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第8話 綻びの音
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モニターが黒くなった瞬間、尚子の胸にひやりとした感覚が走った。
椅子に腰を下ろしたまま、彼女はしばし言葉を発せなかった。
目の奥がじんわりと痛み、手のひらには冷たい汗がにじんでいる。
「……いまの……」
声がかすれた。
マリアは、端末の前に立ったまま、眉をひそめながら尚子の様子をうかがった。
「見た通りよ。あなたの人生で、中学時代に支援してくれる教師がいなかったら――ああいう未来が起こり得た、というだけ」
「でも、それは……」
尚子はゆっくりと顔を上げた。
「そんなはずないわ。私はどんな環境にいても、必ず自分で道を切り拓ける。努力をして、考えて、逃げずに前を向いてきた。それは変わらないはずよ」
「わかってる。あなたのそういうところ、私はずっと尊敬してた。でも尚子、これが現実よ。誰かの一言で人は変わる。環境が違えば、“あなた”だって別人になり得るの」
尚子の目が細くなる。
「それは、あなたの装置がそう“見せただけ”じゃないの? 精密すぎて、リアルに見えたからって、それが真実だとは限らない。機械に“もしも”を語らせて、それが人の真価を測れるとでも?」
尚子は立ち上がり、ディスプレイに目を向ける。だが、その映像はもう何も映していなかった。真っ黒な画面が、彼女の心に巣食った“恐れ”を映し返すようだった。
「……私は違う。あの女とは」
静かに、けれどはっきりとそう呟いた。
マリアは、モニターをオフにしながら首を傾げた。
「尚子。あの“女”も、あなたなのよ」
「違う!」
鋭く響いた尚子の声に、研究室の空気がピンと張り詰めた。
尚子は手を握りしめ、自分でも驚くほど声を荒らげていた。
「私は……あんな人生、送らない。絶対に。あれはエラーよ、マリア。あなたのシミュレーターが誤作動を起こしたの。点検してみて。必ずどこかに欠陥があるはずよ」
マリアはしばらく黙っていたが、やがてため息をついて頷いた。
「……わかった。念のためチェックしてみる。初期テストだし、調整不足の可能性もゼロじゃないから。でも、尚子」
彼女は言葉を区切り、尚子を見据えた。
「仮に装置に何の誤作動もなかったとしたら――あなたは、その結果を受け入れられる?」
尚子は目を伏せた。
そのとき、バッグの中からスマートフォンの電子音が鳴った。
アラーム。
息子・定頼の帰宅予定時刻だ。
――忘れていた。今日は、定頼が帰ってくる日だった。
尚子は我に返ったようにスマートフォンを取り出し、マリアに軽く頭を下げた。
「……ごめんなさい。今日はもう帰らなきゃ。息子が家に戻ってくるの」
「うん、わかった。また後日、システムの結果を共有するわ」
マリアは静かに頷いた。
尚子は背を向け、無言のままドアに向かう。だがその背中には、以前にはなかった“かすかな震え”が宿っていた。
彼女は確かに、自分の心の奥底で問いを抱いていた。
――努力だけで、私の人生は成立していたのだろうか。
その答えはまだ、彼女自身にもわからなかった。
椅子に腰を下ろしたまま、彼女はしばし言葉を発せなかった。
目の奥がじんわりと痛み、手のひらには冷たい汗がにじんでいる。
「……いまの……」
声がかすれた。
マリアは、端末の前に立ったまま、眉をひそめながら尚子の様子をうかがった。
「見た通りよ。あなたの人生で、中学時代に支援してくれる教師がいなかったら――ああいう未来が起こり得た、というだけ」
「でも、それは……」
尚子はゆっくりと顔を上げた。
「そんなはずないわ。私はどんな環境にいても、必ず自分で道を切り拓ける。努力をして、考えて、逃げずに前を向いてきた。それは変わらないはずよ」
「わかってる。あなたのそういうところ、私はずっと尊敬してた。でも尚子、これが現実よ。誰かの一言で人は変わる。環境が違えば、“あなた”だって別人になり得るの」
尚子の目が細くなる。
「それは、あなたの装置がそう“見せただけ”じゃないの? 精密すぎて、リアルに見えたからって、それが真実だとは限らない。機械に“もしも”を語らせて、それが人の真価を測れるとでも?」
尚子は立ち上がり、ディスプレイに目を向ける。だが、その映像はもう何も映していなかった。真っ黒な画面が、彼女の心に巣食った“恐れ”を映し返すようだった。
「……私は違う。あの女とは」
静かに、けれどはっきりとそう呟いた。
マリアは、モニターをオフにしながら首を傾げた。
「尚子。あの“女”も、あなたなのよ」
「違う!」
鋭く響いた尚子の声に、研究室の空気がピンと張り詰めた。
尚子は手を握りしめ、自分でも驚くほど声を荒らげていた。
「私は……あんな人生、送らない。絶対に。あれはエラーよ、マリア。あなたのシミュレーターが誤作動を起こしたの。点検してみて。必ずどこかに欠陥があるはずよ」
マリアはしばらく黙っていたが、やがてため息をついて頷いた。
「……わかった。念のためチェックしてみる。初期テストだし、調整不足の可能性もゼロじゃないから。でも、尚子」
彼女は言葉を区切り、尚子を見据えた。
「仮に装置に何の誤作動もなかったとしたら――あなたは、その結果を受け入れられる?」
尚子は目を伏せた。
そのとき、バッグの中からスマートフォンの電子音が鳴った。
アラーム。
息子・定頼の帰宅予定時刻だ。
――忘れていた。今日は、定頼が帰ってくる日だった。
尚子は我に返ったようにスマートフォンを取り出し、マリアに軽く頭を下げた。
「……ごめんなさい。今日はもう帰らなきゃ。息子が家に戻ってくるの」
「うん、わかった。また後日、システムの結果を共有するわ」
マリアは静かに頷いた。
尚子は背を向け、無言のままドアに向かう。だがその背中には、以前にはなかった“かすかな震え”が宿っていた。
彼女は確かに、自分の心の奥底で問いを抱いていた。
――努力だけで、私の人生は成立していたのだろうか。
その答えはまだ、彼女自身にもわからなかった。
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