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魔女の里編
20話 むっすー
しおりを挟む魔女の里の入口に来るのは、俺がこの体へ回帰転生した時以来だ。
霧が濃い。
木々に囲まれているし、勢いで里を出ようものならすぐに遭難しそうだ。
眺めていると、上機嫌な鼻歌が後ろから聞こえてきた。
「スーミレっ。飯食おうぜ!」
三つ編みの赤髪を揺らしたイヴァが楽しそうに言う。手を後ろに組み、筋骨隆々のフィジカルを主張するように軽く体をぶつけてきた。
最初に出会った頃に比べれば随分懐かれたものだ。
イヴァの後方。遠くのほうに、悠然と佇む四足歩行がいる。
白銀の毛並みに、人の倍近くはある体躯。狩猟者として恵まれた生物。
鋭い赤の眼光を携えた、銀狼だ。イヴァの相棒らしかった。
『あー! ウルフだ! アマゾネス族のバディなんですね!』
俺のトンガリ帽子からリネリットが嬉しそうに飛び出す。
もちろん妖精の体では過ごさせない。ちゃんと精霊っぽい装いをさせている。
ヴァイオレットの光を全身に纏い、竜人の魔眼を持たない人間からは朧気な球体に見えるはずだ。
俺の肉体は人間だが、竜人の魔装を目に集中すればリネリットの姿がしっかり見える。まあ、上々だろう。
『あまりはしゃぐなよ』
リネリットにだけ聞こえるように、魔力を介して話しかける。
『ご主人様見てください! チョー可愛くないですか!』
思念対話の魔術は初等部の魔女が使うコミュニケーションスキルらしい。
竜人の魔眼はそもそも読心の力があるから、この手の魔力運用は新鮮だったりする。
原理はスミレの脳がインプットしていた。試しに使ってみたが、これは割と便利だ。首筋のビリビリした感覚に目をつぶれば、だが。
『私ウルフ種って好きなんですよ! 目が大きくて。あ、こっち来ましたよ! すごいカワイ――うわぉ! クソでけぇ! 助けてご主人さま!』
何やってんだコイツ。
今の俺から見ても見上げるくらい大きな銀狼だ。
そいつが大きく跳躍すれば一息でこちらまでたどり着いた。そのままリネリットに興味を持ったのか、紫の光に惹かれるように飛び跳ねて捕まえようとしていた。
リネリットに飛びかかる銀狼。遊びたい盛りらしい。
「ポチ、おすわりっ」
イヴァが合図すると、銀狼は巨体をたたむようにして座り込んだ。尻尾をブンブン振るたびに風がかかってくる。
というか、人間の名付け方はどうなってるんだ。あのデカさの銀狼につける名前がポチなのか?
「そいつもスミレの相棒だから食うんじゃないぞ」
「その魔獣はなんだ? 前見た時は居なかったが」
俺は開いた口が塞がらなかった。
口が滑ったからだ。俺は前世で相対した時の事を言ったのだが、イヴァは都合よく解釈したのか特に疑問に思わず答えた。
「言っただろ。ほら、この前魔術士のやつに門前払い食らったんだよ。マジックアイテム付けないからさ」
そういえばそんなことがあった気がする。
たしかいじめっ子三人組の内、小太りのビリアンが門番をしていた。
俺がラッキーを乗り回していたのは、単にブラッカが捕まえた魔獣だったからに過ぎない。今は俺のものだが、マジックアイテムの効果が消えたとバレればいろいろ面倒だろうな。
ポチという銀狼はイヴァに随分心を開いているようだ。
俺も指笛を吹く。魔女の一族で行う、隷属化した魔獣を呼び出す方法だ。一部で流行っているやり方らしい。
すぐにラッキーがペタペタと早足でやって来た。
「ラッキー。お前遊んでこい」
「ワンッ!」
ポチがいると話が進まなさそうだから、ラッキーに相手をさせよう。昔人間がペット同士でじゃれあわせているところを見たことがあったのだ。
ここまで呼んでおいて何だが、俺も首をかしげた。
そういえば蜥蜴竜って銀狼と仲良くできるのだろうか。
「お、スミレの相棒だ。ラッキーっていうんだね。いい名前じゃん」
