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東部連合編
寒気と暖気
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運命の針が、良い方向に振れる時もあれば、逆に振れる時もある。
翌朝、個部屋から会議場に出る時、今日はどんな日になるだろう、と気が気でなかった。旗軍が、正義軍の反応に対して、次なる手を打ってこないとも限らない。戦場は、(向こうの世界で言う)海原のような場所だ。波は穏やかな日もあれば、荒れ狂う日もある。その日にならないと、調子は読めない。一定期間をかけて、海の体調は変わりやすい頃合いなのか、どちらかで安定するのか、という大雑把な見立てができる。きっと戦地も同じだ。
昨日は戦線がミズミア西端に入ったのに対し、各州の正義軍が中央への応援を決めた。
良くも悪くも変わり目にいる。ここ二、三日は、どう転ぶにせよ、正念場だ。
正義軍の優勢な日が、数日続いたなら、再出発をかけても良いのかもしれない。最悪の事態に戻れば、何らかの形で芽湖戦線に協力するかもしれない。
八丁幌に残る者も、ミズミアに立ち寄る者も、西に旅立つにしても、心の奥で、自分自身を律する必要があった。
ハッカキャンディには、すでに小笠原直美と東田有葵、志筑幸一の姿があった。私を見ても、不吉な報告を上げる事はない。特に志筑はミズミアに帰れるからか、表情が生き生きしていた。
気が抜けると、「顔が暗いわ。アーヤカスが恋しいのね」とお姉様方に笑われてしまった。ミズミア行きのメンバー交代が嫌なので、強気を装いながらも、正直に懸念も吐露した。
「そこまで思いがいくのは、素晴らしいわ。さじ程の冷静さは、常に必要だから」東田さんが言った。
「さじで良いんですか?」
「最低でもって意味よ。それがないと、向こう見ずになってしまうでしょ。この前の誰かさんみたいに」
「あぁ。浄御原さんですね」
「はっきり言い過ぎよ。彼がくしゃみをしてるわ」東田さんだけでなく、小笠原さんも志筑も破顔した。
「彼もそうだけど、逆もしかりよ。つまり、さじ程の自信や勇気も必要なの。自然の浮力は、二つの気がぶつかって生まれるでしょ」東田さんは、窓から覗く雲を指して言った。「寒気と暖気よ。私達にも、冷静さと熱い気持ちの両方が必要なの。魔法使いは、そうやって初めて、空高くを飛んでいけるわ」
「暖かい風に乗る前に、東部連合と芽湖の仲間を信じるのよ」小笠原さんが言い添える。魔法も自然の摂理の中で、生かされるという真理に、私は心の底から頷いた。
知らず知らずのうちに、後ろに重心がかかっていた。功を成した役場決戦では、迷いなく、自分やミズミアの為に、動き出していたではないか。過去の自分ができた事を、なぜできないんて思うんだろう。
戦いの場が、見知らぬ西に移ろうと関係ない。地下の戦いにも、マリアという何にも変えがたい親友がいた。今回だって、彼女には及ばずとも、中々の面子がいる。
度会の起床を追うように、新聞を咥えた不死鳥が天井から入って来た。
小さな体躯は、朝日を惜しんでか、机上で身震いする。私は身を律して、東田さんによって広げられた朝刊に向き合った。速報の類はないが、記事は確かに、正義軍の奮闘を伝えている。
「旗軍の戦力供給線を封鎖なるか」というのが、一面だ。
芽湖への戦力供給を閉ざす意味だと分かったものの、それが西部の正義軍に依るとは初見で掴めなかった。地理的な観察というより、正義軍が東西に分断されているという思い込みが大きかった。旗軍だけでなく、ニジョーナワテを嫌っている大人を多く見てきた影響からだ。
