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東部連合編

出処進退

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「皆さまもご承知の通り、何者かが地下に侵入して、戦火を交えました。大勢は維持したものの、横丁に傷を残し、死傷者も出しています。地上地下の両病院は、現在も、治療の真っただ中です」リーダーが声を落として言った。

 役場決戦への道中、箒の上からは、剥がれかけた病院の外壁を見下ろせた。
 私は当事者の一人として、庄司リーダーの話を聞き流したり、確かめたり、なんなら付け加えたりできたが、多くは違う。外部への流出を恐れてか、新聞は静観気味で、正義軍メンバーの焦りも積もっていた。だから、事件の説明が、度々の質問で遮られた。

 話し手側も、事情を知る校長に徐々に交代していく。彼は、ミズミア二校の長として、舞台の間近にいた。一級の当事者が口を開かない訳にはいかなかった。

「やつの目的は何だったんだ?」
「あやつが、旗軍の一味だと仮定すれば、ミズミアを攻め入る為の下準備と言った所じゃろう。狙っていた場所や、単独行動を踏まえればな」
「仮定すればって、それ以外の可能性もあるのかい?」井上がくせ毛をなびかせて、言った。
「今の言い方だと、そうも聞こえたじゃろうが、私の見立てでは旗軍じゃ。庭園の事件との関係が疑わしいし、数日前に地下で目撃情報もあった。突発的なものではなく、計画されたものじゃろう」
「ミズミアの情報は取られてないんだな?」群衆がざわめく中、テーブル付近で立っていた一人が言った。
「あやつ自身が持ち帰った可能性は低い。双穴の地下深くで絶命したわけじゃから。ただ連れがいなかったという、保証はない」
「役場や学校に忍び込んだのは、地下街の存在が知られたことを意味します。もはや安全な場所はありません」北別府と入れ替わるように、庄司リーダーが言った。質問者が言葉を失う中、多くの者が深刻な顔で頷いた。不安や懸念は、ある程度、共有されていたのだ。

「正義軍の失態だよ、どうしてくれるんだ」
「お主も、その軍の一員じゃろ。玄人ならば、他人事にするでない」校長がビシッとたしなめた。声の主は頭を下げる。威厳ある校長に対すると、嫌でも冷静さを取り戻すようだ。

 校長の説教に乗じて、階段下から羊皮紙にかけて、人波が忙しくし始める。道を作っていた、と分かったのは、羊皮紙横から一人の男が登壇してからだ。高山さんの近くにいた男で、垂れた目がもの悲しさを隠そうとしている。

「先日の失態を詫びたい。前代表の畔上だ。顔を合わせてなかった者もいるから、一応名乗っておこう」彼は、老木のように、顔に年を刻みながらも、見えない活力の根を張っている。切れ長まぶたを見開き、視線を端から端までやった。

「私に出来る事と言えば、責任を取り退く事、そして皆と失敗を共有し、同じ過ちを繰り返さないようにする事だ。最後に、もう少しだけ付き合って欲しい」彼は、沈黙を承諾ととらえたらしく、話しを続けた。
「ミズミア西部の物騒な事件の後、地下街に不審な目撃情報が上がり、焦っていた。当然、旗軍が頭をよぎり、早く手を打たなければと思った。相手の人数が少なく、戦いの下準備であるうちが最後かもしれないと。相手が何かを持ち帰る前に蹴りをつけようと必死になった。そこに内藤女史の噂が立ち込めた。内藤さんが教授に新任される頃合い(しかも自ら名乗り出た)、頑なに捜査を拒否した事、この二点で彼女が怪しいと思った。いや、決めつけていた。そして、周りの意見も聞き入れず、行動に出てしまった」

 畔上は一瞬、北別府の方に目をやった。

「彼女の拘束に全力を傾けて、役場を無防備にしたんだ。ないがしろにした同志がいなければ、悲惨な事になっていたと思うと…。以上、私の解釈を入れず、事実だけをお伝えしたつもりだ。結果はどうあれ、事を大きくした責任は私にある。これ以上、足を引っ張るわけには」

 畔上が最後まで言い通そうとしたところ、北別府が遮った。

「さぁ、皆さんどうじゃろう。残るにせよ、去るにせよ、彼が独りよがりの決断を下すのもなんじゃ。ないがしろにされた同志の提案じゃが、」北別府はテーブルの方に向かってニヤリとした。「引責の方法について決を採ろう。潔く身を引くか、ミズミアのために一から出直すかだ」

「そんなの決まってますよ」間髪入れずに反応が上がった。吉岡パパの声だ。

「おぉ、頼もしいな。で、前者か後者か?」
「もちろん、後者です。いてもらわなくては困ります」
「おや、なんと。君に何か貸しがあったかな。挽回の機会をくれるとは」畔上は、驚きの声を漏らした。
「こんな時にとんずらする奴がいたら、顔が見てみたいね」温まった聴衆からも声援が飛ぶ。
「それでは決を採る。畔上前代表の残留に賛成の者は拍手を!」北別府の声に負けないくらい、意思のある拍手が追随した。私も手の平で大きな音を出して、加勢する。北別府も復帰させたがっているし、間違いないと思った。

 一部不満げな顔をする者も、周りに合わせるしかない。そんな雰囲気が壇上を発端として出来上がっていた。
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