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第二章
001 生きてはいけない存在
しおりを挟むあの後すぐに苦しそうな素振りを見せたセラが倒れ、トトはアジト兼ライムの隠れ家まで彼女を運び入れた。魔法や奇病の類を初め、あらゆることの知識を有しているライムに応急処置を任せて今に至る。
ライムにとって隠れることができれば他はどうでもいいようで、家の中は乱雑としていた。中途半端に開いた箪笥や、カーペットのように床を埋め尽くす羊皮紙たち。その空間内でライム手作りの椅子に腰かけた二人の少年。セラルフィは無理に起き上がらせるのも身体にさわるため、上半身だけ起こしたままで話を進めることになった。
「とりあえずセラ。トト。お前ら面倒な事になったぞ」
「知ってるよ。だから困ってるんだ」
薄汚れた緑髪がゴーグルに抑えつけられ、それを難しそうな顔でいじるライム。使用した聴診器はぶら下げたままで、頬についている煤を拭い、続けた。
「お前が考えてる意味で面倒って言ったんじゃない。とりあえずまとめよう。まず、お前らが喧嘩を売ったのはこの町の最高権力者だってのはわかってるな?」
それにはセラも頷く。やはり苦しそうだ。心臓を抜き取られているため当然の症状だろうが。
「ええ。それと、私が探していた男も彼でした」
「実はな、俺も裏でシルヴァリーについて調べていたんだ。あいつは昔からこの町の国王だと誰もが思い込んでいたんだろうがな。実際に奴がここの国王になったのはつい昨日の晩の事らしい」
トトが目を大きく見開いて椅子から飛び上がった。
「ちょっと待って。昨日の晩? アイツはずっと昔に、この国の湖に住む水龍を封印したから国王になったって聞いたよ。それが昨日のことだったっていうのかい?」
「そうじゃない。確かに水龍は居たし、そいつを封印した男はここの国王になった。ただ、その男は昨日の晩、シルヴァリーに殺されたんだ。恐らくな。奴はもともとここの住民リストに載っていない、俺たちと同じよそ者だ」
面倒な事とはこれを指していたようだ。シルヴァリーが王ではなかったということは納得できる。あんな人間が国民に支持されるとは到底思えなかったからだ。ともすれば、圧倒的暴力で全員を恐怖政治に貶めたか。
「じゃあなぜ国王殺しのシルヴァリーを誰も咎めないの? それとも国王を殺した人はその町では次の国王になれるとでも?」
セラの問いを予想していたかのように、ライムの答えは即座に返って来た。
「いや、恐らくアイツは住民になにか仕掛けたんだ。記憶を改ざんするような仕掛けを。お前ら気づいてるか? 気色の悪い森の女神像。あれは昨日の夕方までは存在していなかった。しかもあんな場所に建てること自体が不自然だ。町のシンボルにするような配置でもなければ、だれかのイタズラにしても度を越えてる。ところがどうだ。町の連中は『女神像は昔から代々受け継がれた町のシンボル』だと口をそろえて言いやがる。俺をだまそうなんて考える余地のないような目で、まるで俺一人がおかしくなっちまったみたいに言ったのさ。それがなによりの証拠だ」
女神像。セラルフィはその正体を知っている。正体というよりは、どういった過程で生まれたのかを見ていた。自分の心臓が埋め込まれた女神像。人をそのままセメントで何重も塗り固めたような。あの巨大な呪い。
「一晩で一度に? そんなことが本当に可能なのか?」
「可能と言えば可能だが、俺たちの常識で考えると限りなく不可能に近い。やろうと思えば莫大なエネルギーが必要になる。トト。お前には前話したと思うが、魔術はいわゆる麻薬だ。エネルギー源はその精神で、使えば心がすり減る。路地裏で無気力にうなだれてる連中は皆そんな奴らだ。魔術で金を増やそうとか、出来もしないことを強引にやった結果がアレだ。それをシルヴァリーはやって見せた。でもどうだ? 性格はアレだが、モノを考え、言葉を話せている」
そういえばシルヴァリーの寄越した追っ手から逃げる途中、あんな大騒ぎで見向きもしなかった男たちがいた。薄暗く空気の重い路地の影で、変わらない地面を穴が開くほど見つめていたが、あれが魔術を使ったなれの果てというのだろうか。自分が魔術を使ったのかは自覚がないのだけれど、炎を生成したり操ったりしたことはあった。シルヴァリーに心臓を奪われたあの夜もそうだった。森一帯を焼野原にしたあの夜。
「そうだな……飽くまでも仮説に過ぎないが、『異次元の向こう側にいるマヨイビトの心臓』は、世界そのものを破壊できるほどの魔力量を秘めているらしい。世界を一からやり直せるから別名『再生の臓器』とも言われているらしいがな」
その言葉にセラの眉が小さく揺れた。
再生の臓器。
膨大なエネルギーを秘めた心臓。特殊な破壊方法を行えば、世界規模で全てを壊し尽くすほどの威力を発揮する兵器。シルヴァリーはそれを使って世界を作り直すつもりなのか。
……何のために?
