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第五章
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靴を履き替えようと下駄箱の扉に手を伸ばす。ふと、何かに気付いた顔をした青は俺に下がるよう合図した。言われるままに一歩下がると、青は固い表情で扉を開ける。
ぼろ、と丸めた紙が溢れ出る。拾って目を通すと、罵詈雑言の嵐。俺が見ない可能性を考えてか、先程の写真もクリップで留められていた。上履きは紙の山に埋もれている。かき分けると、水に浸されたのか、濡れた上履きが登場した。周囲の紙のインクを吸い、一部が黒く滲んでいる。濡れたまま放置されたためだろう、蒸れた匂いもしていた。
「なあ青、スリッパ借りる場所って職員室だったか?」
眉を寄せつつ青に問う。ああと低く肯定した青は、黙って自分の上履きを差し出した。
「これ履いて。職員室にスリッパ借りに行こうか」
「え? でも青も上履きないと困るだろ」
「……、そうだな」
青は分からず屋を見るような目を俺に向けると、渋々と上履きを履きなおす。
「じゃあ、両者困らない方向で行こうか」
唐突な提案を皮切りに体が浮き上がる。所謂お姫様だっこだと気付いた俺は、一瞬言葉を失った。
「さっ、職員室までこれでいくぞー」
「おまッ、はぁ?! 重いだろッ、下ろせよ!」
んでもって恥ずかしい。どちらかというと恥ずかしいから下ろしてほしいというのが本音だが、それを訴えることも気恥ずかしくて躊躇われる。
「ほらッ、肩とか痛めるぞ?! な、下ろせって!」
一秀にもされたことがあったが、桁違いに恥ずかしい。緊急事態とは言いがたいからか、それとも同い年だからか。暴れて迷惑をかけるのも忍びなく、言葉でばかり抵抗しているうちに、青はひょいひょいと廊下を小走りで進んでいく。本当に止めてほしい。
青が俺の顔を覗き込む。何かが脳裏を掠め、ひゅっと息を呑む。思わず目を逸らした。
「赤、着いたよ」
「おー……って下ろせよ」
「スリッパもらってないし」
鬼か。鬼なのか。このまま先生方の前で抱きかかえられていろと? スリッパ貸してくださいとかいうやり取りを俺の頭上でやると? その間どんな顔してろっていうんだよ。
想像しただけで居たたまれない。俺は身じろぎをし青の腕に足を置くと、バク転の要領でひらりと床に着地した。
「わ、よく降りたな」
「なんでそんな残念そうなんだよ。お前楽しんでただろ」
「まぁ少しは。最近橙に出し抜かれ気味だし」
青と橙がよく小競り合いをしているのは重々承知だが、なにも俺を巻き込むことはないと思う。そもそも二人とも得意分野が異なるのだから、わざわざぶつかる必要はないだろうに。お互い能力を認め合っているにも関わらず、何が二人をそうさせるのか。疑問だ。
職員室の扉を開き、近くにいた先生に声をかける。
「すみません。スリッパ貸してください」
「ん? はいはい、ちょっと待ってね」
軽いノリで請け負ってくれた先生は、職員用休憩室へと引っ込む。すぐに出てくるかと思われたが、存外探すのに時間がかかっているのか休憩室への扉はなかなか開かなかった。きぃ、と扉がゆっくりと開かれ、代わりに出てきたのは田上先生だ。手にはスリッパ……ではなく、箱が抱えられている。
「おー……おはよう、椎名。夏目」
「おはようございます」
青は目を眇め、軽く顎を引く。疑うような眼差しを向けられた先生は「あー」と困った声で唸った。
「一先ず夏目は置いておくとして。椎名、今朝は災難だったな。写真のことを聞いてちょっと慌てた。無理はするなよ」
先生はくしゃりと俺の頭を撫でる。よくよく見ると先生の格好はいつもに増してくたびれている。そもそも、いつもであれば朝のこんな時間に職員室にいない筈だ。俺のことを聞いてすぐ、職員用の宿舎から出て来てくれたのだろう。
右頬に赤く痕が付いていることから察するに、休憩室で二度寝してしまったようだが。
青の視線はいつの間にやらすっかり厳しいものに変わっている。耐えかねてか、先生はそうだと話を変えた。
「上履きがやられたって聞いた。これは職員室で余ってた上履きなんだが……、よかったら持って行くといい。どうせ余ってたやつだ。遠慮はするな」
「ありがとうございます。……じゃあ、お言葉に甘えて」
安心したように口元を緩めた先生は、何かに気付いたようにぎくりと固まる。青から視線を外した先生は、ガリガリと頭を掻くと苦々しい溜息を吐いた。
「じゃあ、そろそろ職員朝礼の時間だ。生徒は出ていくように」
何年ぶりの朝礼だったか、と独りごち先生は背を向ける。職員室を出てちらりと隣の青を窺うと、顔に渋面が張り付いている。ピーマン食べた子供ってこんな顔するよなぁ、と幼少期の円を思い出した。今はもう食べられるようになったのだろうか。学園の王様がピーマン苦手って格好付かないよなぁ。
クスと笑うと、青は微妙そうな顔で眉を垂らす。
「……取りあえず、貰ったやつ履いてみようか」
「おー」
促され、箱から取り出す。中身を見た青は「なにが余ってただよ」と不満げに呟く。先生はそんな格好つけた風に言っていなかったと思うが。青には先生がどう見えているんだか。
