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<五章:信じよ>
俺は負けたんだ。
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つい漏れた俺の言葉に、勇者が訝しんで反復した。
「ジャーナリズム? ……お前知ってるのか? この現象について」
ジメジメと湿気た空気が肌をべたつかせる。ザワザワと木々が風に煽られて、薄暗い景色を一層不気味に演出しているようだった。
いや違う。この湿気は湿度によるものではない、額から玉のような水滴が出ているこれは、汗だ。さっきの集団から受けた圧力の心のダメージがまだ蓄積されているようだった。
それを腕で無理やり拭い払うと、ため息混じりに返した。
「ああ、知ってる。ま、ジャーナリズムって言葉もそもそも悪い意味ですらないから一概にその言葉で表すのは的を射ていない感があるがな。もっと概念的で、ふわっとしていて、それでいて確かに人を苦しめるもんだ」
一同が俺を見ていた。その視線はただ俺が、この世界で引き起こされている謎の現象を知っている、数少ない生き証人であるということに対する興味なのだが、そんなことを理解しても尚、視線というだけで苦しい。
顔を背けていると、勇者に無理矢理前を向けられた。片手で顎を掴まれてぐいっと。
「知ってるなら早く話せ、マサトから聞いたぞ、お前もこれを解決させたいんだろ? なら早くしろ、ここももしかすると危ないかもしれないんだ」
「この湿原の中は言わば私の視界と同義です故、侵入者を確認しましたら直ぐに気づけます。今は大丈夫ですので、存分に情報共有して頂ければ」
と、クスノは相変わらずの丁寧な所作と口調で、しかし頭のてっぺん禿げはそのままに、そのハゲ頭を恭しく下げた。見せつけてくれるなぁ、罪悪感がまたこみあげてくる。
「ユウ落ち着いて、威圧的にしたら会話にもならないよ」
戦士君がそう勇者をなだめた。
「ユウは根っこからそういう性格だからねぇ」
魔法使いちゃん改め、武闘派魔法使いちゃんは両手のひらを上にして呆れたようにため息を吐く。さっきハーモニーメドウで見た闇色のオーラは今は感じられない。
「ごめん、乱暴して悪かった。だが、知ってるなら話してくれ。俺達は今、この現象を何とかしたいって思ってるんだ。そのためにはお前の知見が必要なんだよ」
改めて、率直にそう尋ねられても挨拶に困る。刑事ドラマの飴と鞭を食らわされている気分だった。だがそんな緩急が付いた取り調べであろうとも、これを話したところでどうにもならない。知っているから話してほしいと言っていたが、知っているからこそ、話しても仕方がないと思ってしまう。
それに。
「正直、かなりキツイんだよ、思い返すだけで吐き気がする。そういうモノなんだ。元いた世界で俺は、その力に立ち向かうことができなかったんだ。だからできれば話したくない」
「いいから話せ、話せば大抵楽になるんだから話しやがれ」
乱暴な、飴と鞭が極端すぎる。呆れてため息が漏れる。しかしそういう、いいから前に進ませる感じは好感が持てた。良いから前へ。生来の勇者でないのかと思わせた。
「……分かったよ。少し長くなるが、それでもいいか?」
「ああ、一話跨がなければな」
勇者のその発言に、マサトが鼻で笑った。俺もそれに気づいて笑ってしまう。緊張もほぐれたところで、切り出した。
* * *
俺は完璧超人で、何でもできる人間だった。全てのことの本質が見えて、全てのことをこなすことができる。そういう天才肌だったんだよ。
* * *
殴られた。勇者の容赦ないグーだった。
「え、ちょ、何で殴ったの?」
「あ、ごめん何となく」
「何となくで殴るか!? ……はぁ、これだから勇者は」
「まぁまぁ、こういうのは後からざまぁな展開になるんだから、そこまで聞いてからだよ」
とマサトがフォローっぽいことを言った。しかし本当にっぽいってだけで、全然フォローになっていない。だって「そこまで聞いてから」って、最後殴ることが前提な言い分だったから。殴るタイミングを指摘していただけだった。
