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第一章
001 七日間の心臓
しおりを挟む「これが〈再生の臓器〉ですか」
そこは火の海に包まれていた。
闇と紅を纏う森。低い男の声が灼熱の壁に消えていく。相対するは、片膝をついて睨み続ける金髪の少女。苦しそうに首に巻いている包帯を触るが、外そうとはしない。
彼女の体には、禍々しい魔の術式が張り巡らされていた。
満月が火の大地を照らす。密集する木々の中、円状に切り取られた平地には、弱々しく喘ぐ残り火が踊っていた。
周囲では樹を媒体に桁違いの燃焼を続ける業炎。まさに灼熱の壁。
腰まである長い金糸を携える少女の顔は、今にも気絶してしまいそうな程に歪んでいて、それでも切れ切れな言葉で立ち向かう。
「返し、て。私の――」
私の――心臓。
目前の片眼鏡を掛けた燕尾服の男は、冷淡な笑みで少女を一瞥した後、大事そうに持ち上げている右手に視線を移した。
収縮と膨張をせわしなく繰り返すものに。純白の手袋に納まる心臓へ。
「実に美しい! 生に執着する卑小な臓器。せわしなく繰り返す運動。死を感じ取る度に、恐怖を流し込む度に加速する鼓動!」
狂ったような笑みに、少女セラルフィは歯軋りする。
相手はどんなトリックを使っているのか、自分の放つ攻撃が一切通用しない。あまつさえ、『心臓を掴み出されてしまった』のだ。
赤いマントに刀身の細長い長剣。燃え盛る紅の光をゆらゆらと反射する。
白を基調とした薄手のコートは、花弁のように膨らむ純白のスカートの、後方部分を大きく被さる形で鋭い薄羽のように突き出ていた。
「……さて」
そう言い、肩まである濁った銀髪が小さく揺れた。死にかけの少女など、もはや眼中に無いと言う風に。燕尾服に刻まれる禍々しい笑み。
「終わらせましょうか」
男の右手が高く掲げられた。
セラルフィの心臓が握られた右手が。
心臓の上で積み重なるように展開される、紫の三連魔法陣。
セラルフィにはこれから起こる事象が分からなかった。今の今まで自分を殺すものだと思っていたのだ。あのまま右手を握れば、自分の心臓は潰れると。
男の紫眼が、紅の光を反射して妖しく揺れる。
「圧縮しなさい――〈チャイム〉」
刹那、天に向いた三連魔法陣から――セラルフィの心臓ごと――紫の閃光が迸った。
紫の奔流は闇夜を目指し、ある地点で激突したように四散した。
次第に球体を象っていく紫球。奔流が終わりを迎えると、紫の球体は殻のように幾筋もの光を解放し、いとも簡単に砕け散った。
――女神の……像?
光から現れたのは見上げる程に聳え立つ、頭上に大きな鐘の浮かぶ女神像だった。石膏で出来ているそれは、まるで生きているかのように苦悶に歪んだ表情で自分の体を抱きしめている。
「期限計測」
言下、心臓が女神像の左胸へと吸い込まれていく。よく見ると像の左胸には大きな風穴が空いていた。小さな心臓が左胸へ納まった瞬間、地面から白い荊が女神像の身体を蝕んでいく。食い込んだ茨がそうさせているかのように、女神像は大きく口を開け、上空へ耳をつんざくような悲鳴を飛ばした。同時に、女神像の首元にまばゆい光が灯る。
【168:00:00】とデジタル表記された算用数字が、セラルフィの首元へ浮かんだ。まるで、女神像とセラルフィがリンクしているかのように。
「それ。何を指しているか分かりますか?」
不適な笑みでセラルフィを見つめるが、生憎反応出来るほどの余力は残っていない。いや、攻撃以外に余力を使うつもりはない。ただひたすらに、睨み続けるのみである。
「もはや言葉も失いましたか。哀れですね」
誰のせいだと思っている、と言いたかったが、自制する。相手のペースにハマれば、それこそ勝機を失ってしまう。
それよりも気になったのは、『なぜ心臓を失った自分が今も生きていられるか』と言う事だ。
