魔女はいまわの際に夢をみる

砂田透

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第24話 まさかね……

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 王都に戻ってきたのは夕方だった。
 行きよりも早く着いたのは、最初からずっと茉莉花に背負われていたからだ。

「おかえりなさい……随分大変だったようですね。お疲れ様です」

 報告と換金のためにギルドに行くと、初日と同じノームが受付にいた。
自力で立てるくらいには回復したものの、血と泥で汚れた上に疲労困憊といった様子の僕を見て、労りの言葉をくれる。相変わらず表情も言葉の抑揚もないままだが。
 ふと茉莉花の方を見ると、背中や腕の当たりが同じように汚れていた。僕を背負ってくれたが故の汚れだ。

「大変でしたけど……いい勉強になりました」
「太陽がいてくれて助かったわ」
「ぴぃ!」
「そうですか。では報告をお願い致します」

 三人の良い笑顔を無表情で受け流し、淡々と業務を進めていく。
 もうちょっと感動的な空気になって欲しかったが、終了時間も近いので、迷惑をかけないようにこちらも簡潔に報告していく。

「鉱物大鹿の討伐及び金鉱石の角採取の完了を確認いたしました。報酬は半分ずつでよろしいですか?」
「お願いします」
「続いて、ダイヤモンド(追憶)ですが、こちらでの受け取りは受注分の五つのみとなります」
「はい、大丈夫です」
「では、茉莉花様は三五〇万チョム、旭様は合計四〇〇万チョムをお振込みいたします」
「っ!?」

 すっとんきょうな声を上げそうになったのを何とかこらえた。茉莉花と受けた依頼は完全歩合制のため、成果によって金額が異なるとだけ聞いていたが、予想以上の金額だ。
 横をちらりと見るが、茉莉花は平然としている。高ランクの報酬としては当たり前なのだろうか……。あ、違う。手がカタカタ震えている。

「こちらお返しいたします」
「ありがとうございます。あの、良かったらこれ」

 カードを受け取り、代わりに鞄からショップで購入しておいたチョコを取り出す。

「甘い物がお好きなら……」

 あちらの街ではお世話になる度に渡している。賄賂とかではなく、単純に感謝の気持ちを込めて。そして、彼らの愛らしい笑顔を求めて。
 これを陽葵に言うと「変態」と引かれたが、断じて違う。

「業務外の交流はお断りしております」
 
  差し出したチョコを見つめながら、機械的なお返事をされてしまう。

「ですが……」

 すっと手を伸ばしチョコを受け取ると、
「もうすぐ終業ですから。ありがとうございます」
 と言ってフッとはにかんだ。

 王様の誕生日前夜。
 王都ギルドの一角で、数名の冒険者や商人が倒れる事件があったとか。
 その後、ノームにお菓子の差し入れをする者が続出し、業務に支障をきたすからとお菓子持ち込み禁止令が出されたらしい。


 翌日の昼三時頃。
 トゥルルルル
 ギルドの受付からのコールが宿の部屋に鳴り響いた。
 当初の予定ではお祭り初日を楽しんでいるはずだったのだが、体力を前借りしすぎたツケで死んだように眠っていたらしい。コールが無ければ出発の時間にすら間に合わないところだった。

「はい……」
『おはようございます!』

 通話は元気な挨拶で始まった。
 ばっちり寝ぼけた声で出たため、起き抜けなのが伝わったのだろう。嫌みを一切含んでいない朗らかな声に、こちらも「おはようございます」とお辞儀しながら返す。

『旭様に御来客ですが、出られますか?』

 誰だろうか。約束の時間まではまだあるから、三谷さんではないはず……。

「あ、すぐ支度していきます」

 通話を切り欠伸と伸びをして、のそりとベッドから降りた。
体は……かなりだるい。今すぐに布団に戻りたい気持ちを何とか断ち切り、急いで身支度する。

「良く寝れた?」

 ギルドの受付に向かうと、茉莉花が待っていた。
 今日は髪を下ろしており、きらきらとした細かい飾りが星のように散りばめられた黒いドレスを着ている。

「まだ寝足りないけど……。パーティーでもあるの?」
「あったのよ。これから別の用事があるんだけど、その前に会っておこうと思ってね」

 僕の集合場所まで、祭りを見つつ一緒に行こうと誘ってくれた。

 部屋に荷物を取りに行ってから戻ると、茉莉花は既にギルドの外に出ていた。漆黒のドレスに白い外套を纏う彼女に、通り過ぎる人々が見とれているのが分かる。

「お待たせ」

 ギルドは大通りに面しており、一歩外に出れば楽しげな人々で溢れている。

「すごいね」

 あらゆる出店が道の両側に立ち並び、絶えることなく音楽が流れている。
 どこからともなく降っている花弁は、足元に落ちるとすうっと消えていく。これも魔法だろうか。
 広場に出れば、劇団員のような人々が歌い踊り、それにつられて周りの人々も踊りだす。

