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友の言葉

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 授業の後にする事はただ一つ。律子と再会を喜び合う事だ。彼女はハグだけでは満足できないみたいで、私の頬にキスをして祝福と感謝の意を示してくれた。

「私なんか魔法界に十数年もいて、何もできなかったのに」
「北別府校長の部屋に一緒に行ったじゃない。あれが大きな第一歩だったわ」私が励ますと、お嬢様らしからぬ発言をした口元から白い歯が溢れた。
「何かすべきだったのはあんた達でしょ?男のくせに情けないわ」マリアも得意げに頷き、矛先を前島や財津に向けた。
「俺らだけに言うなよな。二人の活躍を祈ってたんだから」
「そうそう」ハル君と違って、情けない二人はお互いを見やった。まるで、そうすれば相互救済できるかのように。
 当然、前島や財津とは手を握るだけで再会の祝福を済ませた。ハグを躊躇われたのには、ハル君を思い出したからでもあった。

 食堂への移動中、鬱蒼とした森に迷い込んだような顔が所々で目についた。案内少年の言う通り、校長の言葉を嫌という程聞かされたからだ。

 確かめるまでもなかったけれど、このみも「今日が終わったら、休校になる」旨を私に告げた。
 内容が内容だけに、ツンツンした口調に磨きがかかり、俯き加減だ。

 他のみんなも、いざ長期休講となると寂しげ(授業をサボる方法を考えていたのに)で、机上を飛び交うのも、たわいも無い言葉ばかりとはいかなかった。私も学校でのランチは当分無いんだと悲しい気持ちになった。

 無情にも時は過ぎて行き、私たちを引き離そうとする。せめてもの抵抗で、不死鳥文通の約束を、お別れの言葉に選んだ。真上の湖から西の方角に住んでいる高塔あずあずとは、念入りに住所を確認した。家が反対方向だし、直接会えない可能性もある。

 電車停の入り口で、あずあずと本当のお別れをすると、残りのメンバーで地上病院方面の最後尾に乗った。座らなかったのは、女子軍団で向き合って話したかったからだ。顔を見たいのは共通の思いで、誰が提案した訳でも無いのに、決まってたようにみんなの足が動いた。
 真横の律子に初めて会った時も、お母さんや左内とこの場にいた。わずかばかりで、同じ場所で一旦のお別れをしなきゃならないなんて、その時は思ってもみなかった。

 地上、そして丘上に出る。故郷の友と、手を取り合う。別れ際が迫っていた。
「きっとみんな無事よ。前回もそうだったでしょ」マリアは、このみと律子に言った。
「玲禾も、もちろん大丈夫。旗軍を倒したくらいだし」マリアは、私にも笑顔を見せる。力強い視線は役場決戦前と同じだ。逆境での彼女の姿は、いつも私を勇気づけてくれる。
「ありがとう。マリアもマリアだから、何の心配もないわ」
「玲禾ったら、何よそれ!まぁ、案外近いうちに会えるわよ。バイバイ」マリアは、そう言い残して列車を後にした。電車の内外で、私たちの方を振り返るけれど、そんな姿もあっという間に小さくなり、見えなくなってしまった。

「三人になっちゃったね」このみが、ツンツンして言った。あずあずやマリア、そして片隅に前島や財津を思い出したのは私も律子も同じだろう。
「私達は離れていても、一緒よ」律子の励ましに私も頷く。このみは、律子の言葉を体現したいのか、私の手を持つ右手にぎゅっと力を入れた。

 結局二人とは、初会みたいに「老木に遊びに来て」という話にはならなかった。考え過ぎなら良いけれど、道中に何かないとも限らない。

 私はブランコ斜め前の電車停で降りた。車窓の奥で、このみはとうとう涙ぐみ、律子が肩をさすっていた。 

「おかえり!」老木の襖を引いた音に反応して、お母さんが駆けつけた。私の帰りを今か今かと待っていてくれた事を示すのに十分な間隔だ。
 住み慣れた家、家族の安心感に心の奥まで暖まり、新鮮な風にも吹かれた。

 こずえの本棚が以前より大きく、リビングの室内テラスがより遠くに感じられた。
 ‘こんな感じだっけ?’と思い直そうとしても、初見の印象が勝つ。木の出っ張り、本の配列と細部まで見てようやく、本棚が同じ物だと分かった。テラスに関しては、お母さんに「二階に魔法をかけたの?」と聞いて、笑われる始末だった。

 久しぶりの家だからか、(戦いの後遺症からか)距離感が合わない。家を空けて数日で、錯覚を起こすのに十分だった。

 ただ、ソファが階段下に移動して、リビングに広いスペースが出来たのは確かで、母も認めた。

「来客に備えてね。気分転換も兼ねてるわ」
 詳しい事を語る代わりに、抹茶のアイスティーを入れてくれた。フロランタンも一緒だ。退院祝いのお供は、メープル色に装飾され、見た目も美しい。
「おいしそう!」
「校長先生がくださったの。魔法で玲禾の好みまで探り当てたのかも」
「それはないよ。校長が好きなだけでしょ!」校長室の前でも、お茶の席に誘われた。
 スパイの目撃情報を知らせに行った時、マリアと一緒だろうと、洋菓子だった。北別府校長の意外な一面を誰かに語りたいと思った。
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