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第二章
007 疑う理由②
しおりを挟む「話とは何ですか? ペジット」
「シルヴァリー殿。いや、シルヴァリー」
上下左右とも広い謁見室。そこにシルヴァリーとペジットはいた。ステンドグラスが至る所に貼られたこの空間は、一見すると教会のようでもある。
王とどこぞの一般兵が二人きりで、しかも城の一室をまるまる貸切で使う事例などただの一度もなかった。本来は警護兵は最低二人以上は王の後ろ――少なくとも扉の向こうに付いているものなのだが、このような状況を作ったのは紛れもなくシルヴァリーである。ペジットの呼び出しに素直に応じたこの男に妙な違和感を覚えていた。
違和感に構わず話を切り出す。
「失礼を承知でアンタに訊きたいことがある。もしオレの不安が当たってなかったら、打ち首だろうが八つ裂きだろうがどんな罰でも受ける所存だ。単刀直入に言う。貴様、何者だ」
その言葉に動揺の素振りは無い。むしろこう質問されると分かっていたかのような笑みを浮かべている。そしてあらかじめ決めていたかのような返答を提示してきた。
「どうやらネズミの――ライムに何か吹き込まれたようですね。大方私が本当の王ではないとでも嘯いたのでしょう?」
ペジットの予想した答えが返って来た。教科書通りの返答すぎてむしろ疑わしい。
こちらはリラを傷つけられたという第三者からの情報。それもペジットの言う『悪党ども』から得た情報のみで王に反抗意識を向けているのだ。無論証拠はない。しかし現にリラは目も当てられないような外傷を負っている。悪党どもにつけられた傷かもしれないといった考えは確かにあった。それでもその悪党どもがリラを助けてくれたのも事実。
「ああ、そうだ。オレは信じるに値しない悪党どもから信用に足る情報を貰った。それを信じるオレはもう主たる貴様に忠誠を誓う資格はない。質問を続ける。貴様がこの国の王位についたのはいつだ? どうやって王になった。いつ国民の信頼を得た」
「本当に疑い深い男だ。ペジット。あなたは知っているはず。私がどれだけ国民のことを思っていたか。国民にどれだけのことをしてあげたのか」
「その国民を踏みにじったのはどこのどいつだッ!!」
とうとう背に掛けていた大剣を抜く。両の手から伸びる切っ先はシルヴァリーに。
やはり無駄話をする必要は無かった。白々しい態度。見透かしたような笑み。周りに警護兵を置かなかったのはやましいことがあったからに違いない。しかもあの様子だと始めから自分が何かに気づいていることを知っていたようだ。不利な立場になる前に自分を始末しようという算段なのだろう。だが、ペジット自身剣術の素人であろうシルヴァリーに劣るほど腐ってはいない。
ペジットの腹の底から湧き上がる疑惑の波が荒れ始める。次第にペジットは激しい頭痛に襲われ始めた。立っているだけで精一杯なほどに、脳を襲う痛みは『記憶の矛盾』を砕いていく。
――そもそも気付くのが遅すぎたのだ。あのテロリスト達が現れるよりもずっと前からこの国はおかしかった。少し考えれば分かったはずだ。『国王たるシルヴァリーについての記憶が全員曖昧だった』ことに。そもそも自分はこの男を知らない。知るはずがない。まるで初めからこの国を統治していたかのようにすり替わった国王シルヴァリー。国民全員がそれを当たり前のように受け入れていたから。自分自身も同じようにこの異様な日常を認めていたのだ。そうなるように仕向けたのもシルヴァリーの仕業だったのだろう。
「誤魔化すのも大概にしろ。オレは貴様の悪行を知らなかった。いや、忘れていたんだ! 貴様の奇怪な術で、国民全員がおかしくなった。オレがアンタのことを知っている? 違う。オレはアンタなんて知らない! 何も、シルヴァリーという男を一切知らないんだ! 全部そうだ。言葉で自身を表現して、耳にした人物像だけを信じ、その実態を目にしたことなんて無かった。他人からの情報だけで、オレだけじゃない。オレ達国民はアンタに泳がされていたんだッ!」
「その他人の情報とやらで悪党どもに踊らされているアナタはどうなのですか? 冷静に考えても見てください。奇怪な術を使ったのは本当に私なのか。知らぬ間にその悪党とやらにたぶらかされていないのかを」
これでもまだペジットを御する自信があるのか。シルヴァリーは穏やかな声音で撫でるようにペジットをなだめる。
しかしペジットはその茶番を終わらせた。
「――水龍を封印したのはいつだ」
「……なに?」
「水神様を退けたのはいつだと訊いたんだ! 年に一度、生け贄に捧げなければならなかった生き物。洞窟につながる湖で息を潜めた海蛇の魔獣がいたハズだ! そいつを討伐すると最初に言い出した男に、オレは。オレを含めた男たちは心を動かされ、そいつを洞窟の大岩に封印したんだ! あれだけ熱意を持って説得した男が、国王になった男が、その歴史的な一夜を忘れる道理があるか! 答えろ、シルヴァリーッ!」
怒声に近い訴え。相手はしばし沈黙し、やがて、笑みを消した。
「まったく」
懐にしまっていた懐中時計を取り出す。時刻を確認しているようには見えない。
その時感じた。シルヴァリーの発する空気が一気に冷えていくのを。そして、今度は困ったように笑う。
「熱意ある部下ほど有能で――扱いにくいものは無いな」
「ッ!」
一度自分の手甲を見やる。大剣を握る手に一層の力がこもる。
「今一度思い出すといい。あなたの国王が誰だったのか。その手助けをして差し上げましょう」
「笑わせるな!」
怒声の直後。脚に流した力が床に停滞。そのまま一気に蹴り上げ接近する。奴は奇怪な術を使い人を惑わす力がある。ならば長期戦は無意味。今更距離を取るのは愚策に等しい。やるならばこちらから仕留めにかかるしかなかった。
あと数歩で刃の届く範囲に立つシルヴァリーだったが、いたって冷静に思考をしている。ペジットとの戦闘など眼中に無いと言わんばかりに、面倒くさそうに吐き捨てた。
「まずは、あなたの知っている国王と出会う前まで記憶を巻き戻さないといけないようですね。やれやれ、面倒だ」
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