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第三章
002 残り一時間
しおりを挟む夜中なのか夜明けなのかは分からない。セラルフィ達を閉じ込めていた牢屋が開き、兵士によって麻袋に頭を覆われた。ライムとセラルフィは、お互いが人質の状態で、成すすべなく連行された。
前後と二人の間に兵士がいる状態。そのまま歩を進める。鎖は恐らく繋がれたまま。セラルフィはどのようなことが起こっても受け入れる覚悟だった。今更逃げることなどできない。
そうして進み、麻袋を剥ぎ取られた。
眩しい光に目を細める。
そこは教会だった。ステンドグラスが張り巡らされた屋内。以前トトが言っていた城の内部なのだろう。そしてここは教会と言っても裁判を執り行われる場。
周りには国民と鉄兜で表情のうかがえない兵士達。とはいえ国民全員が見物に来ているほどの人数ではなかった。セラルフィが広場に居た時はもっと大勢いたはずである。
「ようこそ、反逆者諸君」
目の前には勝ち誇った表情のシルヴァリー。
「やっと会えましたね、シルヴァリー」
「随分と余裕な応答ですね、《マヨイビト》。あれから何時間ですか? いえ、あと何時間ですかねえ?」
片メガネの奥の瞳が嬉々とした色で満ちている。これから行われる茶番を少しでも楽しむつもりなのだろう。
隣を見ると、ライムは憎らしそうに眉根を寄せていた。
「アンタに会えて嬉しいのはコイツだけじゃないぜ」
「ライムも元気そうで。といってももうじき死にますか」
抵抗するように「けっ」とそっぽを向く。そっぽを向いているように見えて実は何か利用できるものを探しているようにも見えた。相変わらず諦めの悪い少年である。
「早速ですが、既にあなた方の死刑は決定しています」
「じゃあこれから何をするんだ? 殺し方でも話し合うってか」
「そのつもりでしたが、あなたと今の《マヨイビト》を同時に殺すと矛盾が生じそうなので、執行する順番を決めようと思います」
矛盾。シルヴァリーの掛けた心臓爆破の呪縛。外部による殺害では死ぬことが無いため、ライムと一緒に殺害されるとセラルフィだけが生き残ってしまう。
矛盾が生じてはいけないというのはペジットとやりあった時に分かっていた。過去との矛盾にペジットが気づいたとき、シルヴァリーに掛けられた催眠が半ば解けたのである。もともと魔術に耐性があったこともあり、他の住民ほど狂信染みた行動を見せては居なかったが。
それらを考えると、やはり先に殺されるのは、
「ライム、あなたを絞首刑に処す」
流石にここまでの流れは読んでいたようで、シルヴァリーの言葉には注意せず、ライムはしきりに上を気にしていた。
「チッ、まだかかんのかよ」
セラルフィは首を傾げる。一体何を待っているのだろうかと。まさかトトがこの城に息を潜めているのだろうか。だとしてもここに飛び込んで暴れるなど出来るはずがない。あの奇妙な大槌は受動型の暴力しか振るわなかった。自分から能動的に戦おうとすると重量が跳ね上がったかのように言うことを聞いていなかったのだ。彼一人ではどうすることもできない。
「ライム!」
「くそっ、引っ張んじゃねえよ!」
後ろに立っていた兵士がライムの鎖を引く。視線を移すと黒い布に覆われた台があった。大きな絞首台である。
少しでも時間を稼ごうともがくライム。
兵士はライムの鳩尾に深く拳を沈めた。一度小さく唸ると、力が抜けたように膝を折る。引きずるようにして絞首台まで運んだ兵士は、とうとうライムの首に縄を掛けた。
「あなたとはあまり交流はありませんでしたが、別れというのは得てして虚しいものですね」
「待ちなさいシルヴァリー!」
叫んだところでどうしようもない。足元の仕掛け床が開けばライムの首は全体重を支え、やがて息絶える事となる。
セラルフィに応じることなく、シルヴァリーは手を挙げ――
『――水龍を封印したのはいつだ』
どこからともなく、機械を通した声が教会の中を駆け巡る。
