上 下
170 / 242
東部連合編

定員

しおりを挟む
「それじゃあ、双穴の皆には一度戻ってもらう。家族や朋輩の顔でも見てこい。普通に過ごしてた方が、案外、相手も見過ごしてやすいのかもしれん」
「双穴じゃなくて、ミズミア全体でしょう」井上が言う。彼はミズミア東部の彩粕寄りの街の出身だ。異端児浄御原は置いて、自分だけが彩粕に留まる理由がわからないようだった。

「ミズミア行きが過半数を超えると、連合がとっ散らかるだろう。ミズミアに帰るのは、戦地偵察も兼ねているので、メマンベッツ寄りの双穴出身の者に絞った」

「井上君、彩粕には私もいるじゃないか」度会が言った。彼はメマンベッツ出身だ。同じく、よそ者で、お宮に残るものとしての言葉だったが、彼の浮かない顔は変わらないままだ。

「そんなに彩粕残留が嫌かね」
「いや、そんなことはありません。皆さんにはよくしてもらってます。これだけ広ければ、あと何日いても飽きません。ただ、私も、久しぶりにミズミアの空気を吸いたくなったんです」

「定員というものがあるだろ」
「はい?」
「志筑幸一君は、先乗りでずっと彩粕にいるし、藤原玲禾君は、魔法界に戻ってきたばかりでの旅で、切り替えが必要だ。で、南淵左内君は、彼女の警護ということだから同行せねばならない。君の出番があるとして、誰と変わってもらうと言うのだ」彼は物乞いをするかのように、名前を呼ばれた三人の顔を見ていったが、態度を察したようだ。

「今回はだめでも、また湖庵にいけるから。彩粕から西へ向かう途中で通るかもしれない」延永が言った。まだ南路のコースや工数ははっきりしてこないが、今の言い方だと、ミズミアで途中止まるようだ。

「ただ、三人は再会に浸るのもほどほどにな。長居はしないでくれよ」延永将軍は、一直線上の私、左内、志筑に目を走らせて言った。
「わかってます。連合の使命は忘れませんよ」
「というより、使命の一環で行くんですから」左内の言葉を受けて、私が言った。東田さんや小笠原さんは嬉しそうにしてくれてるし、度会も、どう思っているにせよ、声に出しての反対はしなかった。

 その日の夕食は、宴の雰囲気が漂う。机上のステーキが、演出で一役買った。見た目もそうだし、十代でも一枚が多いと思える程の、脂のノリと歯ごたえは、お口の潤滑油に最適だった。会話の主役は、近いうちに旅立つ私と志筑であり、芽湖の回復だ。
  
 この面子で過ごす夜も、当分ないのかもしれない。
 一回り二回り上の皆んなだけど、同じ屋根の下で共同で生活したこともあり、どこか心を通わせている部分もある。お母さんやミズミアの皆んなに会うのを楽しみに思う気持ちは、八丁幌での充実感に支えられていた。

 心は、戦地を忘れ、ここ数日で一番良い状態を迎えていた。
しおりを挟む

処理中です...