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違和感

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 今思い返してみても、この世界は異世界にしては違和感が多数覚えられた。

 まず、ギルドと呼ばれている建物。B級映画で見たことがあるような、西部劇のセットでよくある酒場といった雰囲気だった。人がお酒を交わし、食を嗜み、がたいの大きいオカマに愚痴を聞いてもらう。そんな風景が伺える。

 にも関わらず、その店の裏にはギルドというシステムがあり、仕事を受けたりできるらしい(まだしたことないんだが)。この「酒場」×「ギルド」という組み合わせは、俺も見たことがある。西部劇?いや違う。これはまさしく異世界転生した主人公が行き着きそうなシチュエーションだ。

 だが、それがおかしい。何故異世界に転移なり転生なりした場所に、前情報と同じような街並みがある?それ以外の可能性の方が大きいはずだ。だが、ラノベやアニメでの予習通りの雰囲気だった。



 そして、そのギルドを経営している大柄なオカマことメイちゃんから、この国ディネクスの通貨を受け取った。なんでも、その少し前に偶然討伐した爆発するスライムっぽいモンスター「バクメーア」の討伐報酬ということだ。

 その通貨は、紙幣で、そして国王の顔が印刷されていた。
 流石に眉をひそめた。まさか異世界でも、人の顔が印刷されている紙幣を利用しているの?と。まぁ日本に限らず外国の紙幣も顔付いてるし、そんなもんかと割りきっていた。

 だが、紙幣など、技術が発達していなければ偽造され放題だ。さらに魔力という概念が存在する以上、偽造されない方法を確立する方が難しいだろう。だが紙幣という通貨制度が採用されている。



 そしてそのお金とメイちゃんがくれた福引券を携えて町に出た。ま、どうせ福引券を引いたところでろくなのだ出ないだろうが(俺の場合は運が絶望的なので特に)、あるだけましだという思いでその福引券を受け取った。

 福引きの場所に足を運ぶと、福引きのアタリ表がラインナップされていた。その福引の残念賞は綺麗な小石だとか。前世界での福引き残念賞は、ティッシュなりボールペンなり使える物を貰えるのに。これならこの回る八角形から出てくる白い玉の方が価値あるぜ。なんて思っていた。

 何で福引きが八角形を回す形式の福引きなんだ?福引きだけなら細い紙を引くだけでも成り立つだろう。魔力があるなら悪用されかねない。なのに何故前世界と同じような運ゲー手法を採用している?しかも「綺麗な小石」って、何で俺はその文字を読むことができた?日本語だったからなんだよ。



 思い返せばおかしなことばかりだ。そもそも異世界が自分の知るモノばかりだということがおかしいのだ。異世界だぞ!?宇宙よりも未知だ。何も分からない。同じなわけがないんだ。

 だってそれに、この国にくる転移者は失踪するのだから。
 ここでメイちゃんから聞いたことを思い出した。だから、この国で転移者が知識を提供して繁栄したとはならない。なら何故こんなにも前世界と似ているのか。

 何故作り置きの食材でカツ丼を作ることができてしまうのか。


「どれも...これも...全部...!『記憶を奪った』からだったのか...」


 記憶とはその人の人生だ、その人が培った時間の結晶であり、その人そのもの。それが「記憶を奪った」。その一言で、全て掠め取られてしまったなんて...。
 飄々と空っぽの丼を差し出したカナメに、俺は怒りお覚えた。

「ねぇ、これもう一杯ほしいんだけど?」

「ふざけるなよ!...って、おい、記憶を奪ったなら、その後はどうなるんだ!?」

 あっけらかんとするカナメに食らいつく最中、もっと大事なことが頭に過った。脱け殻になってしまった今までの転移者は一体どうなったのだ!?

「大丈夫大丈夫!ちゃんと生きてるよ!ってかちゃんとこの国で雇い入れてるからさ!」

「何が、ちゃんと、だよ...」

 私利私欲で記憶を奪っておいて。

「そうか、分かった。この国は転移者の記憶を奪っていたと。なるほど、そういうことか」

 ケモノがゆっくりと立ち上がった。顎をさすり何か考え事をしながら立ち上がった。

「おい、何処に...」

「僕の目的は飽くまでもその情報だ。それが聞けた以上もうここに用はないんだよね」

 そういうと、ゆっくりと窓ガラスを開ける。窓が開かれるに連れ、空気を引き裂く音が大きくなる。この音、聞き覚えがあった。
 窓の上から、急に巨大な首が現れた!この口から燃え盛る炎を吐き出しそうな顔、間違いない、この生き物はワイバーン!
 ケモノがワイバーンの顎をさすると、優しく頬を当てた。

「来てくれてありがとうイバン...ん?あぁ、そうか」

 ケモノが俺の方に向く。その表情にはわずかな笑みがあった。

「お前が遅れたのは、あいつの仕業だったんだわけだ、へぇ、」

 手慣れた所作でワイバーンの顔を伝って背中によじ登る。

「じゃあな」

「待て待て!ドライ過ぎるだろ!少しだけど色々と一緒にー」

「僕と君達とでは相容れないんだ。言っただろう、人は何処までも劣等種なんだ、だから僕は人が嫌いなんだ、だけど、」

 少しだけ躊躇いがちに、顔に影を作った。そして、呟くように

「早めにこの国を発つことをすすめるよ」

「ーーーー!!ーーー!」

 呼び止めようとしたが、声が風に押されて全く伝わらなかった。
 巨大なワイバーンは、窓の上にすうっと消えていった。それにつれ徐々に音が小さくなっていく。

「んあ、あれ?ケモノ君は?」

「...よく眠れたな、催眠魔法効きすぎちゃったか?
 帰ったよ、一番帰りたがってたからな」
  
 トウカが目覚めた。恐ろしく風の音が窓を叩いていたからとっくに起きても良いと思ったんだが、相当深い眠りについていたらしい。

「いやぁ、逃げちゃったか、」

「逃げたというか、帰ったと言うか...って今度は誰!?」

 振り向くと、食堂の入り口に一人、お兄さんが立っていた。白地に「焼売の玉将」のロゴがプリントされたTシャツを着ている彼は、ゆっくりとカナメに近づき、頭を撫でた。カナメは気持ちよさそうに受け入れている。

「カナメ、無事だったか、良かったよ」

「あ...王ちゃまぁ!」

「王ちゃま!?」

「やぁ、王だよ」

 服や言葉遣いはふざけているものの、内からは荘厳なるオーラを放っていた。
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