盛り塩一丁! ~風紀委員長×霊感もち高校生~

猫村やなぎ

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第三章

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 それで? とセンパイが声を潜める。ようやく止まった涙は頬に跡を残している。保健室の鏡に映る自分の目が赤く滲んでいるのに気付き、ばつの悪さにそろりと視線を外す。唇の端を噛んだセンパイは、我が物顔で冷蔵庫から保冷剤を出してくる。礼を言って目に当てると、ひんやりとした冷気が熱った目蓋を冷やした。
 
「マーサが、俺の体を乗っ取って、」
「っ!」
 
 息を呑むセンパイに、へにゃりと眉を下げる。
 
「やー、流石にちょっと驚きましたね」
「乗っ取、……って大丈夫なのか」
「……あは」
 
 誤魔化すと、センパイは宙をぼんやり見たまま顔をしかめる。
 
「何でマーサはお前を傷つけるようなこと」
 
 痛ましそうな表情に、思わずハッと自嘲する。
 
「センパイ。マーサは幽霊ですよ」
「、ああ」
「幽霊は未練の塊で、生前の人格そのままの存在じゃない」
 
 マーサは確かに鈴木真麻の幽霊だが、鈴木真麻とイコールではない。マーサは鈴木真麻の、萩岡先生に対する執着が形を得たものだ。究極的な話をすると、マーサの興味は萩岡先生にしかない。俺の説明にセンパイは表情を変える。
 
「知ってたし、分かってたけど。……思ったより大丈夫じゃないみたいです」
 
 好きな相手のキスシーン見るとか。そんな些細なことで傷つく自分がいるなんて。
 
「……キス?」
 
 唸ると、センパイが唖然とする。あまり面白い体験ではなかったからリピートしないでほしい。ムッとし唇を尖らせると、センパイはそれを隠すように自分の口で塞ぐ。びくりと身を強張らせると、つんつんと何かが唇をつつく。センパイの舌だと気付いた俺は、必死に口を噤む。面白くなさそうに目を眇めたセンパイは、ふにふにと俺の唇を食んだ。
 
 ん、と鼻から声が抜ける。抗議をしたかったけど、口を開くと舌が割り入るのが目に見えていて。キッとセンパイを睨むと、やけに余裕ありげな視線を流された。
 
 口を必死に噤むあまり酸素がなくなる。無意識に酸素を求め、はく、と口を開く。瞬間、生暖かい体温がぬるりと口内を這う。止めようと唇の距離が開いた隙に抗議するも、漏れ出るのは「んゃ、」といった喘ぎ声だけ。心底困っているにも関わらず、声の甘さはとても嫌がっているようには聞こえなかった。身をよじるも、センパイに抱え込まれた頭は動かしようがない。どうしたら良いか分からず口内で必死に舌を逃がす俺に、センパイが「息」と短く呼吸を促した。ハフハフと縋るように服を掴み呼吸をする。もう何も分からなかった。
 
 下半身の異変に気付き、小さく声が漏れる。ぁ、と甘い声だったが、俺の内心は阿鼻叫喚だ。
 
 うっそだろ……ッ!!
 
 俺の視線に口元を緩めたセンパイは、ようやっと舌を抜き、唇を離す。脱力した俺は慌てて局部を隠して後ずさった。
 
「……ッ、っ!」
「俺とのキスなんて今更だろうに」
「あれはただの必要手段でしょ……っ、それに俺からだからいんですよ!」
「つまり、人からされるのに慣れてないってことか」
 
 訳知り顔で宣うセンパイに臍を噛む。唇が触れるだけのキスであればそこまでの驚きはない。が、ディープは別だ。下手にしようものなら相手に霊を見せてしまうと知って以降、人からされることは極端に避けてきた。そもそも俺はこういう類いの交流で受け身になることがまずない。……とまぁ、色々御託を並べたが、結局はセンパイの指摘したとおり不慣れなのだ。
 
「なんですか、にやにやして」
「いや? 案外かわいげがあるなと思ってさ」
「なに言ってんですか。エロ親父。セクハラ馬鹿。馬鹿」
「馬鹿は傷つく二回言うなやめろ」
「要求が多いですね」
「一個しか言ってないがな!?」
 
 喚くセンパイに片眉を上げる。
 
「いや、悪いこと言ってないのにみたいな顔するな」
 
 ばれた。不服そうな顔をするセンパイに、そういえばと首を傾げる。
 
「なんでキスしたんです?」
「今更か」
 
 案外これでいっぱいいっぱいだったんだから反応の遅さについては突っ込まないでほしい。むっと唇を尖らせ……さっきと同じ状況だと気付いた俺は、慌てて手で口を覆う。俺の様子に喉を鳴らし笑うセンパイは、ふっと口元を和らげ、悪戯っぽく答える。
 
「嫌な思い出に上書きは必要だろ?」
 
 上書き、ねぇ。言われてみれば俺の調子はすっかりいつも通りで。効いたと認めるのも癪だった俺は、フンと意地悪く鼻を鳴らした。
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