「せっかくだから遊ばせたらどうかと思ってな。その間俺達もダンジョン攻略の作戦を立てたい」
「いいけど、一緒に飯食わねーの?」
「もともと野生の魔獣だ。今回は体慣らしついでに狩りをさせてきたらどうだ?」
「ポチは里の外でずっと狩りしてたぜ」
あっけらかんとして言うイヴァを前に、俺は自分の額に手を当てた。いきなりこんなデカい銀狼をノトムの前に連れてきたら話しどころじゃないだろう。割と気弱なところがあるからな。
銀狼に気圧されてダンジョン攻略の意思が折れでもしたら頭数が足りなくなる。ひとまず今日は会わせたくない。
「ラッキーに狩りをさせてみたいからポチに教えてもらいたい。いいか?」
「蜥蜴竜に? うちのポチが? そうか、へへ。ま、いーか。ポチは速いから合わせてやるように言っとくよ」
イヴァは何かポチに語りかけると、そいつは狼の牙を剥いて嬉しそうに笑って見えた。薄い舌を垂らして浅く呼吸している。ちょっと興奮しているのかもしれない。
俺もそれに倣ってラッキーに耳打ちした。
「あの銀狼と遠くで遊んでこい。日が沈むまでは引き止めろ」
「ワンッ」
本当に分かってるのかこいつ。ラッキーもポチと同じように口角を少し上げて嬉しそうに尻尾を振った。
「イヴァ。食事ならちょうどカフェテリアが空くタイミングだ。会わせたいヤツもいるから着いてきてくれ」
◆
「むっすー」
わかりやすく機嫌を悪くしたのは、アマゾネス族のイヴァ・ヴァルキュリエだ。
朝と打って変わりご機嫌ななめになった。
たぶん、ブラッカを紹介したタイミングだったと思う。
人が少ないことを良いことに、カフェテリアの中央で同じように腕を組むブラッカがそっぽを向いていた。
「俺ぁこんなヤツとダンジョン行きたくねえ」
ブラッカがまたそんなことを言っている。
「おいスミレ」
椅子の上で行儀悪く胡座をかいたイヴァが、低い声で俺を呼ぶ。
イノシシの魔獣から作った骨付き肉を豪快に噛みちぎり、苛立ちそのままに貧乏揺すりしていた。
なぜこんなことになったかというと、原因はブラッカの子分ビリアンにあるわけだが、
「なんでポチを悪者扱いしたヤツのリーダーとダンジョン攻略するんだ?」
ということらしい。
ちなみにブラッカが小太りビリアンの親分だとは一言も言っていない。それでも分かったのは、アマゾネス族特有の力があるからだという。
実は竜人の中で魔を極めた者は、生物の心を読むことが出来る。それと同じで、アマゾネスの一族は魂を知覚できるのだとか。
『魂の波長がビリアンと似ている』とかなんとか、何も知らないヤツが聞けばとんだ決めつけだが、繋がりがあるのは事実である。
イヴァの勘が良すぎたがゆえに、初対面のブラッカとかなり敵対的な態度をとっているのだ。
「まあまあ、これから初めてのダンジョンに行くんだよ? 仲良くしようよ」
「うっせ。俺は何回も潜ってらぁ」
ノトムがせっかく出した助け舟もこの不良は脊髄反射で突っぱねている。
それに合わせて「じゃあ一人で行けばいーだろ」なんてイヴァが言うものだから、ブラッカがまた鼻を鳴らした。
「そもそもダンジョンっていうのは魔女の一族にだけ許された聖域だぞ。アマゾネスの一族だか亜獣だか、他の種族が入って良い場所じゃねえ。そうだよな、アネキ?」
「なわけないだろ。勝手に魔女共が管理者ヅラしてるだけだ。じゃあなにか? 竜人は入っちゃいけないのか?」
「いやなにもそこまで……ってなんで竜人なんだ?」
「なんでもない」
だめだ。俺も口を開けば話がややこしくなる。
ただ俺が隠した遺物を回収するための攻略ルートを話したいだけなのに、なんでこう上手くいかないんだ。
シンプルなオリーブベースのパスタをフォークで巻きながらため息を付く。
「――いい加減にしてよね」
不意にノトムが誰か殺しそうな目で食卓を見つめ、うんざりしたような顔をした。
そしてそのまま気を悪くしたように一息に話し始めた。
