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第4話 量子の扉
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工学部棟の最上階――人の往来が少ないその階には、研究施設独特の金属と静電気の匂いが漂っていた。
廊下の照明は白く冷たく、扉一つひとつに刻まれたプレートのアルファベットが、異国の空気をそのまま保っているようだった。
「Professor Maria VANDERBILT」
英字の名札が掲げられた扉の前に立ち、尚子は軽くノックした。
「Come in!」
中から響いた明るい声に、尚子は苦笑しながらドアを押し開けた。
室内は、まるで“未来の書斎”だった。
デスクの上には複雑な数式が走るホログラム、壁一面に貼られた量子論関連のポスターと設計図。
奥のガラスケースには、小型の超伝導冷却装置と思われる機材が無造作に並んでいる。
その片隅には、時節柄か卓上の小さなクリスマスツリーが置いてあるのが不釣り合いだった。
そんな空間の中央で、白衣姿の金髪の女性が両手を広げて立っている。
「尚子! 本当に来てくれて嬉しいわ!」
マリアは尚子の手を取ると、まるで十年ぶりの再会でもあるかのように目を輝かせた。
「私も嬉しいわ、マリア。日本はどう? 研究は順調?」
「上々よ。いや、それどころか……ようやく、“あれ”が完成したの。」
マリアは白衣のポケットからタブレット端末を取り出し、画面をスワイプした。
すると、研究室の奥に設けられた半透明の間仕切りの向こうに、小さな部屋が映し出された。
室内には、椅子と一体化した奇妙な装置。天井から延びたケーブルと、ドーム型のヘルメット。
まるで映画のセットのようだ。
「それが……?」
「人間の記憶を読み取り、第三者視点で再構成できるシミュレーター。し・か・もね、過去の情報をもとにして、未来予測シミュレーションもできるし、過去の環境条件を変更して、“もう一つの人生”を仮想的に再生することすらも可能なの!」
マリアは自信たっぷりに言ったが、尚子は一歩下がった。
「ちょっと待って。記憶の読み取りって、倫理的に――」
「安心して。純粋に非侵襲型の読み取りよ。量子干渉と脳波スキャンを組み合わせた独自技術。夢の記憶に近い形で記録されるから、心理的影響は限りなく低い。そうね~日本のマンガでいうと、「ドラえもん」に出てくる過去のことを映像で見るとができる「タイムテレビ」といったところかしら。個人の記憶限定だけど。それより何より、実験のためにあなたに協力してもらいたいの。あなたの記憶なら、実験データとして理想的だから」
「私の記憶が?」
「ええ。環境変数が複雑だけど、社会的には成功者。そして、過去に“選択”の明確なターニングポイントがある。研究者としても母としても、あなたのデータは非常に興味深いのよ」
「でも、……頭の中を覗かれるということよね。ちょっと、それは………」
「お願い、尚子。この通り!」
そう言って神に祈りをささげるようなポーズで懇願するマリア。
古くからの友人のそのような態度に逡巡していた尚子だったが、ため息をつくと
両腕を広げて仕方ないといった表情でうなずいた。
「はあ、マリアと私の仲だから仕方ないわね。いいわ、協力してあげる。ただし、あくまで“協力”としてよ。おかしな記事にでもされたら、教授会で問題になるわ」
「ありがとう、尚子!もちろん、秘密厳守。私、MITでの友達の信用だけは絶対に裏切らないって決めてるから」
マリアの口調には、冗談とも本気ともつかない熱があった。尚子は小さく笑いながら、間仕切りの奥へと足を踏み入れる。
部屋の中央に設置された椅子に座り、頭にヘルメットを装着する。その瞬間、わずかな耳鳴りのような音が耳をかすめた。
「では、30分ほどで記憶のスキャンが完了するわ。何か変な感覚があったら、すぐ教えてね」
「ええ。……どうせなら、面白い夢でも見せてほしいところね」
ヘルメットの内側がゆっくりと淡い光に満たされ、視界が白く染まっていく。