「国王様おめでとう!」

 乾杯の音頭だろうか。おめでとうの掛け声とともに鳴るグラスの音が、あちこちから聞こえてくる。

「この国の人たちは国王様が大好きだからね」

 茉莉花は出店で購入したたこ焼きを美味しそうに頬張りながら、楽しそうな光景を見て目を細める。
 その表情は至極優しく、王様が国民に愛されていることを心から喜んでいるように感じる。

「ここでお別れね」
「そうだね」

 三谷さんたちとの集合場所に到着した。時間的にも丁度良く、名残惜しいがお別れの時だ。

「すっかり忘れていたんだけど、フレンド登録しましょう」
「そういえば!」

 あまり連絡先を交換することがないため思い至らなかった。今後知り合いが増えて行くなら必要なことだ。
 この世界のフレンド登録は対面のみ有効で、お互いにメニューのフレンド一覧を開いた状態で握手することで完了となる。

「これでOK。また縁があったらよろしくね」
「こちらこそ! 次会う時までにもっと強くなるよ」

 純粋な力や能力では限界があるが、パーティーを組むことによって可能性はずっと広がる。

「期待しているわ。そんなあなたにアドバイスをしてあげる。正座をしなさい」
「え!?」

 予想外の指示に戸惑うも、さぁ早く、と急かされ素直に正座をする。

「あなたの話を聞いていると、『聞いたこと無かった』『知らなかった』『教えてもらってない』がなんて多いこと……」
「う……」
「いい? ノームの亜種なんて特殊な生い立ちで他者に劣る部分が多いと言えど、あなたには立派な頭が付いているでしょう。周りにいる人たちは親切だから、あなたが口を開けて待っていれば応えてくれるでしょうけど、それは必要最低限の事だけよ。考えて、疑問を持って、調べて、聞いて、自分から進む努力をしなさい。条件だけ見れば明らかに不向きな冒険者を選んだことは尊敬するわ。何か理由があるにしても、その道の険しさを思えば並大抵の決意ではないのよ。なら、その決意に恥じないよう自分と向き合いなさい」

 相槌を打つ間もない早口で一気に言われたことを、茉莉花が一呼吸置いている間に反復する。
 あまりにもその通り過ぎて、返す言葉もない。

「弁明は?」
「……強いて言うなら……僕は茉莉花が思っている以上に特殊というか……」

 自分のことも覚えていない上に、この世界では赤子同然、いや、能力だけ見れば赤子以下である。
 当然知らない事しかないし出来ない事の方が多い。知られてはいけないことも多い。
 何かと忙しい陽葵に全部は聞けないし、ギルド長もそんな頻繁には会えないし……。

「だから?」

 怖い顔をする茉莉花に、心の中の言い訳が漏れてしまっていたかと焦る。

「ハンデを甘える口実にしないで! 理由に使って良いのは自分を褒める時だけよ!!」

(あれ……)

 ぴしゃりと言い放つ少女の言葉が、頭の中で何かと重なる。
 途切れ途切れで画質が非常に悪い映像の様な……。胸が締め付けられるように痛くなった。懐かしさとか、悲しさとか、申し訳なさとか、色んな感情があふれ出る。
 これは、陽葵の顔を見た時と同じ感覚だ。

「ちょっと……強く言い過ぎたかしら……」

 茉莉花の困惑した顔で、自分が泣いていることに気が付いた。特技が泣くことといったって、意図しない時に溢れすぎじゃないだろうか。

「ごめん、違うんだ……」

 袖で涙をぬぐって、茉莉花に向き直る。

「ありがとう。今の言葉、忘れずに頑張るよ」
「本当かしら。忘れていたら、今度は体に刻んであげるわね」
「精進します……」

 一体何をされるのか……。冗談には聞こえないので怖い。心なしか先輩も震えている。

「じゃぁまたね」
「また」

 今度こそ別れを告げて去っていった。一度も振り向かないのが彼女らしい。

「ん?」

 茉莉花の名字を聞いていなかったとフレンド一覧を確認すると、そこには【茉莉花】としか書かれていなかった。
 名字が無い? それとも隠している?

「まさかね……」

 彼女が去っていった方を見ながら、嬉しそうに目を細めている表情を思い出していた。
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