"西部の正義軍が、闇の塔とメマンベッツ間を、立ち塞ぐ計画に着手する。ニジョーナワテ正義軍の吉田将軍に近い筋が、そう明かした。魔法界中東部の混乱は、西軍にも伝わっていた。
「旗軍の増援を抑える事で、東部正義軍に芽湖で善戦をしてもらう狙いでしょう。」本紙解説委員の三田靖子はそう語る。「闇の塔を抱える西側諸国にとっては、東側に多くの資源を避けませんが、野放しにもできないんです。メマンベッツが陥落すれば、東部侵攻の足掛かりになると同時に、(闇の塔での)西部も挟み撃ちに遭う可能性があります。闇の塔から出てきた旗員は、自分達の所で叩いておきたいというのがあるでしょう。そうすれば、旗軍は、危険を背負って、転送魔法でも使わなければ、戦地に人を送れなくなります…」”
西軍の奮闘に、地元の度会は興奮を露わにした。私も、思わぬ味方の登場に、その場で飛び跳ねたくなった。遅起きの井上は、ハッカキャンディに腰を下ろすより前に、高揚を満喫した。
一方で延永将軍は、新聞と同じ内容を述べて、警戒を促すのも忘れなかった。
「すでに、中央には、相当数の敵と魔法生物がいる。油断すれば、命取りだぞ」強く、乾いた言葉は、浮かれていた者の心にこそ、響きわたったはずだ。さじ程の冷静さを持っていた私は、心の声を繰り返すだけだった。
将軍の様子からすると、彼から協力を要請した訳ではないようだ。防御幕に囲まれた闇の塔を抱える西軍と、利害が一致した。旗軍による、山脈を跨いだ水面下での作戦は、東西両軍にとって不意打ちだった。
両軍が、阿吽の呼吸で上手くやれば、芽湖という海は安定期に入るだろう。中央では、魔法生物がいれど、敵の兵力に一定の目処がつく。連合も西軍の壁に沿って進むことで、イツクンまで苦なく行ける。東西が落ち着くのを待ってから、動き出すのも良い。なんだか、目的地までの道筋が頭の中に見えた気がした。ここに来て、主導権は、我々正義軍の下に移った!
翌朝、個部屋から会議場に出る時、今日はどんな日になるだろう、と気が気でなかった。旗軍が、正義軍の反応に対して、次なる手を打ってこないとも限らない。戦場は、(向こうの世界で言う)海原のような場所だ。波は穏やかな日もあれば、荒れ狂う日もある。その日にならないと、調子は読めない。一定期間をかけて、海の体調は変わりやすい頃合いなのか、どちらかで安定するのか、という大雑把な見立てができる。きっと戦地も同じだ。
昨日は戦線がミズミア西端に入ったのに対し、各州の正義軍が中央への応援を決めた。
良くも悪くも変わり目にいる。ここ二、三日は、どう転ぶにせよ、正念場だ。
正義軍の優勢な日が、数日続いたなら、再出発をかけても良いのかもしれない。最悪の事態に戻れば、何らかの形で芽湖戦線に協力するかもしれない。
八丁幌に残る者も、ミズミアに立ち寄る者も、西に旅立つにしても、心の奥で、自分自身を律する必要があった。
ハッカキャンディには、すでに小笠原直美と東田有葵、志筑幸一の姿があった。私を見ても、不吉な報告を上げる事はない。特に志筑はミズミアに帰れるからか、表情が生き生きしていた。
気が抜けると、「顔が暗いわ。アーヤカスが恋しいのね」とお姉様方に笑われてしまった。ミズミア行きのメンバー交代が嫌なので、強気を装いながらも、正直に懸念も吐露した。
「そこまで思いがいくのは、素晴らしいわ。さじ程の冷静さは、常に必要だから」東田さんが言った。
「さじで良いんですか?」
「最低でもって意味よ。それがないと、向こう見ずになってしまうでしょ。この前の誰かさんみたいに」
「あぁ。浄御原さんですね」
「はっきり言い過ぎよ。彼がくしゃみをしてるわ」東田さんだけでなく、小笠原さんも志筑も破顔した。
