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二章 ドラゴンと龍、その派閥
報告 一話(修正版)
しおりを挟む時間帯のせいか、朝と比べると人気が少なくなった廊下を突き進み、曲がり角を曲がった先の一室の前で立ち止まる。そのままノックはせず扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れれば、俺の後ろに続き双子も扉を潜った。
「ただいま~……。あー、疲れたぁ」
開口一番、気の抜けるような声を上げたのは、山吹だ。それに続けて銀が、そんな山吹を軽く叱咤した後、帰還の挨拶を口にする。
「ただいま戻りました……。って、あれ。鴇さん……?」
そう声を掛けながら、銀は、本来いるはずの人を探すよう部屋の中を見回す。それに倣い、山吹も部屋を見渡し首を傾げた。
「あれ、本当だ……どこ行ったんだろ」
トイレかな、と零す山吹に、銀は顎に手を添えながら、『いや、もしかしたら急な呼び出しかも』と呟いた。
今日の文月班の業務は、機関管轄の学校の視察と、南域からあった通報一件の処理兼見回りだ。学校への視察には千草と瑠璃さんの二人が、そして、通報の処理と見回りは残りの四人で分担する予定となっていた。不測の事態が起きても大丈夫なように、一人ないし二人は機関内に残り、事務処理を行ってもらおうと話し、俺と双子の三人で出たのだが……一人、残っていたはずの鴇さんの姿が見当たらない。
鴇さんは、普段おっとりしてどこかへ飛んでいきそうな空気を醸し出してはいるが、決して仕事を放っぽりだしてどこかへ行くような人ではない。なんなら、誰よりも真面目で、喰えない人だ。それが分かっているから、山吹と銀も疑問に思っているのだろう。
となると、一番可能性があるのは……。
そう一つの当たりをつけて俺は、静かに、けれど確かな足取りで執務室の奥へと向かった。
「班長?」
背後から山吹に呼び掛けられたが、それに返事はせず、俺はただ部屋を横切る。
――――あの人がいるのは、おそらく……。
そうして向かった先は、仮眠室への扉。きっとここにいるだろう、そう思い、俺は扉のノブへと手を伸ばす。――――そもそもここは、鴇さんの為に作られた部屋だから。間違いなくいるはずだ。
すると、俺が今まさにドアノブに触れるその直前に、仮眠室の扉が静かに開かれた。そうして、扉の奥から現れた淡い桃色の瞳を捉え、俺は小さく息を吐く。
「……ただいま戻りました、鴇さん」
俺のその言葉に対し、鴇さんは、ただ静かににこりと柔和な笑みを浮かべた。
「うん、おかえり」
「あっ、鴇さん! ただいまです~!」
「ただいま戻りました」
お疲れさま、と俺に労いの言葉を掛けた鴇さんに対し、双子もすぐに駆け寄ってきて、彼へと直接帰還の挨拶を口にする。そうすれば鴇さんはまた、双子に向けて柔和な笑顔を浮かべる。
「良かった、皆元気そうだね。特に怪我はしてないかな?」
「はい!」
「いやぁ、全然余裕でしたよー」
鴇さんの問いに、双子は元気よく返事をした。そんな二人の言葉に、彼はまたふわりと笑う。
「それなら良かった。ああそうだ、みんなお腹空いてない? 実は美味しい茶菓子を頂いてね。みんなでお茶にしよう」
「えっ、お菓子⁉︎ 食べる! お腹空きましたー!」
俺たちの無事の帰還を喜びながら、鴇さんは思い出したようにそんなことを提案した。すると、山吹は幼い子供のように燥ぎ、すぐに手を洗ってきますと駆け出していく。そんな片割れに、銀はすかさず注意しながら山吹の背を追い走り出す。
「おい、こら山吹っ! 走るなよ、みっともないだろ!」
そう叱りながら、けれど、なんだかんだ銀も菓子には目がないから、口では兄弟を叱責してはいるものの、心が躍っているのだろう。その顔は明らかに笑みを湛えていた。
「お前ら……」
そんな二人の姿はやはりまだまだ子供で、流石に苦笑する。とはいえ、それもまぁ別に今に始まった事でないし、二人の仕事ぶりを知っている分まあいいかと思い直す。
それよりも、と、俺は鴇さんの方へとゆっくり視線を戻した。
「……体調が優れませんか」
そう、静かに問い掛ける。すると、鴇さんは俺の言葉に緩く目を瞠った。……けれど、一拍の間を置いた後、またいつもと同じ柔い笑みを浮かべ、静かに首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。……少し眠かっただけで、支障はないんだ」
そう返ってきたその言葉は、正直予想通りのものだった。嘘を言っている訳ではない、けれど決して本心を悟らせようとはしないその姿に、俺はまた小さくため息を落とす。
「貴方はいつもそれですね」
「ん? うん、だって、僕はいつも元気だからねぇ」
最大限の皮肉を込めたつもりだったのだが、それもこの人には通じない。けれどそれもいつも通りなものだから、もう俺はそれ以上深く突っ込むことはやめた。
この人に口出しするのは、俺の仕事じゃない。そう思いながら、ふうと一つ息を吐く。
すると、鴇さんは俺が引き下がったことを悟ったのか、『はい、それじゃあこれ』と言って俺に何かを差し出した。
