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風の盆

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「まあ、初めてにしては悪くないだろう」左内も遠回しに私の奮闘を認めた。このくらいやってもらわないと、というメッセージも顔に張り付けている。

 飛行が終わった後も、相変わらず清々しい気持ちでいれたのは、どうやら達成感からのみではない。

「何か音楽が聞こえない?」上空にいる時は、全然気づかなかったのに、ここではハッキリしている。
「湖上の息吹きよ」お母さんが言った。
「えっ?」
「こずえさんが演奏していた曲さ」彼の言葉に、箒の上から見たお母さんの姿を想い返した。母は、地面に向けて杖を振っていた。

「玲禾が落ち着いて飛べるように地上から音楽魔法をかけたの」
「だから初めてなのに快適に飛べたのね」
「まぁ、それもあるかな。あなたの腕が一番ではあるけど」美しい音色はだんだん小さくなっていき、そよ風に乗って消え去った。お母さんが杖をしまった後も、余韻はしばらく残っていた。

「お気に入りの曲なの?」
「うん。ミズミアの作曲家の作品よ。素敵でしょ?」
「とても気に入った。家の中でも聞きたいかも」
「それも良いわね。また違った味わいになるわ」

 お母さんは、家に向かいかけたけれど、その前に寄るところがある、と首を振った。

 緑の網を張ったような植物畑に、奥の樹木をめがけて、入り込んでいく。白く乾燥した木肌で、どれにも薄く剥がれた跡がある。親木の根元には木札が立てかけられ、土を掘った窪地に蓄えられた水を見守っている。

「あなたのお父さんのお墓よ」
「お墓・・・。お水がお供えものなんだ」やはり、まだ父の事を受け止めきれてなくて、戸惑が先に来る。

「そうよ。遺骨と共に、形見の腕飾りが埋められているの」お母さんは私を見て淡々と言った。
「ここからだと、家も見えるし、安心できるだろう」左内さんも続いた。
 夢に出て来たお父さんが思い出される。こみ上げるものをごまかすために、一歩前に出て手を合わせた。

「あっ、ちょっと待って。お花を添えてあげましょう。あそこから取っておいで」お母さんが、通ってきた植物畑を指して言った。自分で野生の草花を取ってお供えするのがミズミア流だ。
 タンポポの黄色い花と四葉のクローバーをお供えし、手を合わせ黙とうする。久しぶりの帰還を父に告げた。涙を抑えることはできなかった。
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