「彼もそうだけど、逆もしかりよ。つまり、さじ程の自信や勇気も必要なの。自然の浮力は、二つの気がぶつかって生まれるでしょ」東田さんは、窓から覗く雲を指して言った。「寒気と暖気よ。私達にも、冷静さと熱い気持ちの両方が必要なの。魔法使いは、そうやって初めて、空高くを飛んでいけるわ」
「暖かい風に乗る前に、東部連合と芽湖の仲間を信じるのよ」小笠原さんが言い添える。魔法も自然の摂理の中で、生かされるという真理に、私は心の底から頷いた。
知らず知らずのうちに、後ろに重心がかかっていた。功を成した役場決戦では、迷いなく、自分やミズミアの為に、動き出していたではないか。過去の自分ができた事を、なぜできないんて思うんだろう。
戦いの場が、見知らぬ西に移ろうと関係ない。地下の戦いにも、マリアという何にも変えがたい親友がいた。今回だって、彼女には及ばずとも、中々の面子がいる。
度会の起床を追うように、新聞を咥えた不死鳥が天井から入って来た。
小さな体躯は、朝日を惜しんでか、机上で身震いする。私は身を律して、東田さんによって広げられた朝刊に向き合った。速報の類はないが、記事は確かに、正義軍の奮闘を伝えている。
「旗軍の戦力供給線を封鎖なるか」というのが、一面だ。
芽湖への戦力供給を閉ざす意味だと分かったものの、それが西部の正義軍に依るとは初見で掴めなかった。地理的な観察というより、正義軍が東西に分断されているという思い込みが大きかった。旗軍だけでなく、ニジョーナワテを嫌っている大人を多く見てきた影響からだ。
"西部の正義軍が、闇の塔とメマンベッツ間を、立ち塞ぐ計画に着手する。ニジョーナワテ正義軍の吉田将軍に近い筋が、そう明かした。魔法界中東部の混乱は、西軍にも伝わっていた。
「旗軍の増援を抑える事で、東部正義軍に芽湖で善戦をしてもらう狙いでしょう。」本紙解説委員の三田靖子はそう語る。「闇の塔を抱える西側諸国にとっては、東側に多くの資源を避けませんが、野放しにもできないんです。メマンベッツが陥落すれば、東部侵攻の足掛かりになると同時に、(闇の塔での)西部も挟み撃ちに遭う可能性があります。闇の塔から出てきた旗員は、自分達の所で叩いておきたいというのがあるでしょう。そうすれば、旗軍は、危険を背負って、転送魔法でも使わなければ、戦地に人を送れなくなります…」”
西軍の奮闘に、地元の度会は興奮を露わにした。私も、思わぬ味方の登場に、その場で飛び跳ねたくなった。遅起きの井上は、ハッカキャンディに腰を下ろすより前に、高揚を満喫した。
一方で延永将軍は、新聞と同じ内容を述べて、警戒を促すのも忘れなかった。
「すでに、中央には、相当数の敵と魔法生物がいる。油断すれば、命取りだぞ」強く、乾いた言葉は、浮かれていた者の心にこそ、響きわたったはずだ。さじ程の冷静さを持っていた私は、心の声を繰り返すだけだった。
将軍の様子からすると、彼から協力を要請した訳ではないようだ。防御幕に囲まれた闇の塔を抱える西軍と、利害が一致した。旗軍による、山脈を跨いだ水面下での作戦は、東西両軍にとって不意打ちだった。
両軍が、阿吽の呼吸で上手くやれば、芽湖という海は安定期に入るだろう。中央では、魔法生物がいれど、敵の兵力に一定の目処がつく。連合も西軍の壁に沿って進むことで、イツクンまで苦なく行ける。東西が落ち着くのを待ってから、動き出すのも良い。なんだか、目的地までの道筋が頭の中に見えた気がした。ここに来て、主導権は、我々正義軍の下に移った!
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