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第四章
001 シルヴァリーとチャイム①
しおりを挟むシルヴァリーがマヨイビトとコンタクトを交わしたのは、彼もまた次元の狭間に迷い込んだ時だった。
「ここは一体」
灰のような砂漠の地平線と、砂に沈んだ鐘楼の台座が一つ。ぽつりと置かれた殺風景な世界だった。暖色と寒色の混ざった空の中に大きな石の塊や、重力に逆らって浮遊する枯れ木。実に奇妙な世界である。とても生物が住めるような環境ではなく、故に背後から掛けられた人間の声に心臓が委縮した。
「お客さんなんて珍しい」
富裕層の人間を思わせる黒塗りのドレス着た女性だった。極力人に肌を見せまいとする、指先まで届く袖に、黒い手袋。その顔は血が通っていないのかと疑問を抱くほどに白く、そのせいで人形染みた不気味ささえも感じる。
シルヴァリーは組織の命令でよく異空間の異常を調べる、いわば調査員のような役職に就いていた。そのため、今回のような奇妙な人間を見かけることは少なくない。故に珍しくとも何ともない。
のだが、どこか感心を抱かせ、離さない不思議な空気を放っている。
「あなたは?」
思わず問いかけ、しまったと頬を引きつらせた。組織に居た時、自分たちの存在を他者に知られぬよう念を押されているのだ。『異空間渡航の能力』が明るみになると、異世界全体の均衡が崩れてしまう。マヨイビトのような高位生命体を排除しているのは、そのものが天災レベルで危険を孕んでいる以外に、そういった理由もあった。
「キームとでも呼んでください。前の客人にもそう呼ばせていましたから」
唐突にこの世界へ出現した自分のことなど一切興味がないように、彼女は日傘をいじる。
「私の他にもここへ来た人物がいたのですか」
「ええ。あなたと同じ異次元管理局のメンバーですよ」
そのようなことを言われ、また心臓が縮む。冷や汗を浮かべながら、小さく微笑んだ。
「……ばれていましたか。その方は今どこに」
「無事返しました。普通の方法ではここへこれないのですが、帰るのは簡単ですので」
『無事』と言うくらいだから、その人物は傷一つ負うこと無く帰れたのだろう。変則的だが、当面はここの調査をして本拠地に帰還することにした方がよさそうだ。
「そうですか。ならば安心です」
「あなたはもう少し人を疑うことを覚えたらいかがですか?」
「あなたのような人が嘘をつくとは思えません」
「あら。口説いてるつもりですか?」
「まさか。本心ですよ」
感情の起伏が無い女性、キームは、作り物のようなサファイアの瞳を鐘楼の方へと向ける。
「一体ここで何をしていたんですか?」
「実は、つい先ほどここに小鳥が迷い込んできてしまって」
そう言い、砂漠に沈んだ鐘楼へ腰かけるキーム。広がったドレスの横には、傷一つ無い小鳥が魂を抜かれたように力を失っていた。
「おや、これは……」
そっと首元に触れてみる。死んでいるわけではないらしい。
「治療の仕方がよくわからなくて。肉体だけ時間を戻したのですが、どういうわけか、元気にならないのです」
「時間を戻した? そんなことがこの世界では可能なのか」
「いえ、使えるのはわたくしだけです。訳あってここに滞在しているのですけれど」
どうも話が見えない。キームはこの世界で何かを待っているのだろうか。考えていても仕方がない。シルヴァリーは片膝を突き、小鳥の体を両手に包んだ。
「この小鳥。任せてもらえますか」
「何をなさるつもりですか?」
「少しばかりショックを与えるんです」
不安そうに目を細めるキームの目の前で、シルヴァリーは古びた懐中時計を取り出して見せた。正体さえ知ってしまえば別段珍しくない。魔術行使の代償を身代わってくれる便利道具である。
目を閉じ、小鳥の異常をきたしている気管を探る。数秒後それを見つけ出すと、小さなエネルギーの塊をその部位に流し込み、風船が割れる程度の衝撃を与えた。
直後ぐったりしていた小鳥が、驚いたように暴れはじめる。すぐに飛び方を思い出したように羽を広げ、どこかへ飛んで行ってしまった。
「まあ」
驚いて口にしているのか分からないような声音を上げるキーム。
膝辺りに付着した砂を払い落とし、モノクルのメガネを押し上げた。
「あなたの力は素晴らしいですが、あの鳥には負担になっていたようですね」
「わたくし、あまり器用ではないので」
「見てわかります」
「何か言いまして?」
「いえ、独り言です」
懐中時計をしまい、また周囲を見渡す。何もない。彼女はどうやってこの世界で生活しているのだろうか。そんなことを考えていると、キームが思いついたように提案してきた。
「そうだ、もし時間が許してくれるようであれば、手伝ってはいただけませんか?」
「どうかしたのですか」
「ここの鐘楼が壊れてしまって、この空間から自由に動けないんです」
「はて、それはまた奇妙な」
奇妙な世界に奇妙な女性。しかも壊れた鐘楼のせいで自由に動けないと言う。別に同情してそんなことを行ったわけでは無いのだが、キームは両手を合わせ、無表情のまま頼み込むように顔を傾けた。
「でしょう? どうかお力添えいただけませんでしょうか」
どちらにせよ、この世界の調査はしておきたいと思っていた。この女性に興味があって留まろうというわけではないと、シルヴァリーは自分に言い聞かせながら頷いた。
「そうですね、良いでしょう。実は少し厄介な仕事を押し付けられておりまして。ここは相棒に任せるとします。さて、それでは具合から確認しましょうか」
懐に入れた懐中時計を、再び取り出してみた。
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