まるで見透かしたように男は笑う。中性的な微笑も、見知らぬ女性からは黄色い嘆息が洩れそうだが、生憎自分は奴の事を好きになれそうもない。
「んふふ……理解不能と言った様相ですねえ。哀れで愚かなあなたに教えて差し上げましょう。どうせもう死ぬ運命なのですから。喉元に浮かぶそれは、あなたの寿命を示しています。一六八時間――日数にして七日。この期間であなたの心臓から魔力を吸収し、やがて爆散。同時にあなたも死亡する。さぞ美しい恐怖に歪む顔が出来上がる事でしょう。是非写真に収めたい。安心してください。七日の間はどうやっても死ぬことはできませんから」
言動も性格も非常にふざけた男である。セラルフィは今すぐにこの男をロングソードの血錆へと変えてやりたい衝動にかられた。
嘲笑う男。しかし、その顔は驚きに満ちている。
「心臓と肉体は異次元に繋がっているわけですから、血液循環機能は失われていないわけですけど……しかしなかなかどうして、根性がありますね。そろそろ気絶してもおかしくないと言うのに」
今気絶したら確実に死ぬだろう。助け人が居ない今、あがく以外の選択肢は無いのだから。
セラルフィは、腿の後ろに隠している右手に集中した。ロングソードを手放し、手のひらサイズに展開した赤い魔法陣に意識を送りむ。
イメージを構築する。あの男を焼き殺したいと言う強い思いを。
「それに、さすが〈マヨイビト〉と言ったところでしょうか。同じ魔術師と言えど、異界のあなたが持つ魔力量はどの異端者よりも桁が違う」
そう言えば、あの男は先の戦闘でも同じようなことを口にしていた事を思い出す。
――〈マヨイビト〉。
異界から迷い込んでくる高位生命体。確か彼はそう言っていた。
それが何を指すのかは不明であるが、今の少女にはそれを考えている余裕が無い。
「本来心臓に詰まった魔力量と言うのは、換算して十二時間分。最長でも一日が限界のはずです、それが七日。まったく、世界を焼き尽くすほどの代償が七日とは――それは果たして長すぎるのでしょうかね」
知ったことか。
楽しそうに笑う男に、セラルフィはとうとう口を開いた。
「だったら……今終わらせてあげます」
刹那、セラルフィの右手が大きく突き出された。
展開された一つの赤い魔法陣から、竜の頭を模した業炎が射出される。
今持てる最大限の力を込めた、フルパワーの炎竜。まもなく男の目の前まで迫ると、
「――――」
詠唱し終えた男が、右腕を突き返す。同時に、『透明な壁が出現したかのように、掌を境に業炎が垂直方向へ逸らされた』。
たまらず炎竜の姿はただの炎へと還元される。
少女には相手の力が読めなかった。
――恐らく奴は、不可視の壁を展開する魔術を所有している、が。あの時奴は白兵戦に於いても攻撃を全て受け付けなかった。否、届かない。どころか、同値の力でそのまま真逆の方向へ押し返されたような……言うなれば、突きを突きで返されるような感覚。
剣尖が剣尖に激突するような、鋭い感覚が右腕に残っている。
「どうやら終わったようですね」
睨み返す力もない。
「魔力切れですか? ああそうだ、無駄な労力をかけるのも難ですから、一つだけ助言をしておきましょう。『その女神像は破壊できない。心臓を取り返したければ、女神像の召喚者を殺すしかない』……と、もう起きてはいませんね」
もはや男の声すらも耳に入って来なくなっていた。
殺してやる。最後にそう吐き捨て、セラルフィは草原に顔を埋めた。
「さて」
男は踵を返して歩き始める。女神像が男を引き留めるように苦しんだ表情を浮かべていたが、気にかける様子はない。
そうして男は、眼前に伸びる小国への道を、単調な足取りで歩んでいった。
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