セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

文字の大きさ
5 / 26
第二章

002 風に当たってくる

しおりを挟む



 何時間、こうしていたのだろう。トトが自分とライムの間に挟まれている状況で止まっている。否、『セラを殺そうと注射器を持ったライムの目の前に、素手のトトが立ちふさがっている』だけであった。何時間も経過しているわけがない。ただの数秒を、自分が永遠に感じていただけだ。

「騙すつもりは無かったの。ごめんなさい」

 吐く言葉は力ない。誰に向けるわけでもなかった。ただ、自分が『そういう生き物』だったことを知り、言葉が見つからなかっただけである。この期に及んで、トトは自分を守ろうとしてくれている。

「気にしないで。君に悪意が無いことはわかってるから」

 それでもトトは、セラにそう返した。こんな状況で、悪意や害意の有無を考える余地などないはずなのに。そんな精神論を挟める事態ではないはずなのに。それはいわば、『体内に核兵器を埋め込まれた一般人を守る』ことと同義。それ以上のことを彼はしている。その一般人を殺せば、億単位の人々を守れるのに、たった数日の間柄で、なぜここまでのことが言えるのか。

「どけよ」

「無理」
「お前頭沸いてんのか? コイツが生きてる間は、俺たちが死ぬ可能性を常に背負しょっとかないといけないんだぞ!」
「そんなの皆一緒だよ! セラが……《マヨイビト》がいなくたって、誰にでも死ぬ可能性は付きまとってる。だいたい、セラがそんな事をする子だって本気で思ってるわけじゃないんだろ?」
「コイツがするんじゃない! 他の人間がそうするんだよ! 現にシルヴァリーの野郎が《再生の臓器》を使おうとしてる」
「じゃあシルヴァリーを倒せばいい! 簡単な事だろ!」
「簡単な事? おめおめと逃げて、俺に頼ったのはどこのどいつだ! 仮にシルヴァリーを殺したとしよう。その後はどうする? またシルヴァリーと同じことをしようとする奴が出てきたら、お前はどうするつもりなんだ!?」
「――やめてくださいッ!」

 まるで死ぬ直前の一言のように、その声は力強く、虚しかった。自分が勝手に巻き込んで、それを他人が争うなんて、セラルフィには耐えられなかった。張り裂けそうだった。

「望むなら私はいつでも死にます。でも事態はそれほど単純でもないんです。彼は言ってました。七日経つまでは私は死ねないと。つまり、つまり……」
「シルヴァリーを何とかしないといけないんだね」

 トトの言葉に、黙ったまま首肯する。

「ライム、聞いただろ? シルヴァリーを何とかしよう。皆で協力すれば、きっと」
「ああそうだな。コイツを今殺しても問題は解決しない。どうせシルヴァリーを殺すのは確定事項だ。手間が省けて良かったぜ! ……クソ、面倒事を持ち込みやがって」
「おい、そんな言い方ないだろ!」
「だったら何て言うんだ? 『世界を救うヒーローになれましたありがとうございます』って言ってほしいのか? そりゃそうだよな! お前は一人じゃ何もできない臆病者だったもんな! 言えよ嬉しいって! 《マヨイビト》のクソ野郎が来てくれたおかげで僕も英雄になれますってさ!」
「この……ッ!」
「トト。お願いですから」

 裾を掴んだ《マヨイビト》の手は、トトが少し振り返るだけで解けるほどに弱弱しい。

「厄介事を持ち込んですみません。こうなったのは勝手に迷い込んだ私の責任です。シルヴァリーから心臓を取り返せたら私はちゃんとケジメを付けます。せめてその間だけ、心臓を取り返せるまでは……手を貸してください」

 俯いたままだったが、ライムが扉の方に歩いていくのを感じた。背を向けたまま、腑に落ちないような声音で、

「……少し風に当たってくる。ここにあるものは好きに使え」

 後にはセラとトトだけが残された。

「ごめん」
「なぜあなたが謝るのですか。悪いのは私なのに」
「本当はさ、僕。楽しいんだ」

 申し訳なさそうに苦笑する。彼はもともと謝る癖があるようにも思えたが、今回ばかりは本気で申し訳なく思っている言い方である。

「アイツの――ライムの言うとおりだ。こんな状況なのに、君が死にそうだって言うのに、こういう事態が楽しくて楽しくてしょうがないんだ。あのとき君がリラを助けてくれたのには驚いたし嬉しかった。彼女は僕にとっても大事な友達――妹みたいなものだったし。でもね、兵士に追われてる時とか、シルヴァリーとやり合うんだって思うと、わけもわからずに楽しくなって、どうしようもなく舞い上がってるような、そんな気分になるんだ。酷いってのはわかってる。人でなしって言われても言い返せないけど、でも……ごめん。やり合う前に、ちゃんと言っておきたかった。これが僕だから。表面上誰にでもいい顔をするけど、どんな人間だったのか記憶もないけど、これが今の僕なんだ」

