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東部連合編

武勇伝

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 次に足を止めた所は、箒屋というより、立ち飲み屋に近い。店内には、背の高いテーブルが間隔を空けて立っている。壁際はともかく、中央に人がいないせいで、空白が目立った。奥に掲げられているのは「国内賭け停止中」の看板だ。

「国内賭け?」
「そう、ここは賭け屋。台帳屋とも言うわ。向こうの世界にもあるんじゃないの?」
「そういう事じゃないよ。こんな所に用はないでしょ」中の人に聞こえないように声を抑えた。青少年が立ち寄る程健全な場所とは思えない。
「怖い人が、うろちょろしてたりして」ハル君も、周りを気にする素振りをしてから言った。
「二人とも誤解してるわ。マホージュ好きなら、興味を示すかなって思っただけ。まぁ、旗軍のせいで、国内は競技自体やってないんだけどね」お母さんは、私達の不安を笑い飛ばした。

「じゃあ、海外のが主なんですね?」
「それもあるけど、少しよ。道の先に、アングロサクソン由来のスポーツを専門にした、別の賭け屋があるわ。ここでは、競技以外の賭けが行われてる。明日の天気もそうだし、内藤先生の誤認逮捕の後は‘ミズミア正義軍の新代表は誰か’が賭けの対象になったの。庄司さんは意外な人選だし、金も動いたみたいね」私とハル君は、黙って目を合わせ、首を傾けるしかなかった。

 飛んだ寄り道はここで終わった。立ち寄るだけでも十分過ぎた。コルクの壁に貼ってある、払い戻し案内に目を止めることは無い。

「あくまで、娯楽としてやってるの。それに、玄人は雑談が苦手だから、会話のタネを提供してる面もあるわ。賭け事の対象にすれば、会話自体が目的から手段に近づくでしょ」
 お母さんは、道中も賭け文化を擁護し続ける。日本の一般社会で賭け屋は珍しいが、魔法界や欧米社会では市民権を得ている。店の存在一つで、そこに住む人々の性格が見えるようで、面白いと思った。

「深みに嵌っちゃう人も中にはね」
「うん、うん」私とハル君の共通認識は、揺るがないままだ。お母さんは切り替えて、指を主流に向けた。

 指先を進めば、床屋や昼に活気付く料理屋街の終盤に出る。合流地点に着いてもおかしくない感覚だったが、視界には現れない。枝分かれの道なりが、主流に対して膨らみのあるせいだ。

 例のアングロサクソン賭屋を通り過ぎると、杖屋さんがあった。となれば、もしやと思った。素人時代の偏見では、杖と箒は一組だから、一方があれば、もう片方が続くはずだ。
 実際に、隣の休業幕の向こうで、小枝の束が、逆立てた髪のように通路にはみ出ていた。袖看板にも、箒のような、ヘラのような陰が二本描かれ、赤杖軍の紋章のような形をとっている。

 その下を、私の知っている人が通って来ていた。今までの関心は吹き飛び、跡形もなくなった。マリアだ。
 彼女が私の方に歩いてくる。気づいたのは、ほぼ同時。お互い歩調を速めた。

「玲禾~、会いたかったよ!」
「マリア、私も」通路を塞ごうが御構い無しで、私達は抱き合った。二度目の再会では、もちろん彼女の事を忘れないでいれた。
「ハル君もこんな所にいる!」
「何だよ、その言い方。もう退院したんだ」ハル君は照れ臭くさそうに言った。
「マリアこそ、どうして、こんな所に?」
「それは私のセリフよ」マリアは、彼女らしい毅然とした態度で笑う。
「私は、これ」マリアは、後ろの男の肩に掛かっている物を指した。バットケースより大きく、ゴルフケースより小さい。中身も気がかりだが、背景に立っている人が、さらに目をひいた。
「こんにちは」マリアの知り合いに、遅ればせながら挨拶する。連れである気はしていたが、確信はなかった。
「はじめまして、これの父です」彼はマリアの肩を二度叩いた。
「えっ、パパ?」
「なんで、そんな風に見えない?」
「ううん。なんか、マリアのパパって想像できなかったから」
「何よ、それ」私たちのやり取りに、マリアパパも、目尻に皺を作って笑った。彼女の瞳は、父譲りかもしれない。

「実は、久しぶりなんだよ。覚えてないかもしれないが、小さい頃に、何度か」
「覚えてる訳ないじゃん。私の事ですら、怪しいんだから。栗ご飯も、玲禾の中ではなかった事になってる」私が口を開きかけようとしたら、マリアが遮った。私は、初めて会った時のこのみの言葉~寄舎の講堂で栗ご飯食べたって、うるさいんだから~を思う存分噛み締めた。

「まぁ、いいじゃないか。二人にとったら、遥か昔の事だ。それに、今回は久しぶりに会って、忘れられない思い出もできた訳だし」汐留氏は役場の方を指して笑った。私とマリアで、旗軍のスパイを倒した場所だ。
 マリアもマリアなら、父も父かもしれない。私達を心配する素振りを見せず、誇らしそうにしている。武勇伝にするには、まだ早すぎるというのに。

「あらっ、寛大ですね。もう二度と同じ事はしないで欲しいわ」お母さんは、釘を刺すように言った。ハル君も頷く。
「もちろんですよ。ド派手な行動は、過去の思い出として閉まっておけ、という事です」マリアパパは弁明をした。
「ド派手っていうか勇敢な行動ね。今のミズミアがあるのは私達のお陰よ」マリアはマリアで黙っていない。父親の言葉を即座に訂正した。
「まぁ、悪い事ばかりではないよ。君の事を新聞で見かけるからね。実のところ、会わなくても、会った気になってたんだ」
「次に載るとしたら、もっと親を安心させる事柄がいいわね」
「そうですね。その時は、MHKでも取り上げさせて貰います」最後の言葉は、生粋の玄人三人を笑顔にした。私には、何のことか分からない。溝を感じたけれど、ハル君と同じ側に線引きされるなら、あながち悪いとは思えなかった。
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