上 下
64 / 99

64話 セツナの守備位置

しおりを挟む
 セツナが野球部に加入した翌日の放課後。
 龍之介たちはグラウンドに集まっていた。

「では、セツナの実力を見せてもらおうか。まずはノックからだ」

「承知したでござる。お手柔らかにお願いするでござるよ」

 セツナがグラブ片手に龍之介に言う。
 彼女に野球経験は一切ない。
 身体能力は高くとも、実際にどの程度のプレイが出来るかは未知数だった。

「それじゃあ、緩めの内野ゴロを打つぞ。3塁あたりを守ってみてくれ」

 龍之介が指示を出す。
 すると、セツナはサード付近に移動した。
 そして、打球が飛んでくるのを待つ。

「行くぞっ!」

 龍之介が打球を放つ。
 緩いゴロだ。

「この程度は造作もなく捕れるでござるよ!」

 セツナは打球に対して、素早く前進する。
 なかなかに速い動きだ。

「へぇ……! 俊敏だね。セツナさんがサードを守ってくれるなら、ショートのボクも少しは楽になりそうだ」

 アイリがつぶやく。
 彼女の身体能力を考えれば、この程度の打球なら難なく捕球できるだろう。
 そう思われたが――

「むむっ……!?」

 打球に対して、グラブを適切に差し出せなかった。
 セツナはボールを弾いてしまう。
 そして、ボールは外野前に転がっていった。

「すまぬ……。捕れなかったでござる……」

 セツナが申し訳なさそうに謝る。
 それに対して龍之介は、特に気にした様子もなかった。

「いいさ。これは練習だからな。それに、想定の範囲内でもある」

 その後も何度かノックを行った。
 しかし、いずれも危うい動きばかりだった。

「某としたことが……。不甲斐ないでござる。どうにも、グラブでボールを捕るという行為が上手くいかないでござるな……」

 セツナは落ち込んでしまう。
 そんな彼女の姿を見かねて、龍之介が声をかける。

「まぁ、野球経験のない人間が簡単に捕れるようなら誰も苦労しないさ。次は外野守備の練習をしてみよう」

「承知したでござる」

 外野の守備練習を行うため、セツナが左翼手の守備位置に向かった。
 そして、野球ロボが打球を放つ。
 やや高く上がった、レフト定位置付近への平凡なフライだ。

「むっ!? ええと……。後ろ……いや前……こ、ここでござるか?」

 セツナは右往左往する。
 だが、何とか捕球に成功した。

「やったでござる! 捕れたでござるよ!」

 セツナが喜ぶ。
 すると、龍之介も外野にやって来て、彼女に話しかけた。

「ナイスキャッチだ。やはり時間があれば、セツナも何とか捕れるようだな」

「うむ。内野守備より外野守備の方が楽に思えるでござる。ボールが落ちてくるまで時間があるから、なんとか捕球できるのでござるよ」

「ああ、確かにそういった側面がある」

 外野守備と内野守備。
 どちらが難しいだろうか?
 もちろん、一概には言えない。
 どちらも簡単ではないし、それぞれに難しさがあるからだ。
 しかし、『身体能力はそこそこ高い一方で、グラブ捌きや打球判断が素人同然の新戦力』を無理やりどこかに配置する必要があるならば、外野に配置するのが妥当かもしれない。

「ねぇ、龍之介」

「ん? どうした? アイリ」

「セツナさんって、足と肩は良いでしょ? なら、レフトよりライトを守った方が良いんじゃないかな?」

「おお、良い着眼点だなぁ」

 龍之介がアイリを褒める。
 レフトとライト――左翼手と右翼手に、どのような違いがあるか?
 それは主に、ランナーの進塁を阻止する能力が求められる度合いだ。

 例えば、外野のライン際に鋭い打球を放たれた場合、大抵はツーベースヒットとなる。
 レフト線への打球なら左翼手が、ライト線への打球なら右翼手がボールを拾って内野に返すことになるだろう。
 その際の送球が遅れたら、2塁に到達したバッターランナーが3塁に向かうかもしれない。
 特に右翼手は3塁まで遠いため、3塁打を防ぐには的確で迅速な打球処理が必要となる。
 一方の左翼手は3塁まで近いため、右翼手と比べると守備時に多少の余裕を持って処理できるのだ。

 他の例もある。
 例えば、ランナー1塁の状態から外野前に落ちるヒットを放たれた場合。
 基本的にはシングルヒットとなるので、バッターランナーを気にする必要はあまりない。
 だが、今度は1塁ランナーを気にする必要がある。
 2塁に到達した1塁ランナーがそのまま3塁を狙う可能性があるからだ。
 ここでも左翼手や右翼手から3塁までの距離が影響してくる。
 左翼手の方が3塁まで近いため、右翼手と比べて多少の余裕を持って処理できるだろう。

「確かに、セツナはレフトよりライトの方がいいかもしれない。グラブ捌きや打球落下地点の予測能力はともかくとして、送球力は野球ロボよりも遥かに高いからな」

「なら……」

「しかし、セツナにライトはやや荷が重いようにも思う。ライト前ヒットを素早く処理しようとして、後逸でもしたら目も当てられないだろう? レフトなら時間に余裕を持てることが多いから、落ち着いて処理することで後逸するリスクは低くなると思う」

「なるほど……」

「あと、俺の見立てによれば彼女は打撃が得意なタイプだ。打撃に専念してもらうため、守備負担が軽いポジションに配置したい」

「そこまで考えているんだ。分かったよ」

 アイリが納得する。
 こうして、セツナの守備位置はレフトに決まった。
 桃色青春高校野球部の練習が続いていく。
 次は、シートバッティングが始まろうとしていたのだった。
しおりを挟む

処理中です...