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《失敗作》
しおりを挟む〝部屋から出られなかった〟。
そう気づいたのは、白服の少女が白い部屋で目覚めた時である。
☆ ☆ ☆
生活感の無い空間だった。
家具はベッドしか無いような、『動物用の実験室』を思わせる空間である。
真っ白なベッドで死んだように眠る少女。
灰色の髪を枕に広げ、やがてその瞼がゆっくりと開いた。
「…………」
光の無い灰色の瞳が天井を見つめ、何を思ったのか、ふと起き上がり、扉の方に無表情な顔を向ける。
扉があった。
緩慢な動きでベッドから下りる。四肢を隠してしまうほど丈のある白い服が露わになった。
あまり身長は大きくない。
「ん……」
扉に近づき――特に目立った様子のないシンプルな開き戸――のレバーに指を乗せ、外の世界を目指しゆっくりと開く――
気づいたら、ベッドの上に居た。
☆ ☆ ☆
「また……だ」
何もない空間を、鈴のような声音が広がっていく。
少女は目覚めた。
飾り気のない外見。されど、どこか神秘的な雰囲気を放つ少女。
少女は先刻の出来事を探る。
――確か、起きて、扉を見つけて。
――まばたきをしないように気をつけて扉を開いたのに。
――気づいたら、〝ベッドの上にいた〟。
「……ふう」
少女は何が起きたのか分からない。
確かに扉を開いたはずなのに。その先は暗闇がどこまでも広がっていた。そして気づいたら、ベッドの上。
二五〇〇。
これには二つ意味がある。
一つ目は、少女が『この部屋から脱出しようと試みた回数』である。
そして二つ目は、彼女が途中から『自分が脱出に失敗した際、自殺しようと決めた数』である。
「……出られなかったか」
正確にカウントできたかは少女自身不明であるが、『あと十回だけ』と決意した時点からのカウントではあった。
そして今回は、自殺。
「どうしよう」
周りを見渡すが、やはりベッドと扉以外何もない。
シーツを引きちぎって首を吊ろうと思ったが、天井はコンクリートのように固く、シーツを結べるような場所もない。
逡巡した後。
「そうだ」
少女は思いついた。
――〝手首を噛み千切ればいいんだ〟。
小麦粉のような色をした腕に視線を落とす。虚ろな目。見つめていると、自分の腕が白パンのように見えてきた。
口の端を緩め、小さく口を開く。
真っ白な歯が顔を出し、口元へ手首を持ち上げた。
灰色の髪を腕へ垂らし、更に口を広げる。
熱い息と唾液がかかる。
少女は血管の浮き出た手首に、歯を沈めた。
ぷつりと血が浮き上がり――
気づいたら、ベッドの上に居た。
☆ ☆ ☆
「…………ふ」
自決行為も失敗に終わった。
ベッドから下りる。
周りを見渡しても、同じ風景。
両腕を垂らし、自分のベッドを見下ろした。
少女は光の無い瞳を躍らせ、それを捕らえるように赤い線が枝を張っていく。
充血した目で、少女は絶叫した。
「ふざけるなぁッ!」
枕を奪い、扉の方へ投げつける。シーツをぶん取り、そのままめちゃくちゃにベッドを殴る。
「なんで!? なんで死ねないの!? 手首を噛み千切ったハズ……!?」
ふと、言葉が途切れた。
声を震わせ、右の手首を視界に入れた。噛み千切った手首を。
「そんな……」
無傷だった。
「噛んだ……ハズなのに」
頭を抱え、掻き毟る。血がでる程に爪を立て、眼球が不規則に回る。もはや焦点は合っていなかった。
「有り得ない有り得ないッ……! アリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ!!」
目尻から不安の滴がにじみ、頬を伝う。手を床に着き、その涙が手の甲を叩いた時には、全てを放棄してしまっていた。
「もう……やだよぉ……っ!」
人のいない孤独。
助けのない不安。
閉ざされた部屋。
出られない宿命。
生死のない虚無。
希望のない世界。
まるで夢の中で延々と覚醒し続けるような、無限回廊に囚われてしまったような感覚に襲われた。
「ウッ……!?」
急激な吐き気が押し寄せる。まともな場所もないこの部屋では、床に吐き出すしか手段は無かった。
苦悶の声と共に『赤いナニカ』が飛び出した。
「血……!?」
動揺する少女だったが、ふと、ふっきれたように口の端を吊り上げた。
――嗚呼、そうか。死ねるのか。
何かを悟ったような少女の顔。もう、精神は限界だった。心は風化し、原型を留めることはできなくなっていた。
――ふと。
血だまりの中に、『とても小さい奇妙な箱』を見つけた。
