盛り塩一丁! ~風紀委員長×霊感もち高校生~

猫村やなぎ

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第三章

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「あ……は、やっとアキヒロが……!」
 
 俺の体から声が漏れる。声は確かに俺なのに、その響きはまるで違っていた。
 
「魚沼……?」
 
 躊躇いがちにかけられた声に振り返る。ぎゅうと先生の背に腕を回す様子を、俺は奥底でただ見ていた。いや、そうすることしかできない、といった方が正確か。まさかこんなことになるとは。
 
 除霊の方法をセンパイに説明した際、幽霊に体を貸せばいいと俺は言った。俺は一つだけ言っていないことがあった。体は俺の了承がないと貸すことができないのだ。レディの手を握ったこともあったが、それも同様の話。幽霊に触れるのは、俺自身がそうしようと思わない限りできない。
 
 確かに、予兆はあった。以前にもマーサが触れてきた際、了承の過程を経ていないにも関わらずマーサの記憶が流れてきた。母さんの時にも体を貸す了承がなかったことを閲するに、ある程度の好意は了承と見做されるのではないか。今まで母さんの消滅を思い出すことが辛く、考えないようにしていたが、マーサに体を乗っ取られた今となっては悔やまれる。
 
 考えている間にもマーサは先生の顔を引き寄せ、口づけを交わす。
 
「うおぬ、」
「アキヒロ。まだ、分かんない?」
「何を」
 
 マーサはくしゃりと不器用に笑い、先生に顔を近づけた。
 
「アキヒロ。教師になってこの学校に戻ってくるとは思わなかった。生物、教えるのうまかったもんな。……教える相手が俺以外になったのは少し妬けるけど」
 
 先生の顔色が変わる。ぱっと変わった表情に、愛おしいなと思った自分に気付く。
 
 ――おかしい。
 
 俺は、先生を好きだと思ったことなどない。俺がそう感じるのは明らかな異常だ。
 
「……真麻?」
「うん。アキヒロ。大人に、なったな」
 
 気付いてくれた。胸が歓喜で満たされる。気付いてくれた、気付いてくれた! 姿が違うけど俺だって! 俺の名前を呼んでくれた!
 
 思い、血の気が引いた。といっても、そんな感覚がしただけで、体に変化は出ていないだろうが。恐怖に呟く。
 
(もしかして。さっきからマーサが俺に混じっているのか)
 
 幽霊に触れたら記憶や感情が流れ込む。それでは、体の中に幽霊が入ったら。想像するに容易いことだった。
 
(そこまで乗っ取られるって。なかなか笑えない状況だな)
 
 好きでもない先生に欲情さえしている。そんな自分が酷く煩わしい。マーサの気持ちがダイレクトに自分のものとして感じられる。どう近づいたつもりでいても、先生には敵わないのだと分かってしまう。それだけならまだしも、恋しい、だなんて。
 根底から自分の存在をぐちゃぐちゃに犯されている気分だった。
 
 いつまでこの状態のままなのだろうか。ずっとこのままでは、自我が保てるかすら自信がない。好きで、好きで仕方なくて。無意識の内に体に入る了承をしてしまう程に好きなのに。
 
 マーサが怖いと思ってしまった。
 
 それこそが、マーサの気持ちで紛れつつある今の自分の確かな気持ちで。掠れそうくらい曖昧な恐怖と、先生に対する強大な愛情。複雑そうな表情でマーサを見つめる先生を好きだと感じる自分に、死にたいなと思った。
 
「……真麻。魚沼はどうなってる?」
「ケーチ? いるよ。奥の方に」
 
 とん、とマーサは胸を叩く。先生は一層眉を顰めてマーサを見る。
 
「つまり、体を借りてるってことか?」
「まぁ、そんなとこ」
 
 いかにもどうでもよさそうに指先を弄りながらあしらうマーサに、先生はマーサの頬を張った。
 
「……戻れ」
「えっ?」
「さっきの魚沼の様子はそんなもんじゃなかった。了承なんて取ってないんだろ。お前の嘘吐く時の癖、忘れたとでも思ってんのか」
 
 マーサは指先の動きを止め、しょうがないなと呟いた。
 
「また来たら会ってくれる?」
「魚沼は俺の大事な生徒だ。勝手は許さない」
 
 厳しい目にマーサは情けない表情をする。
 
「そうか。……また、な」
「……。久しぶりに会えたのは、嬉しかった」
「……ああ」
 
 じゃあ、とマーサが俺から剥がれていく。完全に離れる寸前、マーサのもっと、と先生を請う感情が流れてきた。
 
 ふわり、意識が徐々に浮上する。指先や骨の隅々に至るまで自分のものとして蘇る。どこか水が落ちたように滲んでいた視界がクリアになる。
 
「……魚沼?」
「……、せん、せぃ」
 
 心配そうに覗き込む先生に、体が返されたのだと気付く。手をぐーぱーし確かめる俺に、先生は立てそうかと話しかける。へたり込んでいたのだと理解した。立ち上がろうと試みるも、息切れと倦怠感でどうにもうまくいかない。それどころか目からはぼたぼたと涙が垂れ、床を濡らしている。焦る俺の耳に、聞き慣れた声が届いた。
 
「魚沼?」
「……千堂」
 
 何事だと俺の顔を見たセンパイは、びくりと硬直した。
 
「……どうした」
 
 ふるふると首を振る俺に埒が明かないと感じたらしいセンパイは、俺のことを抱き上げる。
 
「千堂っ?」
 
 先生の声がセンパイを追う。
 
「保健室連れて行きます。一限には間に合わないと思うんで、先生は魚沼のクラスと俺のクラスに連絡お願いします」
「ちょ、おいっ!」
 
 先生の焦る声を無視し、センパイは保健室へ向かっていく。先生に悪いとは思ったが、センパイが先生から離してくれることに、俺は少し安心していた。
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