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魔女の里編
19話 できるぞ。俺となら
しおりを挟む人気の少ない今のうちに下へ降りることになり、女子寮裏まで来た。
「魔女ってのはダンジョンに潜るだけでチームを組むのか? パートナーがいるんだろ?」
イヴァは不思議そうに小首をかしげた。
「文明的な人間はソロで潜るほど逞しくない」俺は肩をすくめて答えた。
「アマゾネス族ほど強ければソロでもダンジョン攻略は余裕そうだな」
「アタシはポチがいるからさ。強いんだぜ。この里に来るまでだって、一週間かかる距離もポチに乗れば三日で着くんだ」
胸を張って自慢げに言う。よほど相棒が誇らしいのだろう。
「そういえば銀狼はどこに居るんだ?」
自分で話題に出したくせに、俺が聞いてみるとイヴァは表情を暗くした。
「意地悪なこと聞くんだな。見てただろ? 里の魔術士が入れてくれないんだよ。マジックアイテムをつけてない魔獣は危ないんだってさ」
そういえばいじめっ子のビリアンがそんな事を言っていたな。
だいたいイヴァもイヴァだ。貧弱な人間の言う事に口だけで逆らうなんて甘すぎる。気に入らなければぶっ飛ばせばいいだろうに。
「そんなに危ないもんか? 粗相したら叱ってやれば済む話だろう」
「な、そう思うだろ? あーあ。アンタみたいな魔女がいっぱいだったら良かったのにな」
イヴァは組んだ手で後頭部を支えつつ地面に寝転がった。ため息を着いて口を尖らせている。
「魔女とアマゾネスで親睦を深めるなんて言ってるくせに、こんなんじゃ来た意味なんて全然ないよな」
「気になっていたんだが、なんで今更人間同士で親睦なんか深めるんだ? 食うに困ってるとか?」
「いやアタシ達かよ! そっちの偉いヤツが言い出したんだぜ? 『魔獣の動きが変だから同盟を組もう』って」
初耳だった。
アマゾネスの一族だって野性的な側面が強すぎるだけで、魔女の一族と同じ人間だ。
利害関係をはっきりさせる必要があることも驚きだが、それより想定外なことがある。
――魔界大戦を予期しているやつがこの里にいるのか?
(俺と同じ前世の記憶を持った回帰転生者か……? いや。偉いヤツというならあいつしか居ない)
学園長の皮を被った初代魔王。
シモーネ学園長もとい、エズモニアス・エルドレッド卿。
確かに俺が前世で打倒したのは初代ではなく現代魔王だ。そいつが魔獣をけしかけてクレアを襲ったのだから、ぶち殺して当然である。
初代魔王に戦いを挑んだのは魔王軍を根絶やしにしたかったからだ。クレアに危険が及ぶ可能性の芽を摘むことができればそれで良かった。
結果としてあの魔王には前回逃げられたが、以降何事もなかったから気にも留めていなかった。
「言われてみれば――」
「あ、やべ。魔獣のことは内緒にするように族長から言われてたんだった。今の忘れてくれよ」
危ない危ない。知ったかぶりをするところだった。
下手に調子を合わせすぎてもボロが出るな。次から気をつけよう。
「ああ、確かに竜が来たりで色々大騒ぎだったからな。下手すると竜を狩ろうなんて無謀なこと言い出しそうで怖いよな。……ハハハッ。竜なんて本当は善良な生き物なのに。なあ?」
「そうかあ……? まあ下手に刺激しないほうが良いとは思うぜ。またあんなの来られたら、スミレも丸呑みされるだろ」
貧弱な魔女だからか、イヴァは俺を小馬鹿にするように冗談めかして笑った。
よかった。やはりこの時代では俺を殺そうと思ってはいなさそうだ。
「もしスミレが竜に食われそうになったら、アタシがあの牙をへし折ってやるよ」
だめだこいつ、立ち向かう気満々だ。
「少し脱線したな。で、親睦を深めるといっても銀狼が一緒じゃないから困ってるんだよな?」
「そうさ。魔術も教えてもらったけど、文字ばっかで頭痛くなりそうだし。狩りをするにも許可証がないと外出できないし困っちゃうよな」
「結局一緒に生活して文化を学びたいんだろ?」
「ポチと一緒にな」
「できるぞ。俺となら」
流れが変わったことを感じたのか、イヴァが軽快に身を捻って跳ね起きた。
「できんのか!?」
ラッキーのスキンシップくらい興奮気味に近づいてくる。
俺は指を立ててイヴァを制止した。
「ダンジョンに潜るんだ。俺は中等部に上がってツテもあるから、ダンジョン攻略の名目でわりと簡単に外出できる。記憶だとほとんどのダンジョンは里の管理下らしいが、攻略のためならペットを連れても平気だろ。それで実績残していけば、里にも入れてもらえるんじゃないか?」
「それを先に言えよ! ははっ。最高じゃねえかスミレ! 気に入ったぜ! 早く行こう!」
結局肩を掴まれて思いっきり前後に揺すられた。
アマゾネスの一族は加減を知らない。いや、加減しているのだろうが、頭が取れそうだ。
「まだだめだ。イヴァを俺の攻略パーティに登録しないといかん」
「そうなのか?」
「ああ。だからこの証書に掌印を押してくれ。魔力液が染み込んでるから、ただ押し当てるだけでいいぞ――ぐはぁああああ!?」