 まるで胸のつっかえを取るかのように自分の胸中を曝したトト。セラの心臓をめぐる戦いの前に、後ろめたさを拭い去りたかったのかもしれない。

「……たぶん、私も同じなのかもしれません」
「え?」
「楽しかったんです。私も。兵士に追いかけられたり、殺されそうになったりした時も、まるで友達のサプライズパーティーを計画してるみたいなワクワクが、あったのかもしれません。だからトトも、謝る必要はないし、私はあなたを軽蔑しません。その資格もありません。何も知らなかったとはいえ、本当は私が一番、そんなことを感じていいわけがないのですけど」

 《マヨイビト》という存在がどういうものなのかわからないし、自分が世界を壊し尽くせるような力を持っているとは到底信じられない。ただ、ライムの言ったように自分は自分の意思で異界からここへ来たし、どんなに魔術を行使しても精神に異常をきたすような症状は無いと思っている。

「トト、こんな時に聞いていいのかわかりませんけど、もしかしてライムは《マヨイビト》に恨みがあるのではありませんか?」
「どうして?」
「私が異次元から来たと知った途端、態度が変わったからです」
「あいつは……あいつの妹は、《マヨイビト》って人に食われたんだ」
「食われた?」
「蛇の腕を持った男だったらしい。あいつの妹は、そうだな。ちょうどリラくらいの年齢だった。その時の新聞だけは書庫にとってあるよ。きっとライムはそいつを捜してるんだ。ある人は山の神を怒らせたとか、祟りだとか言っていたけど。ライムの住んでいた村がそいつに襲われて、妹もそいつに」

 異端者という存在によほどのことをされたのだろうと予想はしていたが、さすがに土足で踏み込み過ぎただろうか。そんな空気を察したのか、トトが強引に話を終わらせることにしたようである。

「ライムは、そいつが異空間に消えていくのを見たらしい。とにかく、今は下手にライムと顔を合わせないほうがいいかもね。あいつもあいつで、素直な性格でもないから」
「そうでも無いみたいですよ」

 セラが床に散らばっていた羊皮紙の中、たくさんの赤い線が引かれた一枚を手に取る。

「これは……」
「この国の古記録ですね。町長になった経歴、人物がリスト化されています。見てください。やはりシルヴァリーの名前がありません。これを住民の皆に見せれば、もしかすると催眠が解けるかもしれない。少なくとも、彼らにも記憶の矛盾に気づくはずです」

 さも自分の手柄のように話してしまったが、そうさせるほど、この資料はシルヴァリーを追い詰めるための可能性を秘めていた。

「ずっと漁っていたのでしょうね。国中の書物を何から何まで、一人で……」

 まるで雛鳥ひなどりへの羽化に立ち会ったような、心躍る感覚をトトから感じ取った。その感覚は確かに、トトという少年の中で言いようのない感情が芽生えたことを示唆していた。

「僕、少し風に当たってくるよ」

 ライムの開いた扉を開き、親友の背中を追った。



     ****



「あれはまさか――」

 実に数分前のことである。この町の兵団に入って間もないペジットは、ライムのアジトを物陰からひっそりと観察していた。ライムがその建物から出ていくのも確認済みである。

 今回指名手配されているセラルフィとトトの二人は別として、小隊長からライムの動向についても探るよう指示されていたのだ。シルヴァリーのことを裏で嗅ぎまわっている人間がいるという情報を、シルヴァリー本人から知らされ、それを特定することがペジットの所属する部隊の役目だった。どうやらシルヴァリーはあえてライムを泳がせていたようである。まさか指名手配犯二人も彼と通じているとは思わなかったが。

 兎に角。

「どうしようか……オレ一人で突入して、みすみす逃がしたなんてことになったら困るしなあ。小隊長の拳骨も地味に痛いし」

 砂埃の目立つ、栗色の髪を撫でながら小隊長の拳骨を思い出す。少しして、青色の瞳に決断の色が宿った。

「オレだって伊達に凶獣狩りをしてきたわけじゃない。今家の中にいるのは最低でも二人。大丈夫。十人までなら絶対に負けることはないさ。足音からしても三人いたかいないかだったはずだし……」

 国からこの町に支給された装備でも一番安物の兵団服を纏っているペジットは、一振りの長剣を確認して、家の前に立った。

 貧乏人には違いないが、貧困生活から脱するために鍛えた剣術だけが、ペジットの自信となっていた。災害孤児だったペジットは、もともと正義感だけは人一倍あった。きっとあの三人はこの町を脅かすテロリストなのだろう。それでこの町の子供を人質に、シルヴァリーを殺せとか言ってしまうのだろう。脳内で勝手に膨らんでいく悪の存在が、ペジットの正義感を更に大きくしていく。

「許さんぞ悪党共……ッ! このオレが、町を――ユーリッドを救って見せる!」

 扉に手を掛けようとした瞬間、向こうから独りでに扉が開いた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...