内心呆れつつ上履きに足を入れる。うん、ぴったりだ。
「サイズも合ってるとか……。健康診断の結果でも確認したのか?」
露骨に先生を不審がる青。いやだからお前の目に先生はどう映ってるんだよ。
ぼろ、と丸めた紙が溢れ出る。拾って目を通すと、罵詈雑言の嵐。俺が見ない可能性を考えてか、先程の写真もクリップで留められていた。上履きは紙の山に埋もれている。かき分けると、水に浸されたのか、濡れた上履きが登場した。周囲の紙のインクを吸い、一部が黒く滲んでいる。濡れたまま放置されたためだろう、蒸れた匂いもしていた。
「なあ青、スリッパ借りる場所って職員室だったか?」
眉を寄せつつ青に問う。ああと低く肯定した青は、黙って自分の上履きを差し出した。
「これ履いて。職員室にスリッパ借りに行こうか」
「え? でも青も上履きないと困るだろ」
「……、そうだな」
青は分からず屋を見るような目を俺に向けると、渋々と上履きを履きなおす。
「じゃあ、両者困らない方向で行こうか」
唐突な提案を皮切りに体が浮き上がる。所謂お姫様だっこだと気付いた俺は、一瞬言葉を失った。
「さっ、職員室までこれでいくぞー」
「おまッ、はぁ?! 重いだろッ、下ろせよ!」
んでもって恥ずかしい。どちらかというと恥ずかしいから下ろしてほしいというのが本音だが、それを訴えることも気恥ずかしくて躊躇われる。
「ほらッ、肩とか痛めるぞ?! な、下ろせって!」
一秀にもされたことがあったが、桁違いに恥ずかしい。緊急事態とは言いがたいからか、それとも同い年だからか。暴れて迷惑をかけるのも忍びなく、言葉でばかり抵抗しているうちに、青はひょいひょいと廊下を小走りで進んでいく。本当に止めてほしい。
青が俺の顔を覗き込む。何かが脳裏を掠め、ひゅっと息を呑む。思わず目を逸らした。
「赤、着いたよ」
「おー……って下ろせよ」
「スリッパもらってないし」
鬼か。鬼なのか。このまま先生方の前で抱きかかえられていろと? スリッパ貸してくださいとかいうやり取りを俺の頭上でやると? その間どんな顔してろっていうんだよ。
想像しただけで居たたまれない。俺は身じろぎをし青の腕に足を置くと、バク転の要領でひらりと床に着地した。
「わ、よく降りたな」
「なんでそんな残念そうなんだよ。お前楽しんでただろ」
「まぁ少しは。最近橙に出し抜かれ気味だし」
青と橙がよく小競り合いをしているのは重々承知だが、なにも俺を巻き込むことはないと思う。そもそも二人とも得意分野が異なるのだから、わざわざぶつかる必要はないだろうに。お互い能力を認め合っているにも関わらず、何が二人をそうさせるのか。疑問だ。
職員室の扉を開き、近くにいた先生に声をかける。
「すみません。スリッパ貸してください」
「ん? はいはい、ちょっと待ってね」
軽いノリで請け負ってくれた先生は、職員用休憩室へと引っ込む。すぐに出てくるかと思われたが、存外探すのに時間がかかっているのか休憩室への扉はなかなか開かなかった。きぃ、と扉がゆっくりと開かれ、代わりに出てきたのは田上先生だ。手にはスリッパ……ではなく、箱が抱えられている。
「おー……おはよう、椎名。夏目」
「おはようございます」
青は目を眇め、軽く顎を引く。疑うような眼差しを向けられた先生は「あー」と困った声で唸った。
「一先ず夏目は置いておくとして。椎名、今朝は災難だったな。写真のことを聞いてちょっと慌てた。無理はするなよ」
先生はくしゃりと俺の頭を撫でる。よくよく見ると先生の格好はいつもに増してくたびれている。そもそも、いつもであれば朝のこんな時間に職員室にいない筈だ。俺のことを聞いてすぐ、職員用の宿舎から出て来てくれたのだろう。
右頬に赤く痕が付いていることから察するに、休憩室で二度寝してしまったようだが。
青の視線はいつの間にやらすっかり厳しいものに変わっている。耐えかねてか、先生はそうだと話を変えた。
「上履きがやられたって聞いた。これは職員室で余ってた上履きなんだが……、よかったら持って行くといい。どうせ余ってたやつだ。遠慮はするな」
「ありがとうございます。……じゃあ、お言葉に甘えて」
安心したように口元を緩めた先生は、何かに気付いたようにぎくりと固まる。青から視線を外した先生は、ガリガリと頭を掻くと苦々しい溜息を吐いた。
「じゃあ、そろそろ職員朝礼の時間だ。生徒は出ていくように」
何年ぶりの朝礼だったか、と独りごち先生は背を向ける。職員室を出てちらりと隣の青を窺うと、顔に渋面が張り付いている。ピーマン食べた子供ってこんな顔するよなぁ、と幼少期の円を思い出した。今はもう食べられるようになったのだろうか。学園の王様がピーマン苦手って格好付かないよなぁ。
クスと笑うと、青は微妙そうな顔で眉を垂らす。
「……取りあえず、貰ったやつ履いてみようか」
「おー」
促され、箱から取り出す。中身を見た青は「なにが余ってただよ」と不満げに呟く。先生はそんな格好つけた風に言っていなかったと思うが。青には先生がどう見えているんだか。
内心呆れつつ上履きに足を入れる。うん、ぴったりだ。
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