シルヴァリーは下げようとした手を止め、周りを見回した。声の主を捜しているのだろう。その表情はやや焦りの色を孕んでいる。
「この声……」
「おせえんだよ、いよいよ死ぬかと思ったぜ」
ライムが不敵に笑う。
間違いない。ペジットの声だ。
『水神様を退けたのはいつだと訊いたんだ! 年に一度、生け贄に捧げなければならなかった生き物。洞窟につながる湖で息を潜めた海蛇の魔獣がいたハズだ! そいつを討伐すると最初に言い出した男に、オレは。オレを含めた男たちは心を動かされ、そいつを洞窟の大岩に封印したんだ! あれだけ熱意を持って説得した男が、国王になった男が、その歴史的な一夜を忘れる道理があるか! 答えろ、シルヴァリーッ!』
周りの兵士、住民の目の色が変わり始めた。生気を失っていた人形のようなその顔に感情が宿っていく。
『まったく。熱意ある部下ほど有能で――扱いにくいものは無いな』
「何をしている! 誰かこの音声を止めろッ!」
シルヴァリーが声を荒げる。今更国王の真似ごとで指示を飛ばされようとも、従う兵士は居ない。
と言うより従えない。動揺し始める住民がいれば、痛みに頭を抱えうずくまる人間まで出始めたのだ。
二人の会話を記録した音声。紛れもなく、ペジットとシルヴァリーの会話である。その内容は住民の、少なくとも大人達は知っている者の方が多いらしい。嘘のように静けさを保っていたこの教会は、徐々に騒がしさをにじませていく。
『まずは、あなたの知っている国王と出会う前まで記憶を巻き戻さないといけないようですね。やれやれ、面倒だ』
「止めろと言っているんだッ!!」
「無駄だ、シルヴァリー」
落ち着きを取り戻したライムは、勝ちを確信した様子で視線を巡らせる。
「周りを見ろ。お前のかけた催眠が解けたんだ。直にお前は国民全員の手で殺される」
「……ッ!」
シルヴァリーの目が大きく開く。呼吸が荒い。周りの声が波となって大きく膨らんでいく。自分の改ざんされた記憶と事実が激しい摩擦を引き起こし、混乱を生んでいるのだ。
やがてシルヴァリーから小さく途切れた笑い声が漏れ、鋭くライムの足元を睨んだ。
「せめてあなただけでも殺しておくとしましょう」
言下、ライムの立つ仕掛け床が一瞬にして腐りきった。
嫌な音を立てて、床に亀裂が入る。
「ライム! そこから離れて!」
ライムはこちらに視線を向けることなく、気まずそうに言う。
「……ダメだ、体が動かねえ」
「何を……ッ!」
ライムの鎖を持つ兵士が微動だにしない。その下で待機しているもう一人の兵士はおろおろとその様子に動揺していた。
ただし、原因は鎖を持つ兵士にあるわけではなかった。彼の時が止まっているように見える。それが、ライムの肉体を縛っているものと同じ術なのだと悟った。
「クッ」
セラルフィにできることは一つしかない。
絞首台の床が朽ち果てるよりも早くライムの元へ辿り着く。
力を込めた脚。立ち上がろうとした時、強力な力で引き留められ腰を打ち付けてしまった。
「あなた方を自由にするはずがないでしょう」
シルヴァリーが二人の鎖を持つ兵士を止めてしまったのだ。彼らの時を。
時の力は腕力でどうこうできる代物ではない。故にライムを助けるどころか、そこへ向かうことすら適わないのだった。
破砕音を立てて、絞首台の床が割れた。
ライムの体が死へと引き落とされる。その死を見届けられず、思わず目を反らした。
「うぐぁああ!」
首を絞められているような声では無い。すぐに「いってええええ!」と大声でのたうち回る声が聞こえ、視線を戻した。
「これでいいんだな、ライム」
「腰を打ち付けないような方法だと完璧だったんだがな」
そこには、ライムを殺す縄を切断していたペジットと、盛大に床へ腰を打ち付けたライムの姿があった。
「ペジット、貴様……!」
「始めはあなたが国王ではないと知った時、疑い止まなかったがな。この騒動で誰が悪でどうするべきかは把握できた」
大剣は背負っていない。自分たちを教会へ連行した兵士の一人がペジットだったのだろう。兜を被って即時行動できるようにしていたのだ。
