セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

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第二章

008 僕たち人間と同じ①

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 ライムの隠れ家から少し離れた河川。小さな光の粒が薄暗い風景を漂っている。淡い光は一度セラルフィの指先に留まり、また飛んでいった。

「トト、私はやっぱり、何か変でしたか?」
「気配で誰かを特定してるとこを見ると見違えるほど強くなってるよね」

 まさか声をかける前から気付いていたとは。何と声を掛けようか考えていたトトにしてみれば完全に意表を突かれていたし、むしろ呆れてしまった。つくづく分からされる。《マヨイビト》というのは生物として異常に高い能力を持っているらしい。
 隣に腰かけ、ぼんやり浮かんでいる蛍の光を目でなぞる。

「正直アレは驚いたよ。あんなにひどいケガだったのにさ。自分を焼いて治すなんて」
「……私はそんなことをしていたのですね。他には何かしてました?」
「なに? もしかして覚えてないの?」
「いえ、ぼんやりとは覚えている気はするのですが。ペジットがトトを殺そうとしたときは無我夢中で」
「ドラゴンのことは?」
「…………ドラゴン、ですか?」

 記憶が錯乱しているのだろうか。とは言っても忘れたというような顔ではなかった。まるで夢遊病のように、気づいたらここに居たとでも言いたげな顔をするセラルフィ。

「右腕のケガはドラゴンと戦った時に負わされたんだよ。って言っても、今は無傷だったね」
「そういえば右腕を斬られたような、殴られたような……なんとなくですけど」

 何も覚えてないらしい。

「もしかしたらだけど、セラルフィは《マヨイビト》の恩恵を一時的に失くしているのかもしれないね」
「恩恵ですか」
「ほら、ライムが言ってたやつだよ。魔術は麻薬。これは仮説でしかないけど、心がすり減って廃人になっている人たちがいるよね。それに比べてキミはどんなに魔術を行使しても人格を保っていられたんでしょ? でもそれは心臓あっての事だった。心臓が膨大なエネルギーを秘めていて、人格を保たせてくれたのは全部その心臓。生物的に生きてこそいるけど、心臓の主導権はシルヴァリーに奪われた。だから魔術をうまく使えなかったし、使った途端人格が代わった」
「一体……どんな風に?」

 そんなことを訊かれ、トトは一瞬言葉を詰まらせた。実は結界を破ろうと大槌を打ち付けていた時、外で見ていたのである。正確には見えてしまった。人並み外れた動きでドラゴンを制圧しようとしたところもそうだが、なにより、竜の眼球を瞼ごと噛み千切った瞬間を。

「まあ、格好良くなった。かな」
「なんだかふわふわしてますね。ソレ」
「今のキミほどじゃないよ」

 今のセラルフィは、自分が知っているセラルフィなのだと思う。なんというか、ちゃんと不安定というか。ちゃんとというのも変だし、まだ数日足らずの関係で何が分かるわけでもないのだが。

「ねえ、セラはなんでここに来たの?」
「え?」
「《マヨイビト》って、何か目的があって異空間を渡ってるってライムに聞いたんだ。セラも、何か大事な用があってここにいるのかなって」
「私は……」

 河川の向こうで水を飲みに出てきた二匹の狐を見る。親子らしかった。傷を負っている子狐を親狐が舐めて励ましている。足取りがおぼつかない子狐は、親の横を必死について行っていた。

「実は、この世界には迷い込んだわけではないんです」

 トトは頷いてそれを聞いた。

「姉を捜しているんです。旅の途中で別れてしまって」
「お父さんやお母さんは?」
「殺されました」

 訊か無い方が良かったと、トトは後になって悔やんだ。姉の話が出て両親の話が出ないということはそういう意味もあっただろうと、鈍感な自分に嫌気がした。

「《マヨイビト》が忌み嫌われているのは、ライムの言った通りです。たぶん異次元管理局の人たちなのでしょう。危険だから殺される。当然のことです」
「そんなこと……」
「いえ、現に私はそういう目に合わせているようなものですから。とにかく、私たちはそういう人から逃げて、ある場所で姉とはぐれてしまった……。姉を見つけられたら、今度こそ二人で、誰にも見つからない世界で暮らしたいんです」

