魔王様、ずっと記憶喪失のままでいてください

チョロケロ

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第十話 罪悪感

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 魔王が私を横抱きしに、ベッドに連れてゆく。
 そっと下ろされると、潤んだ瞳で魔王を見つめた。

「魔王様……」

 魔王がニコリと微笑み私にのし掛かってきた。
 二人で熱いキスを交わす。
 すると、魔王の不埒な手が私のシャツのボタンに触れた。スルスルとボタンを外してゆくと、私の胸が露出した。魔王は私の胸を見てペロリと舌なめずりすると、乳首に吸い付いた。
 ピチャピチャと舐めたかと思えば、唇をすぼめてチュウっと吸われる。
 胸なんか感じるわけがないと思っていたのだが、魔王が私の乳首に愛撫を施してくれていると思うだけで身体が熱くなった。

「魔王様……。気持ち良いです」

 魔王は私の言葉に応えるように、乳首を優しく噛んでくれた。その刺激で、私の性器から先走りがあふれる。
 私は魔王の髪の毛を両手で優しくきながら、今の正直な気持ちを伝える。
 
「魔王様……好きです……。大好きです……」
「……」

 魔王が乳首を舐めるのをやめ、こちらを見つめてきた。
 その表情は、ちょっと困っているようだった。

「カイネちゃんは、俺のこと好きなの?」
「はい。大好きです。魔王様のことを心の底から愛しています」
「……」

 魔王は私から目を逸らし、ゆっくりと身体を起こした。

「……ごめん。やっぱりやめようか……」
「え?」

 愛しているなど重かっただろうか。
 よく考えたら、魔王は一度も私に愛の言葉をささやいたことなどなかったのだ。つまり、別に魔王は私を愛していない。
 それなのに勝手に盛り上がってしまった。
 私は拒絶された悲しさと、愛しているなどと言ってしまった恥ずかしさで涙がにじんだ。

「ま、魔王様……。ごめんなさい……。愛しているなどと言われたら、迷惑ですよね……」

 私の言葉に、魔王は慌てた。

「違うよ! 迷惑なんかじゃないよ! 凄く嬉しかった!」
「……。じゃあ、なぜ抱いてくれないのですか?」

 魔王は気まずそうに私から目を逸らすと、ハァーとため息をはきながら、ボリボリと頭をかいた。

「本当にごめんね。カイネちゃんが悪いんじゃないんだ。ただ、アイツに悪い気がして」
「アイツ?」
「記憶喪失になる前の俺のこと」
「……」

 なぜ以前の魔王が出てくるのだ。
 あんなサイコパス、今は関係ないのに。
 魔王は私のシャツのボタンをきっちり閉めると、隣に寝転んだ。

「アイツさぁ、カイネちゃんのこと大好きだと思うんだよ」
「え?」
「だって俺さぁ、カイネちゃんのこと初めて見たとき、胸がドキドキしたんだ」
「?」

 魔王はベッドに頬杖をつきながら話を続ける。

「一瞬で恋に堕ちちゃったよ。カイネちゃんがキラキラ輝いて見えた」
「私も、今の魔王様はキラキラ輝いて見えます」
「ありがとうね。でもね、これは俺の感情じゃないんだよ。アイツの感情なんだ。アイツがカイネちゃんに恋をしているから、こんなにカイネちゃんが好きなんだ。俺はアイツの感情に引っ張られているだけなんだよ」
「よく……分かりません……」

 魔王は困ったように微笑むと、私の頰を撫でた。

「つまりね、カイネちゃんのことが好きなのは、今の俺じゃなくて、記憶喪失になる前の俺ってこと」
「……」
「だからもし今の俺がカイネちゃんを抱いたら、アイツすっごく傷付くと思うんだ」
「……。以前の魔王が私を好きなんて有り得ない。好きなら、なぜ私を鎖に繋ぎ、閉じ込めたりしたんですか?」
「それは俺にも分からない」
「……」
「だから、アイツが戻ってきたら、聞いてみな」

 アイツが戻ってきたらと言うことは、魔王の記憶喪失が治ることを意味する。
 今の魔王がいなくなり、昔の魔王に戻るなんて嫌だ。
 私はひしっと魔王に抱き付いた。

「魔王様! 嫌です! ずっとこのままでいて下さい!」
「うーん……。俺もこのままでいたいんだけどさぁ、そろそろアイツが戻ってくる気がするんだよね」
「嫌です! そんなやつ追い出して下さい!」

 魔王は困ったように微笑むと、そっと私を抱き締めた。

「……とにかくね。カイネちゃんは、もうちょっとアイツに心を開いてあげて欲しいんだよ。俺に開いてくれたみたいにさ」
「嫌です」
「そんなこと言わずに……。お願いカイネちゃん」
「……」

 私は嫌だと言う意味を込めて、むうっと頰を膨らませた。
 そんな私を見ながら、魔王はクスクス笑う。

「ね? お願い。アイツバカだから素直になれないんだよ。ここはカイネちゃんが大人になって、一歩歩み寄ってあげよう」

 私が心を開いたところで、アイツはなにも嬉しくないと思うんだけどな。
 でも、魔王がこんな必死に私に頼み込むことなんて滅多にない。
 大好きな魔王の言うことなら、叶えてあげたい。
 私はムーっと不貞腐れたような表情をしながら、魔王の胸にスリスリと頭を擦り付けた。

「分かりました。魔王様がそこまで言うのなら、考えておきます」
「よしよし。偉いね、カイネちゃん」

 魔王が私の頭を撫でてくれたので、私は嬉しくてたまらなくなった。きっと私が猫ならば、ゴロゴロと喉を鳴らしていることだろう。

「じゃあ今日はもう寝よう」
「分かりました」

 名残惜しいが、部屋に戻るか。
 私が立ち上がろうとしたら、魔王にギュッと抱き締められた。

「今夜は泊まっていきな。一緒に寝よう」
「……!」

 魔王からお泊まりの許可が出たぞ!
 今夜はずっと一緒にいられる! 私は大喜びで魔王に抱き付いた。胸いっぱいに魔王のにおいを嗅ぎながら、思いっきり甘える。

 しばらくそんな時間が続いていたのだが、魔王に抱き締められている安心感からか、眠くなってきた。
 目をしばしばさせて眠気と戦っていたら、魔王が更に強く抱き締めてきた。
 それで、ボソリとつぶやいたのだ。

「さようなら、カイネちゃん。大好きだったよ」

 そんな最後の別れみたいなこと言わないでください。明日も会えるでしょう? と言おうと思ったのだが、どうしても睡魔に勝てず、私はすうすうと眠りについたのだった。
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