警護団の振るうその国独自の直剣。その切っ先をシルヴァリーに向ける。
「国王――コウナギの仇だ。容赦など期待するなよ」
「なぜだ! なぜ始めからライムの下に潜んでいた! お前は国の警備に着くよう命令していたはずだぞ! まさか……この音声はお前の仕業かッ!」
「訊かずとも分かるだろう。お前のことはこの少年から聞いている。『時を操作し、国王と出会う前の相手を自分とすり替えていた』と」
「だがあの時、貴様の記憶は私が」
「記憶を消されるのは想定の範囲内だった。俺が手甲をはめる前にメッセージを残しておくところまでな」
彼は手甲を外し、その手の甲に書かれた魔術の文字を浮かばせた。『録音機を確認しろ』とだけ書かれたメッセージ。『シルヴァリーは国王ではない』と直接的に書くよりは、記憶を改ざんされた後のペジットにとっては核心を突くまではいかずとも、懐疑心を抱かせるには充分だと判断したのだろう。
彼の従順な性格上、直接的なメッセージはメッセージそのものに懐疑心を抱きかねなかったのかもしれない。
「備えに過剰は無い。今回もそうだ。ライムの肉体を止めて殺すよりも、隣に居た俺ごと止めて動けなくした方が良かったんだよ。それとも――人数に限界があったか?」
「……付け上がるのもいい加減にしたまえ」
その時、ざわめく人混みの中からローブを纏った少年が飛び出した。
「ライム!」
「全員離れて! 何か来るよッ!」
シルヴァリーの眼前へ躍り出るトト。しかしあのアクセサリーは大槌へと成り代わっては居なかった。
シルヴァリーの眼はトトの動きを凍てつかせるほど冷酷に赤く。魔術の陣を浮かばせる。
首に手を掛けるよりも早く、トトの体は宙で停止した。
「ンフフ。ペジット。あなたの言う通りだ――備えに過剰は無い」
直後。教会の内部に真紅の魔法陣が出現した。一層のざわめきを呼び起こすような禍々しい光。大気を震わすエネルギー。
ざわめきが波紋のように広がる――はずだった。
「……いない?」
セラルフィが瞬きを始めるより早く、その景色にいた男は始めからいなかったかのように消失したのである。
「ちょっと待て。やけに静かすぎないか?」
ライムの言う通りだった。周りを見渡す。
「皆――止まってる?」
「おいペジット、聞こえるか」
言いながら、ライムがペジットの横顔に軽く平手を打ち付けた。反応は無い。どうやら自分とライム以外は完全に時間を止められてしまったらしい。
「トトは?」
「ここに居るよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、トトが首飾りの変化したらしい大槌を引きずりながらこちらへきているところだった。
途中で『ばしゅ』、と空気の抜ける音がし、大槌は小さなアクセサリーへと姿を戻した。全体重をかけて引きずっていたトトは「うわっ」と、盛大に体を打ち付けた。
原理は不明だが、どうやらまた大槌がトトを守っていたようである。
「二人とも無事?」
「悪いが、俺は立ってるだけで一杯だ。俺は後からすぐに向かうさ」
ライムがあたりを見回しながら言う。
「それよりも、シルヴァリーがいないぞ。どこに行ったんだ」
「居場所は任せてください」
「分かるのか?」
セラルフィは一度目を閉じ、意識を集中させた。すぐに目を開けると、東の方を指さす。
「東の森。ここから遠くないです。そこにシルヴァリーの魔力を強く感じます」
そう言い、後ろ手に手錠をかけられたままのセラルフィは立ち上がる。
「オイ、鍵だ」
「いえ、大丈夫です」
言うと、手首の回りの鎖が赤く熱されていく。瞬時に液状にまで融解すると、埃を払うように手から綺麗に崩れ落ちてしまった。
「時間がありません。急ぎましょう」
無い心臓の辺りを強く握る。
当然のように魔力を抑える手錠を溶かしてしまったセラルフィを見て、トトの不安げな瞳は一層曇っていった。
――心臓爆発まで、残り一時間。
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