あの夏の日を忘れない ~風紀委員長×過去あり総長~

猫村やなぎ

文字の大きさ
52 / 214
第三章

8

しおりを挟む
「菖ちゃんが帰って来る前に帰りな」

 ほら、と服を投げつけてくる牧田。きょとんとする俺に、牧田は大きく溜息を吐く。

「なに? こっちが気の変わんないうちにさっさと着なよ。下も脱がすよ?」

 牧田は、左手の親指と人差し指で作られた丸に右手人差し指を差し込んでみせる。下世話なジェスチャーにハッとする。そういえばそうだった。すっかり忘れていた。

「椎名、お前やっぱバカだろ? なにをどうしたら自分が掘られそうになったこと忘れられるわけ?」
「掘る……」

 ──学園でお前掘られたりしてねぇよな。

 一秀の言葉が不意に蘇る。そっかぁぁぁ、掘るってそういう意味もあったのかぁぁぁ。そっかぁぁぁ。思わず頭を抱えた俺に、牧田は怪訝そうな目を向ける。

「……一応聞くけど、ほるって刺青のことじゃないよな?」
「は? なんなら体に教えてあげようか?」

 牧田は未だベッドで蹲っていた俺の上にのしかかり、ひたりとズボンの股間あたりに手を乗せ、軽く揉んだ。

 どこを掘るか。

 耳元に口を寄せ、耳朶を食む。ぞわりと、背筋に甘い痺れが走った。

「っ、」

 蹴り上げようと抵抗するも、足の上に乗っている牧田のせいで動かせない。

「こわいなぁ~今蹴ろうとしたでしょ」
「ちょ、噛むのやめろ…ッ!」
「ふぁーふぁひょ」
「やだよじゃっん、ねぇわっ、こ、バカ!」

 まずいまずい。何がまずいか分からんがまずい。というか、

「怖いから、」
「は」
「怒らせたなら、謝るから。頼むからやめてくれ」

 快感にも勝る、堪え難い恐怖に背筋が震える。

「お前、母親に襲われたの?」
「おそわれ?」
「性的に」

 言われた言葉をそのまま繰り返すと、言葉を足される。くわっと目を見開き叫ぶ。

「そんな訳ないだろッ」
「てっきりまた母親絡みかと」

 見透かしたように告げられ、思わず言葉が詰まる。

「ただ、」
「うん?」
「折檻の影響で、ちょっと」

 牧田はゆるりと俺の、包帯の巻かれた右手を取り、指を絡めてきた。傷の痛みに眉を寄せる。

「これも、折檻の一環?」
「……そうだ」

 観念して答えると、牧田は鼻で笑う。

「そりゃまた、とんだ教育だねぃ」
「俺の教育じゃない」

 口が滑った。どういうこと、と問い詰める瞳に、誤魔化せそうにないことを悟る。

「……母さんは、俺を円だと思ってるんだ」
「なに、それぇ。つまり、桜楠の折檻をお前が代わりに受けてるってこと?」

 するり、未だむき出しの背中を撫でられる。ぞくりと冷気を感じた。

「これも、代わりに受けたの?」
「……円は悪くない」

 質問の形を取りながらまるで訊くつもりなどないそれに、硬い声が出る。

「ふぅん? でもさ、何も知らずにのうのうと生きてるとか、」

 ──反吐が出るよ。

 ガリ、と耳を力強く噛まれる。咄嗟に腹に一発拳を叩きこむ。

「~~~~った、お前マジで信じらんねぇ」
「俺だって痛いわクソ野郎ッ!」
「俺の目の前で辛そうな顔するからだろうが!」

 叫ぶように返された一言に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を感じる。辛そう? 俺が?

「……そんなわけ、」
「お前見てるとイライラすんだよッ! とっとと死ぬか諦めるかしろッ!」

 殴られたことで沸点に達したのか、牧田はイライラと俺の言葉に噛みつく。

「お前は昔の俺に似てる。だから嫌いだ。大っ嫌いだ。俺が諦めて捨てたものを今更目の前で欲しがりやがってッ」

 牧田の手が俺の首に伸びる。嫌な予感にその手を交わすと、牧田は不機嫌そうに顔を顰めた。顎を掬われ、間近で睨みつけられる。

「俺はお前が嫌いだ。昔の俺を思い出す。だからそんな面して俺の前をうろつくようなら無理心中してやるよ。さっきも言ったけど、一人で死ぬのは嫌だからな。嫌いなやつが死ぬならちょうどいい」
「クソ野郎じゃねぇか」
「俺が一度だってお前に優しくしたことなんてあったっけぃ?」

 いつもの口調に戻った牧田は馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「俺は別に気に喰わない顔を消す手段が心中じゃなくてもいいけど。それやると怖いだとかピーピー泣くし、しょうがないよねぃ」
「泣いてねぇわ」
「泣いてた方がまだマシだっつーの」

 泣き方知らねぇガキみたいな顔しやがって。吐き捨てられた言葉に苦笑する。そういえば一秀にも泣くのが下手くそだとか言われたな。

「……俺がそうじゃなくてもどうせできねーだろ」
「なんで。俺不能じゃないけど」
「……あんな汚ねぇ体で勃つわけねーだろ」
「は?」

 牧田は俺の手を掴み自分の股間に押し当てる。感覚が。
 驚き牧田を見上げる。牧田はハンッと鼻を鳴らしこちらを見下ろす。

「穴は穴だろうが」

 やっぱクソ野郎だ。込み上げた感情そのままに笑う。ぐだぐだ気にしてたのがバカみたいだ。名誉の負傷と言われたいわけでも、汚い体を綺麗だと言ってほしいわけでもなかった。ただ、普通の人のように扱ってくれればそれだけで。

「そうそ。そうやって笑ってな。それならまだ生かしておいてもいいかなって思える」
「勝手に人の生死握ってんじゃねー」

 クスクスと笑いながら言う。不意に牧田の顔が近づいた。ちゅ、と唇に何かが触れる。

「……さっさと服着なよ」
「なんだ、今の」
「キス。したことくらいあるでしょ」

 しれっと告げられた言葉に愕然とする。え、なんでキス? どういう流れで?
 疑問符が頭の上で踊る。理解が追い付かない。

「服着たら、出てってよねぃ。抜きたいし」
「……あーハイハイ」

 理解が追い付かないまま重ねられた言葉に、おざなりな返事をする。いいやもう。考えるのをやめよう。思考停止した俺に、牧田はニヤニヤと笑いだす。

「あ、それとも抜きあう? それでもいいよ」

 意地悪そうに告げられた言葉に、片眉を上げる。俺が驚くとでも思ったのだろうか。服を着てベッドから立ち上げる。部屋を出ていく直前で、くるりと振り返る。やられっぱなしは面白くなかった。

「……残念。俺不能だからお前とは遊べないんだ」
「ハァッ!? ちょっ、」

 一方的に言い残しその場を立ち去る。牧田の焦った声が愉快だった。 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...