「それで、それを監視しているのがいわゆるDOSだ」
「でぃーおーえす?」
「Dimension Observe Serviceの頭文字をとってDOS。異次元管理局だ。皆『ドス』って言ってるけどな。簡単に言うと、別世界から迷い込んでくる危険因子を元の世界に帰す。もしくは排除する機関だよ。異空間からやってくる危険生物に侵入されでもしたら、その世界のバランスが崩れるからな」
「…………」
ライムはシルヴァリーについて良く調べていたようだが、そんな組織が存在すること自体初耳だった。いくらなんでも詳しすぎる。セラの中でライムに対する疑惑が膨らんでいく。
「本来は小屋と張り合えるサイズの大型の竜ぐらいじゃないと、異空間内の圧力でペシャンコになって自然に絶命するわけだが、それでも異空間内を生きたまま移動できるような、『人型の高位生命体』は一般的に人ならざる者。《マヨイビト》って呼ばれてるんだ。こいつが特に、一番タチが悪い。人に紛れ、ある時、国が一つ滅んだ。誰の仕業だと思う? マヨイビトだよ。原因はマヨイビトの理性崩壊による暴走。用は、そんだけの力を持った生物の心臓を抜き取れば、あのシルヴァリーも国程度の人口なんざ記憶を塗り替えるのは簡単だってことだ」
マヨイビト。その呼ばれ方をしたのは三日ぶりである。シルヴァリーが自分のことをそう呼んでいた。あの時は何を指しているのかわからなかったが、ライムの話を聞く限り、決して良い意味ではないようである。危険生物の代表格。人類最強の隠語。
――殺戮者の代名詞。
「でも、そんなでっかい生き物がここに居たとしたら、昨晩は町が大騒ぎになってるんじゃないの? 全員そいつを殺そうとするだろうし」
やはりそういう判断になるのだろう。存在するだけで自分たちの命が脅かされるのだから、害意があろうとなかろうと、始末するのは当然の理だ。
心なしか、セラの表情は曇っていた。不思議と身体が軽い。長らく抱えていた重荷をやっと下ろせるような、そんな感じだった。流れからして案の定というか、ライムの口ぶりからすると今がそういう状況に置かれるべきだということをわかっているわけで。ましてや危険因子が同じ屋根の下にいるとなれば、こんな茶番はさっさと終わらせたいに決まっている。つまり――
「トト、お前はほんとにニブイ奴だな。知らないのか? 昨日町の外れで、『森がまるまる全焼』したんだぞ。それも、地面が大きく抉れてたんだと。ただの人間の仕業じゃない。しかも、そこに巨大な生物なんていやしなかったのさ」
「ちょっと待って。それって……」
「セラルフィ。お前、なんで心臓が無いんだ」
どう転んでも、自分という人間は生きていてはいけないということだ。
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