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第3話 夢の庭園とトーガの男
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自宅に戻ったデネブは、リシュリュー市のタウンミーティングに向けて自室のパソコンに向かい、党員の動向分析を実施していた。
気が付くと時計が午前2時を指している。
外を見ると、今日は流星群の日だったのか、いくつかの星が夜空を流れていた。
「神のご加護を…….」
デネブは流れ星に願をかけると、さすがに眠気が生じたので、仮眠を取ろうとソファに横たわった。
―――静かに眠りに落ちていく。
それは、妙に静かな夢だった。
デネブは、どこまでも青く澄んだ空の下、広々とした庭園を歩いていた。
足元には芝が敷き詰められ、風は優しく、遠くには樹々が揺れている。
花の香りも、鳥の声もない。
ただ、どこかで時間だけが静かに流れていた。
「……これは何?」
言葉に出しても、返答はない。
だが、不思議と不安はなかった。
夢だとわかっている。
あまりに現実離れしていて、逆に心地よいほどだった。
しばらく歩くと、白い石造りのベンチが見えてきた。
その上に、一人の老人が座っていた。
60歳前後に見えるラテン系の顔立ち。
だが顔はわずかに歪んでおり、体も左に傾いていた。
何より目を引いたのは、彼の身なりだった。
――月桂冠に、白いトーガ。
歴史の教科書に描かれた、古代ローマ人そのものだった。
デネブは警戒しながらも、近づいた。
「……こんにちは。あなたは誰?」
老人はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
左右非対称に口元が動いたが、それがどこか愛嬌を生んでいた。
「ティベリウス・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。かつて偉大なるローマにて、第一の市民を得ていた者だ」
あまりに突然の自己紹介に、デネブは一歩後ろに引いた。
「……冗談? それとも、ただの夢の中の妄想?それになんでローマの人間がフラワー語をしゃべっているの?」
「夢かもしれんし、そうでないかもしれん。ただ、我は長きにわたり霊界で穏やかに過ごしておったが、つい先日、ある事件が起きた」
クラウディウスは、少しばかり話し込むような様子で、語り始めた。
「セネカと妻が偉大なる大伯父に讒言をしたのだ。大伯父曰く、『そなたは妻に侮れ、まともな政務も行えなかったプリンケプスであったとセネカとアグリッピナが申した。お前のような不健全な肉体を持っていた不健全な魂が、この私と同じところにいるのは不愉快だ。早々にここから出ていけ』と。なんでも“できるだけ遠くに行け”とのことだった」
「……で、ここに来たってこと?」
「正確には、“来た”というより、“跳ばされた”。時空を越えて、精神の狭間でな。その果てに我が霊魂が、流れ星にぶつかり飛ばされて、たまたま君ににぶつかってしまったようだ。」
「え、何それ……つまり、あなた……憑いてるの?」
「うむ。おそらく憑いているから言葉が通じるのではないかな?……我ながら迷惑な存在だと思うが、他に行く当ても見つからず、しばらくはこのままでいたいのだが…」
混乱を超えて、脱力感が襲ってきた。デネブは思わず額を押さえる。
「……不法移民って言葉、思い出したわよ、今」
クラウディウスはくすっと笑った。
「それは面白い比喩だ。が、我はかつて“法”を作る側であったのだぞ。多少の例外は許してくれ」
その妙に人懐っこい笑みに、毒気を抜かれたようにデネブはため息をついた。
「……まあいいわ。夢ならいずれ醒める。現実なら、精神科に行く。ああ、それと私の名前を言ってなかったわね。私はデネブ・フォスターよ。あなたの名前は長いからクラウディウスと呼んでいい?」
「それで構わんよ、デネブ・フォスター。私は当面、君に憑いて静かにしていよう。ま、言ってみれば同棲だな」
「やめて、その言い方。なんか気色悪い」
そう言いながらも、デネブはベンチの隣に腰を下ろした。
目の前には、どこまでも続く青空。