外から見れば、ただ椅子に座って目を閉じているだけのようだが、尚子の意識はすでに――別の世界の扉の前に立っていた。
廊下の照明は白く冷たく、扉一つひとつに刻まれたプレートのアルファベットが、異国の空気をそのまま保っているようだった。
「Professor Maria VANDERBILT」
英字の名札が掲げられた扉の前に立ち、尚子は軽くノックした。
「Come in!」
中から響いた明るい声に、尚子は苦笑しながらドアを押し開けた。
室内は、まるで“未来の書斎”だった。
デスクの上には複雑な数式が走るホログラム、壁一面に貼られた量子論関連のポスターと設計図。
奥のガラスケースには、小型の超伝導冷却装置と思われる機材が無造作に並んでいる。
その片隅には、時節柄か卓上の小さなクリスマスツリーが置いてあるのが不釣り合いだった。
そんな空間の中央で、白衣姿の金髪の女性が両手を広げて立っている。
「尚子! 本当に来てくれて嬉しいわ!」
マリアは尚子の手を取ると、まるで十年ぶりの再会でもあるかのように目を輝かせた。
「私も嬉しいわ、マリア。日本はどう? 研究は順調?」
「上々よ。いや、それどころか……ようやく、“あれ”が完成したの。」
マリアは白衣のポケットからタブレット端末を取り出し、画面をスワイプした。
すると、研究室の奥に設けられた半透明の間仕切りの向こうに、小さな部屋が映し出された。
室内には、椅子と一体化した奇妙な装置。天井から延びたケーブルと、ドーム型のヘルメット。
まるで映画のセットのようだ。
「それが……?」
「人間の記憶を読み取り、第三者視点で再構成できるシミュレーター。し・か・もね、過去の情報をもとにして、未来予測シミュレーションもできるし、過去の環境条件を変更して、“もう一つの人生”を仮想的に再生することすらも可能なの!」
マリアは自信たっぷりに言ったが、尚子は一歩下がった。
「ちょっと待って。記憶の読み取りって、倫理的に――」
「安心して。純粋に非侵襲型の読み取りよ。量子干渉と脳波スキャンを組み合わせた独自技術。夢の記憶に近い形で記録されるから、心理的影響は限りなく低い。そうね~日本のマンガでいうと、「ドラえもん」に出てくる過去のことを映像で見るとができる「タイムテレビ」といったところかしら。個人の記憶限定だけど。それより何より、実験のためにあなたに協力してもらいたいの。あなたの記憶なら、実験データとして理想的だから」
「私の記憶が?」
「ええ。環境変数が複雑だけど、社会的には成功者。そして、過去に“選択”の明確なターニングポイントがある。研究者としても母としても、あなたのデータは非常に興味深いのよ」
「でも、……頭の中を覗かれるということよね。ちょっと、それは………」
「お願い、尚子。この通り!」
そう言って神に祈りをささげるようなポーズで懇願するマリア。
古くからの友人のそのような態度に逡巡していた尚子だったが、ため息をつくと
両腕を広げて仕方ないといった表情でうなずいた。
「はあ、マリアと私の仲だから仕方ないわね。いいわ、協力してあげる。ただし、あくまで“協力”としてよ。おかしな記事にでもされたら、教授会で問題になるわ」
「ありがとう、尚子!もちろん、秘密厳守。私、MITでの友達の信用だけは絶対に裏切らないって決めてるから」
マリアの口調には、冗談とも本気ともつかない熱があった。尚子は小さく笑いながら、間仕切りの奥へと足を踏み入れる。
部屋の中央に設置された椅子に座り、頭にヘルメットを装着する。その瞬間、わずかな耳鳴りのような音が耳をかすめた。
「では、30分ほどで記憶のスキャンが完了するわ。何か変な感覚があったら、すぐ教えてね」
「ええ。……どうせなら、面白い夢でも見せてほしいところね」
ヘルメットの内側がゆっくりと淡い光に満たされ、視界が白く染まっていく。
外から見れば、ただ椅子に座って目を閉じているだけのようだが、尚子の意識はすでに――別の世界の扉の前に立っていた。
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