み、机上の努力で周りの学力を凌駕していった。
――努力は報われる。学びこそが、貧困からの出口だ。
この信念が、彼女の中に静かに根を張り始めた。
高校3年の進路希望調査で、尚子は「経済学部」と書いた。
理由は明白だった。
“なぜ貧困が生まれるのか?”
“なぜ、努力しても抜け出せない人がいるのか?”
それを、理論で解き明かしたかった。
経済学分野における世界的な名門校、田安大学経済学部に進学後、彼女は初めて、周囲の“怠惰”に違和感を覚え始めた。
「奨学金を借りてまで進学したのに、授業に出ていない人がいる。」
「貧困家庭出身者が、なぜ努力しようとしないのか?」
その違和感は、やがて疑念に変わり、やがて断定へと変わる。
――貧困は、努力しない人間が自ら招いているのではないか。
大学院進学後、尚子は指導教授となったレイナード・スミス教授の推薦でMITに渡る。
そこで出会ったのが、陽気で知的で、どこか破天荒なマリア・ヴァンダービルトだった。
研究に没頭する日々。
異国の地で交わした夜食と議論。
そして、ある日、研究資料を印刷しようとした大学のコピー室で、彼女は一人の青年と出会う。
松平定征――端正な顔立ちと落ち着いた物腰。
聞けば、財団研究員として留学中の、名門旧家の出身だという。
二人は自然と惹かれ合い、定征の帰国に合わせて尚子も日本へ戻る。
文久大学に准教授として採用され、やがて二人は結婚。
翌年、息子・定頼が生まれる。
その後の尚子の人生は、まさに“上昇の連続”だった。
教授職を得て、政府の経済財政諮問会議の委員に選任されると、彼女は農業改革の場で辣腕を振るった。
反発する野党議員や農家に対し、冷静かつ鋭利な論理で切り返す。
「生活ができないのではなく、“変化を恐れている”だけです。」
「農家の皆さんに問いたい。本当に必要なのは保護ですか? それとも、未来ですか?」
それは、現場の反感を買いつつも、確実に国の政策を動かしていった。
委員退任後、民間の農業系企業の取締役に就任。
ストックオプションで得た資産は莫大だった。
テレビ出演も始まり、その辛辣なコメントは一部でカリスマ視されるようになった。
さらには、一人息子の定頼も順調に育ち、今年度からハーバード大学へと進学のため渡米した。
そして今――彼女の家庭は、誰が見ても“理想”の形を保っていた。
文久大学教授。
社会的成功。
敬意ある家庭。
エリート大学に進学した息子。
記憶の再生が終わり、画面は静かにフェードアウトする。
シミュレーションルームの扉の向こう、モニターを見つめるマリアの目がわずかに潤んでいた。
「昔、話には聞いてはいたけど、これが……あなたの歩んできた人生なのね、尚子」
次の瞬間、スクリーンのように開いた空間に、ある少女の後ろ姿が浮かび上がった。
画面の右隅に、電子的なフォントで表示が現れる。
Simulation Start : Subject MATSUDIRA NAOKO
Environment : Original Timeline / No Alteration
少女の名は中代尚子。
広島の山あいにある小さな町で、母と二人きりで暮らしていた。
暮らしは貧しかった。
市営住宅の一角、薄暗い六畳一間。
ガスコンロも古び、夏は熱気がこもり、冬は窓際の結露が凍る。
だが、その空間には一つだけ、眩しいほどの輝きがあった――尚子の目だ。
彼女は黙々と机に向かい、鉛筆の芯を何度も削りながら、教科書に線を引いていた。
外で遊ぶ声にも振り向かず、母の作った薄い味噌汁をすすり、静かに夜を過ごす。
中学進学後の最初の宿題提出日。
数学担当教師の坂本 鉄矢が、尚子のノートを見て目を輝かせながら褒めた。
「中代君は、問題の解き方がきちんとしている。真面目に勉強している証拠だ。これからも一緒に頑張ろう!」
その言葉が、初めて“誰かに認められた”瞬間だった。
坂本は教育熱心な教師で、塾に行けない生徒に対して放課後補講を行っており、尚子も積極的に受講した。
坂本はそのことを誰よりも喜び、何かにつけて励ましたことにより、尚子は勉学にのめり込む。
そのため、成績は学年トップはおろか県内でもトップクラスとなり、高校は奨学金と特待制度を受け、中国地方有数の有名私立進学校への入学を果たす。
有名私立進学校だけあって、周囲は名家や裕福な家庭の子どもばかりだった。
バッグも靴も、彼女のものとはどこか違う。
だが尚子は、そのようなものに興味はなく、ひたすら勉学に励み、机上の努力で周りの学力を凌駕していった。
――努力は報われる。学びこそが、貧困からの出口だ。
この信念が、彼女の中に静かに根を張り始めた。
高校3年の進路希望調査で、尚子は「経済学部」と書いた。
理由は明白だった。
“なぜ貧困が生まれるのか?”
“なぜ、努力しても抜け出せない人がいるのか?”
それを、理論で解き明かしたかった。
経済学分野における世界的な名門校、田安大学経済学部に進学後、彼女は初めて、周囲の“怠惰”に違和感を覚え始めた。
「奨学金を借りてまで進学したのに、授業に出ていない人がいる。」
「貧困家庭出身者が、なぜ努力しようとしないのか?」
その違和感は、やがて疑念に変わり、やがて断定へと変わる。
――貧困は、努力しない人間が自ら招いているのではないか。
大学院進学後、尚子は指導教授となったレイナード・スミス教授の推薦でMITに渡る。
そこで出会ったのが、陽気で知的で、どこか破天荒なマリア・ヴァンダービルトだった。
研究に没頭する日々。
異国の地で交わした夜食と議論。
そして、ある日、研究資料を印刷しようとした大学のコピー室で、彼女は一人の青年と出会う。
松平定征――端正な顔立ちと落ち着いた物腰。
聞けば、財団研究員として留学中の、名門旧家の出身だという。
二人は自然と惹かれ合い、定征の帰国に合わせて尚子も日本へ戻る。
文久大学に准教授として採用され、やがて二人は結婚。
翌年、息子・定頼が生まれる。
その後の尚子の人生は、まさに“上昇の連続”だった。
教授職を得て、政府の経済財政諮問会議の委員に選任されると、彼女は農業改革の場で辣腕を振るった。
反発する野党議員や農家に対し、冷静かつ鋭利な論理で切り返す。
「生活ができないのではなく、“変化を恐れている”だけです。」
「農家の皆さんに問いたい。本当に必要なのは保護ですか? それとも、未来ですか?」
それは、現場の反感を買いつつも、確実に国の政策を動かしていった。
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テレビ出演も始まり、その辛辣なコメントは一部でカリスマ視されるようになった。
さらには、一人息子の定頼も順調に育ち、今年度からハーバード大学へと進学のため渡米した。
そして今――彼女の家庭は、誰が見ても“理想”の形を保っていた。
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