魔王様、ずっと記憶喪失のままでいてください

チョロケロ

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第五話 もうヤケクソだ!

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「じゃあ座って、カイネちゃん」
「は、はい……」

 私はテーブルを挟んで魔王の対面に座った。
 魔王は床に落ちているウイスキーボトルを拾うと、さぁ、飲もう! とニコニコ笑った。
 だが、すぐにグラスがないことに気が付いた。
 グラスが無いのにどうやって酒を飲むのだ? 不思議そうな魔王の表情を見ながら、私は慌てて説明する。

「二人でラッパ飲みをしていたのです!」
「え? ずいぶんワイルドな飲み会だねぇ」

 そう言ってウイスキーを一口すすると、はいと言って私に手渡した。

「ところでカイネちゃんの服はどこ? 目の保養になるけど、さすがにその姿は刺激的すぎるよ。服を着て欲しいな」

 私は全裸で先程魔王に渡された上着を羽織っているだけなのだ。
 
「服……」

 私は必死になにか上手いことを言おうと思ったのだが、なにも思い浮かばなかった。
 慌てる私を、魔王は不審げな表情で見つめる。

「え? もしかして、服ないの?」
「……」

 なにか……、なにか良い言い訳はないだろうか?
 しどろもどろになる私を見ながら、魔王はなんとなく頭に触れた。

「そう言えば……。俺、転んだんだよね? それでこの血の量はおかしくない? これじゃあまるで頭を殴られたみたいだ」
「……」
「それに、このウイスキーボトル。よく見ると瓶の底にべったりと血が付いてる……。まるで誰かの頭を殴ったみたいだよね……?」
「……」
「それにカイネちゃん……。よく見ると鎖に繋がれてるじゃん……。首輪もしてるし……。どういうこと?」

 やはり誤魔化すことは無理か……。
 見た目はおちゃらけているが、地頭が良いところは変わっていないようだ……。と言うか、アレで誤魔化せたと思った私が愚かだった……。
 私は腹をくくり、地の底を這うような低い声を出した。

「お前が悪いのだ……」
「え?」

 私は立ち上がり、バンっとテーブルを叩いた。

「お前が悪いのだ!! 私をこんな惨めな姿にして閉じ込めるから!!」
「え? どういうこと?」
「しかもお前は、私の婚約者を寝取ったのだ! だから……私は……私は……」

 悔しくて涙が出てくる。
 私は椅子に座り込み、シクシクと泣き始めた。
 そんな私を、魔王は困惑した表情で眺めている。

「カイネちゃん……。俺は一体、君になにをしたの?」

 聞きたいのなら教えてやろう。
 お前の無慈悲な行動の数々を。
 私は涙を拭い、今までのことをぽつぽつと話し出したのだった。

※※※※

「なにそれ!? ひっでーなぁ、俺! 最低のクズ野郎じゃん!」

 自分で自分を非難するのは、どんな気持ちなのだろう? などと思いながら、私はウイスキーをグイッと飲んだ。こんな話、酒でも飲まなければ話せなかったのだ。
 ほろ酔いになっていた私は、キッと魔王を睨む。

「そうら! お前は最低なのら!」
「カイネちゃん……。呂律ろれつが回ってないよ? お酒飲むのやめた方がいいんじゃない?」
「やら!」

 そう言って私は再びウイスキーをラッパ飲みした。
 魔王はそんな私を苦笑いで見ていたが、すぐに真剣な表情になりペコリと頭を下げた。

「ごめんねカイネちゃん。俺、記憶喪失になる前は酷い男だったんだね。そんな男なら、カイネちゃんに殺されかけても仕方がない」
「そうら! 反省しろ! この、サイコパスが!」

 記憶喪失になる前の魔王にサイコパスなどと言ったら、間違いなく殺されているだろう。
 だが、今の魔王はごめん、ごめんなさい! と謝るばかりだ。
 謝る魔王を見ていたら、私の溜飲りゅういんも下がってきた。
 私は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。

「そんなに謝るなら、許してやらんこともない」

 途端に、魔王の表情がパッと明るくなる。

「ただし! 許してやるかわりに、私がしたことも水に流せ!」
「カイネちゃんがしたこと?」
「そうら! 私がお前を殺そうとしたことも水に流すのら!」

 魔王は、すぐにうんうんとうなずいた。

「もちろんだよ! そもそも、殺されるようなことをした俺が悪いんだから」
「よし! ならば、一筆いっぴつ書け!」

 私は立ち上がると、魔王の机に向かった。紙とペンを持ってきて、それをバンっとテーブルに置く。
 魔王は言われたとおり、紙にスラスラと文字を書いた。

『俺は、カイネちゃんに半殺しにされました。それで、記憶喪失になりました。だけど悪いのは俺です。もし俺の記憶が戻ったとしても、カイネちゃんを罰しないと誓います』

 私は魔王から紙をひったくり、何度も読み返してから『よしっ!』とうなずいた。

 良かった……。本当に良かった……!!
 これで魔王の記憶が戻ったとしても、私が罰せられることはない。
 だが、関係は最悪になるだろう。
 いいのだ。そのときは側近なんて辞めてやる。実家に引っ込み、細々と暮らせば良いのだ。
 私は紙を三つ折りにし、上着のポケットにしまった。

 魔王は私が許すと言ったので安心したようだ。頬杖をつきながら、「でもさぁ……」と口を開いた。

「以前の俺は、なぜそんな酷いことをしたんだろう?」
「知らん。サイコパスの考えることは理解できんのら」
「なんか理由があるんじゃないかなぁ……」

 魔王は腕を組み、うーーん……とうなった。

「例えば、カイネちゃんのことが好きだから、結婚するって言われて逆上しちゃった……とか?」

 魔王の言葉を聞いて、私は腹を抱えて笑った。

「魔王が私のことを好きなどあり得ない! 今まで好意を示されたことなど一度もないのらからな!」
「そうかなぁ?」
「そうら! きっと、私が幸せになるのが気に入らんのら! アイツは心の狭い男だからな!」
「そっかぁ。聞けば聞くほど、記憶喪失になる前の俺って小者だね。よくそんなんで、魔王なんて務まったなぁ」

 まぁ、性格は最悪だが、能力はある男だったからな。
 仕事はバリバリこなしていたし、民衆からの評判も良かった。私も監禁される前は、魔王を尊敬していたし……。

 そこで私はハッとした。
 仕事で思い出した……。そう言えば、魔王は記憶喪失になっても仕事が出来るのだろうか……?
 出来なかったら大変だぞ!? 難しい書類など、魔王でなければ分からないのだ。

「そう言えばお前……、仕事のことは覚えているのか?」

 私が恐る恐る聞くと、魔王はニパッと笑った。

「大丈夫だと思う。そういうことはしっかり覚えてるから」

 な、なんと都合の良い記憶喪失なのだ!
 これなら魔界が混乱することもない! 
 私は安心して、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
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