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腹が減ってはなんとやら

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 檻を出ると、横には同じような檻がいくつもあった。だが中身の囚人はいないらしい。それが逆に不気味さを醸し出していた。
 ゆっくりと歩いていき角を曲がる先をちらっと見る。そこには先程おむすびを配給してくれた看守が椅子に座ってグースカ寝ている。檻を壊す音やあのやり取りの音でも起きなかったのはとても奇跡に近いが、それでも起きない彼はそうとう疲れているのだろう。

「少し待っていてくれ」

 ケモノがそういうと、レオンの力を使って透過。そして看守が見えない何かに殴られた。

「ふぐぉっ!」

 という嗚咽を漏らしてバタリと倒れる。寝ている時に眠らされるとは。同情を隠せないが、通報されてはたまったものではないからな。ナイスだケモノ。
 看守を脱がし、その服で手足や口を縛って、角の突き当たりにある階段を昇った。

 そして階段を上がって廊下に出ようとしたが足を止めた。警備が階段手前を横切ったら即アウトな状況だったからだ。迂闊に進むわけにはいかない。だが、

「大丈夫です、周囲にはいません」

 聞き耳をたてながら、トウカはそう呟いた。

「そうか、トウカの耳なら周りの音を聞いて感知ができるんだな、頼りになるよ」

「ジニアの魔法がなかったらうるさくて仕形がありませんでしたが」

 と、トウカは苦笑いを浮かべて謙遜した。それでセーブしてるのか。本領発揮したならとてつもない範囲を探れそうだ。
こんなに有能なら、これって欠陥じゃないんじゃないのか?とも思うが、現実に警備の足音を関知するシチュエーションを思い付かない。時と場合によって利便性が変わるということか。
 グゥゥゥゥゥ
 腹の音が鈍く鳴り響いた。振り向くとケモノが腹を片手で抑えて苦笑いした。

「すまない、自分の飯はレオンに食べさせているのでね、先程のは頂いたのだが、まだ腹の虫が収まらないらしい」

「そうなのか、なら食料庫か何処かで食料を調達したいところだな」

 だが何処にあるのか分からない。悩んでいると、トウカが俺の肩を叩いた。俺の身長より少し低い所から、目をつぶり、鼻を立ててクンクンしている。子犬を上から眺める感じがした。

「匂います、燻製の匂いですね」

「おお!きっとご飯が作りおきされてたりするんだろう。腹を満たしてから脱出だ」

やはりトウカの能力は素晴らしいと思った。

 俺達は、歩いておらずその場でキョロキョロしているかもしれない警備達の居場所を逐一黙視で確認しながら歩を進めた。

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「ここのようだね、ジュルリ」

 目の前にあるのは、「クッコ食堂」という文字と美味しそうな料理、そしてコック帽を被るおばちゃんがプリントされた暖簾だった。どうやらこのおばちゃんがクッコという人なのだろう。そこはまさに食堂と言わんばかりの場所だった。目の前ならトウカ出なくとも美味しそうな匂いが分かる。俺も腹の虫が口から出てきそうだ。

「取り敢えず何かを食べようか、人の気配は?」

「足音はありません...ですが何か水っぽい音が聞こえるんですが」

 トウカは怪訝に表情を曇らせた。だが先程のおむすび程度では我慢ならないようで、俺の口に溢れる唾を飲み込んだ。

「ほら、どうせトイレの音か何かだろ?良くあるだろ、人がいなくても水道管洗浄のために流れることがありますって奴、それだよ。さっさと行こうぜ」

「は、はぁ」

 トウカだけ少し眉を歪めつつも、三人は中へ入った。

 客や従業員は見当たらないが、確かにそこは食堂のそれだった。長い机が均等にならび、机に対して椅子が四脚ずつ置かれている。それに大きな窓が取り付けられており、広々とした町並みが窺えた。