自分の口から出てきたことに驚愕する。少なくとも、食道を通れるほどのサイズではあった。
――今まで飢えも渇きも感じなかった少女が、あんな異物を飲み込むようなマネをするはずもないのだが。というより、『あんな異物がこの空間に存在していた』事実に、少女は興味を惹かれていた。
もはや躊躇する自分はいない。
少女はその小さな箱を手に取り、しばらく力を加えた後、開いた。
「……手紙?」
そこには、ずいぶん前に書かれたであろう黄ばんだ紙きれが一枚あった。
目を通す。
読み進める途中で、少女は恐怖で顔を歪めた。
☆ ☆ ☆
『何もない空間。その部屋には一つのベッドだけがぽつりと置かれてあり――』
読み進める途中で、力の抜けた手から紙切れが滑り落ちた。
紙切れは血だまりに着地し、インクのように滲んでいく。
「そんな……私……」
これが何を意味するのか、少女はナゼか分かってしまった。
――小説。
それも、冒頭部分が未完成のままで終わっていた原稿だった。
その文章は、『少女の世界観と、少女の行動を寸分違わず書き記していた』のだ。
扉を開く場面で終わっていた。
その場面から先は上から二重線を引かれている。紙切れには付箋が貼られていて、『失敗作』と乱雑にメモされていた。
「私は……この物語の」
「登場人物」という言葉を呑み込む。『自分という存在の原型』を悟った瞬間、背筋の凍るような悪寒が走ったのだ。
――物語が止まっている?
――つまり私は――
「――うわぁぁぁぁぁあッ!!」
勢いを殺さず壁に体当たりする。しかし簡単に弾かれた。
狂ったように頭を打ちつける。出血。額から流れた血は、少女を狂気の渦に呑み込んでいく。
そうか、私は――
――捨てられたんだ。
☆ ☆ ☆
気づいたら、ベッドの上に居た。
☆ ☆ ☆
もう、ベッドから起き上がることはない。
少女は静かに、自分の運命を受け入れた。
覚めても目覚めず、死んでも死ねない、この運命を。
シーツに身をうずめ、扉に背を向ける。
静かに涙を流し、最後の抵抗として眠り続けることを選択したのだ。
――失敗作。
その文字が脳内を埋め尽くす。
――だったら、なんで。
「――なんで、私を造ったの?」
そんな言葉が自然と口から漏れた時。
背後の扉が、独りでに開いた。
☆ ☆ ☆
意識を手放す直前、扉の開放音を感じた少女は、心臓が跳ね上がる思いでバッと後ろを振り返った。
「待たせて悪かったね」
そこにいたのは、一人の少年だった。
「僕はユウ・ムスタンド」
頭に布を巻き、そこに頭部を挟み込むように羽ペンが突き刺さっている。
群青色の羽衣を身にまとう少年。大きく膨らんだ袖。藍色の袴。
「君を迎えに来た」
「あなたは、私の――」
少女の言葉をさえぎるように、少年は続ける。
「キミの作者は百年前に亡くなったよ。キミの時が止まったままね。僕はキミのような未完成の存在を救う旅をしている『御都合主義者』だ」
「…………」
淡々と語る少年の言葉は、少女には理解し難いものだった。なぜ自分の作者のことを知っているのか。なぜこの部屋に入って来れたのかも。
「何も分からないって顔をしているね。大丈夫、悪いようにはしないさ。僕はキミの止まった時を動かすだけの存在だからね」
「だから」と少年は近づき、手を伸ばした。
「選ぶのはキミだ。この物語を僕に委ねるなら、この手を取って。一緒に行こう。この扉の向こうには、キミの知らない世界がどこまでも広がっているよ」
「……私を、助けてくれるの?」
暖かく笑む少年を見て、名も無き少女は不思議と不安を拭い去られた気がした。
自然と笑みを零し、少年の手のひらに自分の手を重ねる。
途端に群青の光が手から弾け、二人を包み込んだ。
そして、ふわりと体が軽くなったと思うと、少女の瞳は虚無の灰色から希望の青に輝いた。
「おいで。今日からキミは自由だ」
「あの、私、名前が」
ためらいがちに紡ぐ少女。ユウは、そんな少女の額に手をかざした。
仄かな群青の光が灯り、少女の瞳に極小の文字が流れる。
「これがキミの名前だよ。今、キミという存在が完成したんだ」
「私の……存在」
今初めて付けられた名前なのに、なぜか昔付けられた名前を今思い出したような懐かしさを覚えた。
ユウは少女の手を引き、光り輝く世界へと連れ出す。
「行こう『――』。キミの自由を手にするために」
少女は初めて、心から笑った。
Mistake Story――Fin.
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