「探索に種族もなにもないよね。僕達はパーティだよ。誰か一人だっていい加減な気持ちで行けば仲間が死ぬの。分かってる?」
ブラッカはバツが悪そうに後頭部に手をやった。
「んなこと言われなくたって――」
「分かってたらこの作戦会議でそんな姿勢とれないよね?」
「それは――」
「イヴァさんが気に入らないからって? じゃあ攻略中も喧嘩して、連携ミスで死んでも『こいつが気に入らなかったから』って墓の中で言い訳するんだね。誰もそんな言い訳聞かないよ」
言葉の節々にトゲしかないが、なかなかどうして迫るものがあった。
「今更パーティの再編なんてしてる場合かな。あと三日だよね。どれだけ文句言っても行くんだよ。こ・の・四・人・で」
トントントン、と、ノトムが自身の発言のたびに指でテーブルを叩く。
イヴァとブラッカが険悪になる前に俺が話した情報を、ノトムはすべて頭に入れたらしい。
わりと雑に話したはずなのだが、商人というのは探索となるとストイックになるのかもしれない。
それにブラッカの斜に構えた態度と言葉が終わるのを待つ様子がない。
普段のノトムからは想像できない言い方に、ブラッカも面食らっていた。
「別にアタシはダンジョンに行かなくたって――」
「相棒の銀狼は我慢させたままでいいんだ? そんなに自分が大事なの?」
一応銀狼が攻略に参加することを話していたが、初対面のイヴァにも結構なことを言っていた。イヴァが泣きそうな顔をしている。俺も少し引いた。
――ん? 昔の俺ってあんな感じだったのか?
ふと竜人の王子だったことを思い返してしまう。それをよそに、ノトムは続けた。
「僕はチャンスだと思ってるよ。魔鉱石の採取ができれば店のロスを取り返せるし」
ノトムの目は真剣そのものだった。鬼気迫るものを感じる。
「そりゃあブラッカはこのパーティじゃなくてもダンジョン行けるんだろうけど、スミレから魔装も勉強したいんだよね?」
「そりゃあ……まあ。でも無理にとは――」
「父さんの店めちゃくちゃにしたくせに」
「う……あれは俺じゃなくてだな」
「じゃあ誰がやったの? 裏庭に来るまで多少なりとも店の中も荒らしたよね。一万二千八〇〇セル。壊した商品の費用だよ」
「それは――」
「犯罪者の名前は言えないくせにスミレの頼みも聞けないの? 男だよね」
だいぶこのテーブルの空気が重くなってきた。
「まあノトム。お前の気持ちもわか――」
「スミレもスミレだよ。パーティ設立のリーダーなんだから取りまとめてもらわないと。ダンジョンは遊びで行きたいの? 手段と目的が逆になってない?」
だめだ、俺達がまとまりなさすぎてノトムが覚醒している。俺にも噛みつくようになった。
ノトムがばんっ、とテーブルを叩いて立ち上がった。
「とにかく、三日後里の北門に集合。隊列のすり合わせとかしたかったけど実りがないからやめる。ブラッカとイヴァさんは頭冷やして。スミレはダンジョンの攻略ルートを簡単に書いて。後は僕が全部マッピングして諸々整理しておくから」
「あ……マジックアイテムは」
「キミが台無しにした店から見繕ってくるよ」
ノトムはそれだけ言うと、サンドイッチの包まれた紙袋を掴み取って席を離れた。
ブラッカがやや気を落としたような顔をしていたのが驚きだ。俺が知っているブラッカはキレて魔装を使うような不良だったのだが。
流石にやり過ぎだったと反省はしていたようだった。
「……なにもあそこまで怒らなくたってなあ? はは……じゃあ二人とも、三日後よろしくな」
千年生きた俺も、きっと一番気が利いてないセリフだったと思う。
こいつらとダンジョン行きたくない。
俺もさすがにこの言葉は呑み込んだ。
そうして、特になんの進展も起こせず気まずい三日後がやって来た。
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