夢であることを確信しながら、心のどこかで、この妙な男の言葉を信じ始めている自分がいた。
――そしてそれが、すべての始まりだった。
気が付くと時計が午前2時を指している。
外を見ると、今日は流星群の日だったのか、いくつかの星が夜空を流れていた。
「神のご加護を…….」
デネブは流れ星に願をかけると、さすがに眠気が生じたので、仮眠を取ろうとソファに横たわった。
―――静かに眠りに落ちていく。
それは、妙に静かな夢だった。
デネブは、どこまでも青く澄んだ空の下、広々とした庭園を歩いていた。
足元には芝が敷き詰められ、風は優しく、遠くには樹々が揺れている。
花の香りも、鳥の声もない。
ただ、どこかで時間だけが静かに流れていた。
「……これは何?」
言葉に出しても、返答はない。
だが、不思議と不安はなかった。
夢だとわかっている。
あまりに現実離れしていて、逆に心地よいほどだった。
しばらく歩くと、白い石造りのベンチが見えてきた。
その上に、一人の老人が座っていた。
60歳前後に見えるラテン系の顔立ち。
だが顔はわずかに歪んでおり、体も左に傾いていた。
何より目を引いたのは、彼の身なりだった。
――月桂冠に、白いトーガ。
歴史の教科書に描かれた、古代ローマ人そのものだった。
デネブは警戒しながらも、近づいた。
「……こんにちは。あなたは誰?」
老人はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
左右非対称に口元が動いたが、それがどこか愛嬌を生んでいた。
「ティベリウス・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。かつて偉大なるローマにて、第一の市民を得ていた者だ」
あまりに突然の自己紹介に、デネブは一歩後ろに引いた。
「……冗談? それとも、ただの夢の中の妄想?それになんでローマの人間がフラワー語をしゃべっているの?」
「夢かもしれんし、そうでないかもしれん。ただ、我は長きにわたり霊界で穏やかに過ごしておったが、つい先日、ある事件が起きた」
クラウディウスは、少しばかり話し込むような様子で、語り始めた。
「セネカと妻が偉大なる大伯父に讒言をしたのだ。大伯父曰く、『そなたは妻に侮れ、まともな政務も行えなかったプリンケプスであったとセネカとアグリッピナが申した。お前のような不健全な肉体を持っていた不健全な魂が、この私と同じところにいるのは不愉快だ。早々にここから出ていけ』と。なんでも“できるだけ遠くに行け”とのことだった」
「……で、ここに来たってこと?」
「正確には、“来た”というより、“跳ばされた”。時空を越えて、精神の狭間でな。その果てに我が霊魂が、流れ星にぶつかり飛ばされて、たまたま君ににぶつかってしまったようだ。」
「え、何それ……つまり、あなた……憑いてるの?」
「うむ。おそらく憑いているから言葉が通じるのではないかな?……我ながら迷惑な存在だと思うが、他に行く当ても見つからず、しばらくはこのままでいたいのだが…」
混乱を超えて、脱力感が襲ってきた。デネブは思わず額を押さえる。
「……不法移民って言葉、思い出したわよ、今」
クラウディウスはくすっと笑った。
「それは面白い比喩だ。が、我はかつて“法”を作る側であったのだぞ。多少の例外は許してくれ」
その妙に人懐っこい笑みに、毒気を抜かれたようにデネブはため息をついた。
「……まあいいわ。夢ならいずれ醒める。現実なら、精神科に行く。ああ、それと私の名前を言ってなかったわね。私はデネブ・フォスターよ。あなたの名前は長いからクラウディウスと呼んでいい?」
「それで構わんよ、デネブ・フォスター。私は当面、君に憑いて静かにしていよう。ま、言ってみれば同棲だな」
「やめて、その言い方。なんか気色悪い」
そう言いながらも、デネブはベンチの隣に腰を下ろした。
目の前には、どこまでも続く青空。
夢であることを確信しながら、心のどこかで、この妙な男の言葉を信じ始めている自分がいた。
――そしてそれが、すべての始まりだった。
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