ピッと広げた証書越しにもの凄い衝撃が襲ってきた。
なんのことはない。イヴァが豪快に掌を押し当ててきたのだ。ほとんど掌底の要領で俺の胸にスタンプする。そのまま後ろの壁に激突した。
「きさまっ……加減しろよ脳筋!」
「わるい! 嬉しくてつい……」
照れ笑いしながら頭を掻いているイヴァはとてもじゃないが可愛げがない。
俺が反射的に防御魔法を使っていなかったら内臓がぐちゃぐちゃになっていたところだ。
それにしてもこの証書、くっきりと掌の形が浮き上がっているくせに破けるどころか皺もつかないとは驚いた。あれだけの衝撃に耐えうるなら、これを作った魔女はかなり優秀だ。
「……もういい。俺はパーティ申請を出してくる。三日後の始業時間に正門集合だ」
「ああ! わかったぜぃ!」
たぶん全く反省していないであろうイヴァは、上機嫌で出口に向かって走った。多分ポチっていう銀狼に会いに行くんだろう。
俺も受付に向かおうとした時、後ろからイヴァの大声がした。
「スミレ!」
「ああ?」
「お前良いやつだな!」
ブンブン手を振ってニコニコしているイヴァは、今度こそどこかへ行ってしまった。
まったく嵐のような女だ。
◆
「クレイバスタ家の委任状をお返しします。パーティ登録は以上です」
学園受付窓口に行くと、ノトムが言った通りダンジョン攻略ライセンスが割と簡単に手に入った。
ブラッカ・クレイバスタの特別待遇らしい。本来中等部の生徒でも、必修科目を飛ばしてのダンジョン攻略はご法度だ。ただし、クレイバスタ家の同伴であればこれをすり抜けられる。
俺のペットにしてよかった。
「ダンジョン攻略ガイドと安全ガイドラインはこの赤本にあります。パーティの皆様でご一読ください」
「ああ、了解した」
受付を済ませて重い書物を抱えていると、通路の曲がり角で嫌な奴と鉢合わせした。
おそらく、待ち伏せされていた。
「ごきげんよう。スミレさん」
黒薔薇の魔女候補。クラリス・べルノワール。
魔女には珍しい白いジャケットを着ているから嫌でも目に入る。
雪色の瞳が不機嫌そうな瞼で隠れる。俺はそのまま横を素通りしようとしたが、到底許す気はないらしい。そのまま続けた。
「昨日はどうしていたのかしら?」
――そうくるだろうと思った。
昨夜女子寮に来るように言っていたから、俺がバカ正直に来るものだと思っていたらしい。
まさか竜族の妖精リネリットと談議していましたなどと言えるわけもなく、嘘をつくことにした。
「……はあ。ラッキーの世話をしてたんだ」
「私との約束より、あんな下僕を優先したの?」
約束? 一方的に耳打ちして返答も待たなかったくせに、約束を取り付けられたと思っているのか? なんて図々しい女だ。
「お前が俺のペットを下僕呼ばわりするな。曲がりなりにも高貴な竜種だぞ」
「ちょっと強い魔獣を従えられたからって浮かれてるのね」
ふとクラリスは俺の手元に視線を落とした。
「それ、ダンジョン攻略ガイド?」
「そうだが」
「気が早いんじゃない? 中等部で必修科目を受けないと攻略ライセンスもらえないのよ」
「ブラッカの顔を貸してもらったから問題ない」
クラリスが目を見開いた。意外だったのだろう。
銀色の髪を雑に弄り、クラリスは呆れたように聞いた。
「パーティは? 最低四人必要よ。クレイバスタさんにスミレさん。で、せいぜい妹さんかしら? あと一人は? 他にあなたと一緒に行ってくれる人なんているの?」
「カエデはダンジョンに潜らないし、ちゃんとパーティ申請はしたぞ。忙しいんだからもう行っていいか?」
「そうよね。仕方ないから私があなたのパーティに……ってええ!?」
何を言おうとしたのか、クラリスは俺を二度見すると詰め寄ってきた。
「あなたパーティ申請できちゃったの!?」
とんでもない驚きようだ。
〝ホウキ売り〟と一緒にダンジョンへ行くヤツなんて居ないと馬鹿にしたかったのだろうか。
「さっきからそう言ってるだろう。じゃあもう行くな」
「待って」
凛とした声に若干の不服さが混ざっている。
こいつと過ごすと長いんだろうなと、なんとなく思った。
「いつ行くの?」
俺が答えてやる義理は無いのだが、変にごねると時間を無駄にしかねない。
こいつのことだから、俺より難しいダンジョンに潜ってまた張り合いたいだけだろう。
「三日後だが……そんなこと知ってどうするんだ? ちょうど余っていた応募だったから、大したことないダンジョンだぞ」
俺が行くダンジョンは、前世で千年前に巡ったダンジョンの一つだ。
将来を担う若い竜人が早く竜魔法を使うため、俺特製の遺物を隠した迷宮――の経由地点。
魔女の連中がこのダンジョンも管理していたとは思っていなかったが、考えることはどの生き物も同じなのだろうと思った。
「気が早いのね、まあいいわ。せいぜい仲間の足を引っ張らないように頑張りなさい」
嫌味を一つ言うと、クラリスはろくにコチラを見ず手を振って行った。
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