そんな酷いオーディエンスにナーバスな気分になりつつも、更に気分を落とすような気持ちになりそうな話題に戻る。
* * *
スポーツも勉強も何でもできた。子供の頃はそれなりに評価されていたんだが、ある時から、いや特定の時を指しているわけじゃない、俺が気づかなかっただけで、実はもっと前からそういう敵意や害意があったのかもしれないが、とにかくある時。俺は自分が何でもできるからこそ、悪評を着せられることになったんだ。
マサトが言うところのざまぁな展開だな、そう、第三者からすれば分かりそうなものなのに、俺はその時理解することができなかった。
何でもできるから、できない人間の気持ちが理解できない。
スコアが伸びない? 伸ばす努力をしていないだけだ。
勉強の点数が伸びない? 勉強しきれていないだけだ。
学校の点数なんて簡単に取れるというのに、全然取れない人間ばっかり。だが彼らの気持ちを理解することができなかったんだ。
いや、学校に留まらない。世の中は大抵、本質を理解すればある程度の評価を伸ばすことができる。本当の天才とまではいかないが、それなりには伸びることができる。しかしその境地にまで行かず、周囲は俺に嫉妬し、憎悪し、敵意を示した。
それから、筆箱を壊されたり、制服を破かれたり、美術の作品を潰されてり、色々あった。家に石を投げられることもあったが、そういう内々に収まらない犯罪は流石に通報した。そして相手の生徒に謝らせることには成功した。けど、その彼の気持ちを理解することができない。
理解できないから、怖くなった。俺が頑張れば、周囲の人間はまるで囚われたように敵意を示し、それが周囲に伝染する。いや伝聞されるというべきか。悪意は悪評となり、尾ひれ胸びれがつき、人々の中での俺が、恐ろしい何かに変わっていく。そのレッテルを勝手に貼り付けている奴等の心がそれでも理解できなくて、怖かった。
だから、出る杭は引っ込んだ。
大人しくした。
一人でひっそりと頑張るようにした。誰にも評価されなくてもいい、俺自身が頑張ったのだと理解することができればそれでいい。
そうすれば、誰も俺を攻撃してこないから。
こうして俺は負けたのさ。人々に、有象無象に。止まらない妄想による、存在しない敵意に負けたのだ。
「ジャーナリズム? ……お前知ってるのか? この現象について」
ジメジメと湿気た空気が肌をべたつかせる。ザワザワと木々が風に煽られて、薄暗い景色を一層不気味に演出しているようだった。
いや違う。この湿気は湿度によるものではない、額から玉のような水滴が出ているこれは、汗だ。さっきの集団から受けた圧力の心のダメージがまだ蓄積されているようだった。
それを腕で無理やり拭い払うと、ため息混じりに返した。
「ああ、知ってる。ま、ジャーナリズムって言葉もそもそも悪い意味ですらないから一概にその言葉で表すのは的を射ていない感があるがな。もっと概念的で、ふわっとしていて、それでいて確かに人を苦しめるもんだ」
一同が俺を見ていた。その視線はただ俺が、この世界で引き起こされている謎の現象を知っている、数少ない生き証人であるということに対する興味なのだが、そんなことを理解しても尚、視線というだけで苦しい。
顔を背けていると、勇者に無理矢理前を向けられた。片手で顎を掴まれてぐいっと。
「知ってるなら早く話せ、マサトから聞いたぞ、お前もこれを解決させたいんだろ? なら早くしろ、ここももしかすると危ないかもしれないんだ」
「この湿原の中は言わば私の視界と同義です故、侵入者を確認しましたら直ぐに気づけます。今は大丈夫ですので、存分に情報共有して頂ければ」
と、クスノは相変わらずの丁寧な所作と口調で、しかし頭のてっぺん禿げはそのままに、そのハゲ頭を恭しく下げた。見せつけてくれるなぁ、罪悪感がまたこみあげてくる。
「ユウ落ち着いて、威圧的にしたら会話にもならないよ」
戦士君がそう勇者をなだめた。
「ユウは根っこからそういう性格だからねぇ」
魔法使いちゃん改め、武闘派魔法使いちゃんは両手のひらを上にして呆れたようにため息を吐く。さっきハーモニーメドウで見た闇色のオーラは今は感じられない。
「ごめん、乱暴して悪かった。だが、知ってるなら話してくれ。俺達は今、この現象を何とかしたいって思ってるんだ。そのためにはお前の知見が必要なんだよ」