「今となっては、それどころではないのですけれどね」と言いながら、近くの小枝で清流を混ぜるセラルフィ。

 特に気を害している風ではなかったが、やはり何か別の話で気を反らした方がいいかもしれないと思い、適当な話を振ろうとしたが、

「トト。私はやっぱり、一人で戦った方がいいのかもしれません」

 唐突に、セラルフィが言った。

「魔術を使うのが怖い?」
「分からないんです。私がドラゴンからリラを守っていたというなら、たぶん無我夢中でリラを守ったのだろうとは思います。でも心なしか、リラを守るために戦ったというよりは、邪魔者を追い払うことを主として動いていたような気がするんです。恐らくこのまま戦いが長引いていたら、私がリラを焼き殺していたかもしれない」
「うん。そうだろうね」

 淡泊に言うトトに、リラは苦笑した。

「否定はしないんですね」
「いや、そうじゃなくてさ」

 自分の首にかけていた大槌のアクセサリーを取り出す。

「僕もこんな物騒なものを持ってたんだ。勝手に巨大化して暴れまわるなんて、君を殴り殺してたかもしれないだろ? あの場合だと下手したらペジットも無事じゃなかったかもしれない。殺し合いだから当然だったけれどね。でもリラは間に割って入ってそれを止めてくれたんだ。だったら僕も、リラの間違いを止められるかもしれない。心臓を失くした《マヨイビト》なら尚更だと思わない? 今のキミは言わば、心臓が無いことを除いて僕たち人間と同じなんだよ」

 同じ人間だと言われ、また黙り込む。もしかしたら自分は酷いことを言ったのかもしれないと、トトは不安になった。セラはどこをどう見ても人間と同じだ。《マヨイビト》と知っているだけで、自分は心のどこかでセラのことを人間以外の何かだと思っていると。捉え方によってはそうセラルフィに見られてもおかしくはない。

「そうですよね。何かあれば、トトが何とかしてくれますよね」

 不安がバカバカしくなるほどに、セラルフィは笑っていた。

「なんだか前より僕に頼り切ろうとしてない?」
「信頼してるだけですよ」

 トトは「そっか」と、軽く笑うと立ち上がって伸びをした。無駄な心配だったかもしれない。なんだかんだ言ってセラルフィはちゃんとリラを守っていたではないか。人格が消えかけているなど過ぎた不安だった。
 すっかり安心しきったトト。あとはライムとも関係の修復をしておかないといけないな。そんな事を考えていると、

「お前らここにいたか!」

 ちょうどライムが現れた。

「あ、ライム。ちょっと話したいんだけど」
「んなもん後にしろ! さっさと家に戻れ!」

 やけに焦っている。セラルフィは小首を傾げた。

「どうかしたのですか?」
「囲まれてる。シルヴァリーの寄越した追っ手だ」
「――!」

 なぜシルヴァリーが隠れ家の位置を知っているのだろうか。この場所を知っているのはここまで跡をつけてきたペジットだけのはず。

「まさかペジットが」
「いや、あいつはシルヴァリーと戦ったはずだ。リラを傷つけたのはシルヴァリーだったんだからな」
「じゃあなんで!」
「やられたんだよ。シルヴァリーに。《マヨイビト》の力を奪えるあいつなら、ペジットほどの兵士でも劣ることは無かったんだろう」
「じゃあペジットはもう……」

 敵だった相手を心配している状況でもない。そう言いたげなライムは、その話を遮った。

「今は家に戻るのが先だ。裏道を用意してある。さっさと行くぞ」







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