そのコレが何かは、鴇さんの掌に綺麗に収められていたものだから分からなかったが、流石にこの流れで、この人が変なものを渡してくることもないだろう。そう思い、俺は素直にそれを受け取ろうと、鴇さんへ向けて手を差し出す。
「何かくれるんですか」
「うん、今の君にとっていい物」
ニコニコと始終笑みを浮かべる鴇さんに、はぁ、と気のない返事をする。そうしてそのまま手を差し出していると、ころん、と小さな何かが乗せられる。
それは、まじまじと見る必要もない、全班員に支給されている通信端末だった。なんなら今、俺も自分のものを持っている。
何故、と、思わず目を点にした俺に、鴇さんはまた、こともなげにさらりと言葉を続けた。
「それ、今瑠璃くんと繋がっていてね。さっきまで僕が聞いていたんだけど、丁度良いから君が直接報告を受けると良い」
「え」
気になっていたんだろう、そう鴇さんが続けるよりも先に、俺はそれを先に言ってくれと思いつつ速攻通信端末を耳に付けた。
「瑠璃さ――――、」
『――――遅いっ‼︎』
瞬間、耳を劈くような怒号が耳に飛んできたものだから、俺は思わず、今し方付けた端末を咄嗟に離した。
***
「――――はい、……そうですね、そうなります。……かしこまりました、ではそのように」
端末越しの報告。本来であれば、副長である千草がするべきだろうそれを、俺は率先して引き受けた。どうしても、自分で確認しておきたいことがあったから。
結果として、それが今回に限って言えば、班長と距離をとりたがっている副長の助けになったのだろう。有難いけれど申し訳ない、そう言わんばかりの彼の表情を前に、俺は一足先に任務をこなしてもらうよう送り出した。今頃は、順調に視察の任を進めているだろう。
俺も早く合流せねばと、そう思いながら一通り報告を済ませると、端末の向こう側が不意に、ひどく尋ねづらそうに吃り始めた。
『あー、えっと、その……瑠璃さん』
「はい」
しかし、こちらは至っていつも通りに粛々と聞き返す。そもそも、この男が尋ねることなど、初めから決まっているのだ。
『あー……あいつ……千草、どんな感じですか?』
「…………はぁぁ」
あまりにも予想通りのその問いに、俺は軽く眉間を押さえながら、ひどくわざとらしいため息を吐く。
なんだってこの二人は、こう……こうなのだろうか。
「……それは、任務に必要なことですか?」
面倒な空気を察知しながらも、俺はどこまでも淡々とそう聞き返す。そんな俺の返答に、通信機の向こうで言葉に詰まったような声が聞こえてきた。
『そ、れは、その……俺にとって、一番の重要事項なので』
それでも、どうやら班長は質問を取り消すつもりはないらしい。そう言い切った班長に、けれども俺は即座に切り返す。
「任務に関係のない話をするほど、こちらも暇ではありません」
『ぅぐ……っ!』
班長の感情など関係ない。こちらは仕事で連絡しているのだ、その辺は履き違えるなと、そんな意志を込めて言い切る。すると、さしもの班長も口を閉ざさざるを得なくなったようで、また吃る声が耳に届いた。
副長はよく俺を優しいと評価するが、決して俺は、彼が言うほど優しくなどない。なんならどちらかというと、冷淡であると言って差し支えないだろう。
今回報告を変わったのだって、先も述べたように自分が確認したいことがあったというだけであるし、日頃のやり取りにしても、ただ班のメンバーとして円滑に仕事をする上で必要だと判じてしている、ただそれだけのこと。
本音としては、自分にとって馴れ合いなんてものは、ただただ煩わしいとしか思っていないのだ。
何故そんな勘違いをしているのか甚だ疑問ではあるが、そこはまあどうでもいい。とにかく、今は仕事中だ。無駄話をしている暇はない。そう思い直し、報告を切り上げようと口を開く。
「それでは、まだ仕事の途中ですので。後程改めて報告を――――、」
『……それなら!』
すると、突然班長が、俺の言葉を遮るよう叫んだ。
『それなら……、――――』
そうして続けられたその言葉に、俺は思わずぴたりと動きを止めた。
紡がれたのは、ひどく懐かしい響き。今よりも幼い、けれども真っ直ぐで澄んだ瞳が脳裏に過ぎる。
まさか、それを持ち出してくるとは……。
「――――、」
瞬間、口から出かけた言葉。それを咄嗟に飲み込み、今し方考えた思考を振り払うよう頭を振る。
「……それを持ち出すほど気にするならば、初めから上手く立ち回れば良いのでは?」
なんとか持ち直しそう問えば、通信の向こうの男は少しの間をおいた後、はっきりと続けた。
『……仕方ないでしょうが。彼奴相手だと、どうも上手くいかないんだよ』
『それで、千草はどうなんですか』そう続けられた問いは、最早呆れを通り越して感心してしまうくらい、芯の通った真っ直ぐな声音で紡がれ、思わず苦笑してしまう。
まるで炎を思わせる、ひどく真っ直ぐで凛とした双眸。それが声しか聞こえないというのに容易に想像ができるのだから、この男は本当に恐ろしい。
まったく、そういうところばかり変わらないのだから、困ったものだ。
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