改めて、率直にそう尋ねられても挨拶に困る。刑事ドラマの飴と鞭を食らわされている気分だった。だがそんな緩急が付いた取り調べであろうとも、これを話したところでどうにもならない。知っているから話してほしいと言っていたが、知っているからこそ、話しても仕方がないと思ってしまう。
それに。
「正直、かなりキツイんだよ、思い返すだけで吐き気がする。そういうモノなんだ。元いた世界で俺は、その力に立ち向かうことができなかったんだ。だからできれば話したくない」
「いいから話せ、話せば大抵楽になるんだから話しやがれ」
乱暴な、飴と鞭が極端すぎる。呆れてため息が漏れる。しかしそういう、いいから前に進ませる感じは好感が持てた。良いから前へ。生来の勇者でないのかと思わせた。
「……分かったよ。少し長くなるが、それでもいいか?」
「ああ、一話跨がなければな」
勇者のその発言に、マサトが鼻で笑った。俺もそれに気づいて笑ってしまう。緊張もほぐれたところで、切り出した。
* * *
俺は完璧超人で、何でもできる人間だった。全てのことの本質が見えて、全てのことをこなすことができる。そういう天才肌だったんだよ。
* * *
殴られた。勇者の容赦ないグーだった。
「え、ちょ、何で殴ったの?」
「あ、ごめん何となく」
「何となくで殴るか!? ……はぁ、これだから勇者は」
「まぁまぁ、こういうのは後からざまぁな展開になるんだから、そこまで聞いてからだよ」
とマサトがフォローっぽいことを言った。しかし本当にっぽいってだけで、全然フォローになっていない。だって「そこまで聞いてから」って、最後殴ることが前提な言い分だったから。殴るタイミングを指摘していただけだった。
そんな酷いオーディエンスにナーバスな気分になりつつも、更に気分を落とすような気持ちになりそうな話題に戻る。
* * *
スポーツも勉強も何でもできた。子供の頃はそれなりに評価されていたんだが、ある時から、いや特定の時を指しているわけじゃない、俺が気づかなかっただけで、実はもっと前からそういう敵意や害意があったのかもしれないが、とにかくある時。俺は自分が何でもできるからこそ、悪評を着せられることになったんだ。
マサトが言うところのざまぁな展開だな、そう、第三者からすれば分かりそうなものなのに、俺はその時理解することができなかった。
何でもできるから、できない人間の気持ちが理解できない。
スコアが伸びない? 伸ばす努力をしていないだけだ。
勉強の点数が伸びない? 勉強しきれていないだけだ。
学校の点数なんて簡単に取れるというのに、全然取れない人間ばっかり。だが彼らの気持ちを理解することができなかったんだ。
いや、学校に留まらない。世の中は大抵、本質を理解すればある程度の評価を伸ばすことができる。本当の天才とまではいかないが、それなりには伸びることができる。しかしその境地にまで行かず、周囲は俺に嫉妬し、憎悪し、敵意を示した。
それから、筆箱を壊されたり、制服を破かれたり、美術の作品を潰されてり、色々あった。家に石を投げられることもあったが、そういう内々に収まらない犯罪は流石に通報した。そして相手の生徒に謝らせることには成功した。けど、その彼の気持ちを理解することができない。
理解できないから、怖くなった。俺が頑張れば、周囲の人間はまるで囚われたように敵意を示し、それが周囲に伝染する。いや伝聞されるというべきか。悪意は悪評となり、尾ひれ胸びれがつき、人々の中での俺が、恐ろしい何かに変わっていく。そのレッテルを勝手に貼り付けている奴等の心がそれでも理解できなくて、怖かった。
だから、出る杭は引っ込んだ。
大人しくした。
一人でひっそりと頑張るようにした。誰にも評価されなくてもいい、俺自身が頑張ったのだと理解することができればそれでいい。
そうすれば、誰も俺を攻撃してこないから。
こうして俺は負けたのさ。人々に、有象無象に。止まらない妄想による、存在しない敵意に負けたのだ。
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