「よし誰もいないな、取り敢えずキッチンに行こう、スンスン、んー、うまそう...」

 ケモノを筆頭にキッチンに向かう。そこにはドでかい冷蔵庫がドンと置かれており、他にもお玉や包丁、キッチンコンロ等が取り揃えられていた。

「こういう所ってのはだいたい作りおきしているもんなんだよな、作ってくれたシェフには悪いが、生きるために頂こう」

 グゥゥゥゥゥと腹を鳴らし、俺は冷蔵庫を開けた。そこにはこのまま温めれば完成するであろうハンバーグやドリア、焼き飯野菜炒め等がズラズラと置かれていた。サツキとケモノには輝いて見えた。

「...いい薫り」

 トウカが隣の大きい箱に手をかけた。そこに見えるのは、ソーセージやハムだ。ここまでたどり着く時に嗅いだ薫りは燻製肉の薫りだったのだ。

「いいうあえあ、ひはあああい(生きるためだ、仕方がない)」

 と声にもならない声でケモノは燻製肉を食らう。その肩の上では、ムシャムシャと野菜を食むレオンがいた。
 ゴクンと飲み込み、ケモノがレオンに語りかけた。

「すまないなレオン、今まで偏ったモノを食わしてしまった」

 ペロリと唇をなめ、満足そうにレオンはケモノの胸ポケットに入った。

「ゆっくりと休んでくれ」

彼の顔は、俺たちの話すときよりも穏やかな気がした。

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「これは?」

 俺は床を指差し、二人にも見せる。
 白いタイルが敷き詰められているのだが、その一枚だけが僅かに別の色をしていたのだ。ほんの僅かに赤い。

「スンスン、うっ、これ梅干しですよ」

「梅干し?」

 トウカが鼻を摘まんで言った。ケモノが顔を近づけると、タイルに指を引っ掻ける隙間を発見。そこに指を入れてパカッと開ける。

「うぇぇ、」

 トウカがまた鼻を摘まんで後退りする。俺とケモノが開かれた場所を覗くと、とても大きなツボが置かれていた。そこには木製の落し蓋があり、開いてみると、ツボいっぱいに入った梅干しが収納されていた。

「こりゃ立派だなぁ」

「あぁ、二つくらい貰おうかな」

「閉めて閉めて!」

 と、トウカの鼻が限界を迎えそうだったので、何粒かだけ頂き蓋とタイルを閉めた。美味しいんだがなぁ梅干し、だが刺激が強すぎるか。

 梅干しのあと、ムシャムシャと冷蔵庫の作りおきを食べているところで、サツキは冷静になって考えた。首を傾げて考えた。
 んー、何かさっきから違和感があるような...

「どうかしましたか?」

 トウカが緑色のニンジンっぽい野菜をポリポリと食べながら、サツキの様子を尋ねた。

「いや何か、こう、違和感と言うか...あれ?」

 トウカの持つ野菜を見た。

「それ何て野菜なんだろう?」

「さぁ、でも噛めば噛むほど甘味が出るこの感じはニンジンに似てますねポリポリ」

「ほう、この世界のニンジンは緑色なのか、そう言えば色々と違うところがあるなぁ」

 冷蔵庫の野菜室を開けると、他にも色んな野菜が収納されていた。玉ねぎは濃い黄色、ピーマンは青色、キャベツは赤色、白菜は朱色...等々である。
 この世界の野菜は元の世界とは色とかが少し違うのか、なるほどなぁ...あ、
 心が激しく揺れ動き、冷や汗が滲む。違和感の正体が何なのかが、少しはっきりとしたからだ。

「(サツキ君!ケモノ君!誰か来る!)」

 潜められた声でトウカが警告した。二人は食べる手を止め、物音を立てないように努めた。

 ピチャピチャ。
 ヌチャヌチャ。

「(水?)」

 ジューー。

「(いや、何かが溶ける音だ、これは...)」

「おーい!クッコサー...ン」

 呼び声は段々と小さくなっていった。

「...よし、誰もいないなぁ、あ、やっば、よだれ垂れちゃったよ」

 三人はキッチンの下に隠れ、しかし僅かに顔を出して声の主を見た。
 茶色く先端が丸い角が二本、水分で光沢のあるベチャベチャな体表、それは、雨の日に良く見かける生き物のそれと特徴が良く似ていた。

「「「お、お化けぇー!?」」」

 三人のお化けでも見たような悲鳴が、閑散とした食堂に響き渡った。
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