女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

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 「んじゃ、まずは──」

 私の先生(師匠と呼ぶのを断固拒否した結果先生呼びになった)は片手にブラシ、そしてもう片方にはリンゴを一つだけ持って私の前に対峙した。

 「今のお前はコイツに全く信用されていない。だから、この餌で自分にとって利益のある人物と思わせなければいけない」

「利益のある人物って……」

「実際そうだろ?他の馬だったらもっと簡単に懐くかもしれないが、コイツは違う。賢いやつだからな」

「ヒヒーン」

「………」

 再びイチャつき出した一人と一頭に私は半目になりつつ、先を促した。

「早く続きをやってもらえますか?」

「ははっ、分かった分かったって!…あ、おう。えっと、続きだな」

「はい」

 こいつ…大丈夫だろうか。自分が教える立場というのをよく理解していないと思うのだが。
 役目を放棄しないか心配だ。

「じゃあまずは餌やりから始めるぞ。ほら、このリンゴを持て」

 そういうと先生は片手に持っていたリンゴ一つを私にぽいっと投げる。
 私は慌ててそれを受け取る。
 そして、先生が檻の中に入れと指示してきたので、おずおずと入った。

 中に入るとあからさまに白馬が不機嫌オーラを放った。
 先生がそれを宥めつつ、私にこう言った。

「こいつはまだお前の事を恐怖の対象だと思ってる。こんなに貧弱そうなのにな。だから餌をあげる時はまず、目を合わせずにあげてみろ。こいつの場合、目を合わせる行為が威嚇だと認識するからな」

「なるほど…」

 貧弱そうという言葉に反応仕掛けたが、それを除くと彼の言葉には説得力があった。

 すると、先生が白馬を私の元に誘導してきた。
 私は心配になりながらも、精一杯顔を背け、目を合わせずにリンゴを差し出す。

 手に湿った感触を感じ、ぬるりとしたものが触れる。おそらく馬の舌だろう。
 体が一瞬びくりとなるも、すぐに嬉しさが込み上げてきた。

「…よし。完食したぞ。順調な滑り出しだな」

 先生が私に知らせるように告げる。
 その報告に私は胸が感動によって占められた。

「っはい!嬉しいです!」

 私が笑顔で言うと先生もくしゃりと笑って頭を撫でてきた。顔も行動もイケメンだ。

「くすっ、良かったな。これを繰り返していけば、いつかは懐くと思うぞ。こいつは賢い奴だ。お前が良い人間だってことはすぐに理解すると思う」

 先生にそう言われ、頬が緩む。
 初の餌やりだ。凄く嬉しい。

「よし、なら餌やりと同時進行で行うもう一つの事も教えるぞ」

「はい!」

「これを持て」

 差し出されたのは大きく、通常よりも固めのブラシだった。
 根ブラシ…というものだろうか。乗馬の際によく使うと、乗馬が趣味のお父様が言っていたような気がする。

「このブラシでこいつをブラッシングする。だが、いきなりブラッシングするのは驚いてしまうから、呼びかけをして行うんだ。名前を呼びながらするのも良いな。…お前、こいつの名前は?」

 そこではたと気付く。そういえば名前をまだ付けていなかった。

「えっと…まだ付けてないです」

「はぁ?じゃあ今すぐ付けろ。ほんとにお前はこいつの飼い主になる自覚があるのか?」

 先生が信じられないとでも言いたげな顔をしてこちらを見る。
 私はそれにすかさず反論した。

「ありますよ!タイミングが無かっただけです!」

「名付けるタイミングって何だよ…」

 呆れ交じりにため息を吐かれ、お前のせいだよと言いたくなるのを堪えた。

 「無いなら今すぐここで付けろ。何か考えてるものがあるのか?」

「えっと…」

 無い。何も考えてなかった。どうしよう。

「一般的には自分の名前に寄せた名前を付けるな。例えばお前だったら………」

 そこで、両者に沈黙が走る。そういえば私、名乗って無かった気がする。

 すると突然、先生が堪えられないとでも言うように大笑いをしだした。

「──ぷっ、はははっ!俺たち、互いの名前も知らないで先に馬の名前決めようとしてたのかよ!はははっ!ひー!ひー!笑い過ぎてめっちゃ腹痛ぇ!あはは!」

 先生の名前に関しては自分が言わなかったからだろうと思ったが、敢えてその事については言わなかった。何を言われるか分かったもんじゃないし。

「……」

「はははっ!あははっ!あー!ちょー笑った!久々にこんな爆笑したぞ!くはは!」

「あの………」

 私が戸惑いがちに尋ねると、彼は涙を拭いながら悪い悪い、と謝ってきた。

「いやー、こんな馬鹿な出来事ってあるんだな!はははっ、はぁー!………で?お前の名前は結局何なんだ?」

「………エマです」

「エマ?お前そんな上等な服着て、ただの庶民では無いだろ。どっかの商人の娘か?」

 ここで私の思考は一度止まる。女王候補ということを伝えれば、彼は驚いて私に乗馬を教えてくれないかもしれない。
 そうすれば、私が暇になるだけではなく、お金を費やした意味が無くなってしまう。

 デメリットしか思い浮かばないので、私は自分の本名を伏せる事にした。

「まあ、確かに商人の娘ですけど。名前だけで良いじゃないですか。先生だって教えてくれないし」

「ふーん?ま、そうだな。よし、なら馬の名前を考えろ。何か良い案はあるか?」

「ふむ……」

 名前なんて、そんなに考える機会が無かったし、そもそも私はそこら辺に関しての才能が皆無なのだ。

 「ホワイト…とかですかね?」

「見たまんまだな」

「じゃあレッド」

「真面目に考えろよ」
 
 真面目に考えているつもりなのだが、すぐに突っぱねられる。だったら自分で考えて欲しい。

「そんなに文句があるなら、先生こそ何か良い案があるんですか?」
 
「そりゃあるに決まってるだろ!ほら、あれだ!…えー、ほら、あれだよあれ。……分かるだろ!あれだよ!」

「分からないですよ!」

 どうやら先生の方もそっちの才能は無いらしい。なんだあれって。

 「と、とにかく色以外に無いのかよ?」

「えぇ……食べ物の名前とか…?」

「やめろ。食う気か?」

「そこまで食い意地張って無いですよ!」

 先生は私を何だと思ってるんだ。これでも女王候補に選ばれるくらいの立派な令嬢なんだが。

「で?他には?」

「んー……」

 そこで私はふと思い出す。

「あの、先生」

「ん?」

「…エヴァ、というのはどうでしょうか」

「ほう。由来は?」

 私は過去に両親が言っていた事を思い出しながら告げた。

「母のお腹の中の子が女の子じゃなくて、男の子だったら付ける予定だった名前だそうです」

「へぇ。なるほどな。悪くないと思うぞ」

「!じゃあ──!」

 「良かったなー、お前の名前は今日からエヴァだぞー?よしよし~」

 嬉しさが込み上げてきたというのに、目の前で私の馬こと、エヴァとイチャつき出したので私は再び注意をした。

「イチャつかないで下さい!」

 私は一人と一頭の中に真っ直ぐ飛び込んだ。








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