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東部連合編

炎と星のあいだ

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「それでは、正義軍が今後何を行うべきか話し合おうと、思います」前段を終えて、庄司リーダーが言った。彼女の決意を表すかのように、羊皮紙カーテンに魔法界全体の地図が現れた。

「まさか敵のアジトまで、攻めに行くつもりかい?」畔上の近くから声がした。旗軍の本拠地は、魔法界の遥か西方に位置する。
「まぁ、そう急がないで。誰もそんな事言ってません」彼女の杖が、羊皮紙カーテンに向けられると、先端の延長が拡大された。ミズミア、それも二校のある双穴以西が映される。「攻めるのも、一つの手だと思うけど、あくまで数あるうちの一つです。北別府さんが教えてくれた事も含めて、可視化して現状を整理します。霧の中、あれこれもがいても仕方ないですから」

 地図上には目印が点在していたが、炎のそれは、火災現場を表す。拡大を続けると、川と緑の狭間にすすき色の帯が現れた。その一部は黒く焦げていて、事件の痕跡を残したままだ。火災現場は、一か月経てど、状態は変わっていない。
 羊皮紙カーテンはありのままを映し、どんな魔法も、自然を修復するのは難しいと教えている。生命の尊厳を超越するものはないのだ。

 左内さんは、あの日、現場の偵察に向かっていた。現場は、老木から、日帰りできるほどの距離にある。
 地図上でも、星印で表されていた地下街と炎印の火災現場は離れていない。庄司リーダーが杖を数回横に振るだけで、炎と星の間を行き来できた。

 二点間に潜伏できる場所は、そう多くない。正義軍新体制の幹部中心に全員で、二つの事件の関連を探し始める。確認の間、一堂に沈黙が落ちた。
 火災現場と地下街が近いのに、火災と役場決戦には時間差がある。二つを結びつけようとするならば、あの男とコウモリの潜伏先を探すのが賢明だった。

 一見した後、「もう一度見せてくれ」と提案があり、リーダーもこれに乗った。
 羊皮紙カーテンの焦点は、ミズミア西部の炎印に逆戻りした。推定される時系列に沿って、ミズミアの田園を流し見ていく。大地は丘陵と湖を数回挟みながら、濃淡のついた緑を繰り返す。そこに、時々現れるきりたんぽのような木がアクセントを加えた。
 間隔は近くとも、隈なく追うのは簡単ではない。隠れ先を絞るまでには至らなかった。初見の見立てを皆で共有する結果になり、リーダーや北別府も複雑な表情になった。

「庭園荒らしの件との繋がりはどうだ?」
「火災よりも前の事件ですね」リーダーが校長を見て言った。
「そうじゃ、そうじゃ。庭園荒らしに関しては、私が言及するのが妥当じゃろう。すでに新聞にも出ておったが、六車先生の消息が途絶えた場所がその庭園じゃ。そして、ワシらは戻ってきた彼と会っておる」北別府は、言葉を止めてから、病室で本人から聞いた話を披露した。六車が耳にした、侵入者の呟きは、ミズミアを進む計画だった。

「スパイは複数なのか?」松山の質問が飛んだ。議題が戦闘の色合いを帯びてきて、彼に電源が入ったようだ。
「その可能性も十分に考えられる。木陰に隠れておったから、一人の背中しか確認できんかったそうじゃが。近づいて、声を聞いたのは確かみたいじゃ」
「おっ、そうか。まさか一人言じゃあるまいしな」
「でも、役場でやり合った相手は一人なんだよな?」 畔上が新聞の内容を確認した。おそらく、彼が新制正義軍の一員として、再出発を切った瞬間だ。いくつかの視線が、壇上から彼に移った。そして、何故か、私たちの方にも眼差しが向けられる。畔上への導線にいるという理由なら、視線は通り過ぎるはずだが、そうはならなかった。
 オセロみたいに変わり者の数は増えていき、しまいには舞台が入れ替わった。注目の的は、紛れもなく私だ。空っぽになった頭で畔上の質問を思い出し、自分に何が求めてられているか理解した。

「一人です。同級生と二人掛かりで戦いました」
「一人ねぇ。そいつが庭園にいた奴の中に」
「別人じゃねえか。複数いたのに、なんで一緒に行動しねえんだ?」
「庭園で二手に分かれたか、他のメンバーは亡くなったかだよ」
「もう一人の行方が掴めないし、ほとけさんも見つかってないだろおよ」先着組のいるテーブルを挟んで、二人の男が大声で言い争っている。
「一人とは言え、コウモリもいました。私が着いた頃には絶えていましたが」役場までの地下鉄は線路が暗い。地下のスパイが薄暗い庭園に忍び込むのは、違和感なく想像できた。
「コウモリ?何を言うかと思えば」
「コウモリを倒したのは、他ならぬ志筑君だ。そして、彼自身もダメージを負った。羽根をマントにして彼の攻撃をかわしたのかもしれぬ。コウモリとは言え、侮るでない。なにしろ、我々の気候帯には馴染まぬ大きさで、背後に何かありそうじゃ」北別府の言葉に、反対派の男も黙った。コウモリを、半人いや一人として捉えよ、と彼は言っている。

「志筑君がここにいないのは、戦いの治療の為ではないから安心せい。もう完治しておるが、ちょっとした用事があってな」校長は、思い出したように付け加えた。

 聴衆の不安を減らす為の配慮だろうが、行き先が気になり、少なくとも私には逆効果だった。志筑も正義軍の一員であるという新事実は、彼を弟子と言っていたのとも一致し、すんなり受け入れられた。
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