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東部連合編

境界

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 先発が二回目に降り立つとき、日が暮れかけていた。暗くはないが、太陽に別れを告げる準備が始まる時間だ。行き交う箒が減っており、上空で悪目立ちしないためにも、切り上げ時を迎えていた。

 飛んで来たのも緑の上ならば、踏みしめたのも緑だ。そこは、牧場のような芝で、作物を育てている感は無い。踏んでも起き上がる類の草が、向こうまで伸びている。

 左内と井上は、南側の林の前で、待ち構えていた。緑の中に姿を消したのは、私達を確認した合図だろう。木々は壁を作るだけでなく、奥に迷路を作っている。空から眺めても、地上から見上げても、その広大さは明らかだった。快適さを度外視すれば、今晩隠れるのに、これ以上の場所はない。

 暮れ日を受ける地上は美しく、名残り惜しい。そんな空を、後発組が降りようとしていた。私達も、先発組と同じように、目印の役割を果たす。先発から受けたものを後発に繋ぐと、オレンジに輝く世界に別れを告げた。

 鬱蒼とした空間では、他人のフリを続ける必要はない。
 森の入り口を潜ると、舞台袖でいう階段にあたる位置に、二人の姿がある。左内は木にもたれながら、井上は根元に座りながら、私達を待っていた。

 生い茂った葉は、薄暗さを演出するには至らないが、空からの偵察を防ぐ効果はある。幹も同様に、地上の視線を遮ることができる。   
 
 後発組は、幹の間を縫って進んで来た。東部連合が、左内の家以来の勢揃いを果たした。度会の指摘を受けて、声が漏れないように、森を奥まで分け行っていく。東田さんは、迷子にならないように方位磁石を取り出した。

 真南からずれる度に、彼女の修正が入る。井上は立ち寄った店について関心があるようで、私に尋ねてきた。
 彼は、若鶏や鰤には反応が薄い一方、ミックスジュースでの乾杯には羨ましさを滲ませた。羨望は「のんびりし過ぎ」という文句に変わるけれど、結局日暮れまでに森に来れたのだから問題なかった。

 木の間隔が広い場所で立ち止まり、陣を張る。
 木の根っこの窪みが、私の特等席だ。幹は、寄りかかるのにぴったりで、背もたれとして機能する。ちょうど老木くらいの大きさ(もしかしたら、年齢も)だから、親近感も湧いた。

 左半分の根っこは地表に出て、お隣の木まで伸びている。私の肘掛けにはならないが、仮住まいの敷居にはなる気がした。だだっ広い空間は、居心地が悪いから、西にだけでも境界ができるのは有り難い。

「どれくらい来たかな?」度会が言った。彼は、木の根に座り、敷居に壁を作った。
「房沙総も残り少しです。正面の山も大きくなりましたから」左内が言う。「一時間も飛べば、隣州に入ります」
「順調そのもの。明日の昼間には山間部に入れる」
「順調なのは良いですけど、いつまで箒で行くんです?房州の境を越えれば、西の管轄になりますよ」志筑の言葉は、度会の見立てを深掘りするようにも、疑念を挟むようにも聞こえた。
 
「考え過ぎじゃないか。何もニジョーナワテやイツクンに入る訳じゃない」
「敵の正体がつかめないのは、困ったもんです。どうやって越境するのが正解なのか」
「西側に箒で入るのは目立ちます。見つからない確率を上げる為には、徒歩の方が良いかもしれませんね」小笠原さんが意見した。
「それは、境界を線で捉えた場合だよ。実際は、厳密な州境線だけでなく、周辺も警戒している。歩くとなれば、そこに身を晒す時間が長くなるんだ」左内は時間という観点を導入した。
「確かに、時間をかければ見つかりやすくなるな。あとは、地上を見張っているかどうかだ」
「どっちもどっちか」度会が言う。「今は、東部正義軍が盛り返している。西部軍も奮闘中だ。旗軍も、南路や北路にまで人を割けないだろう。早いとこ渡っちまうのも手だ」
「それなら、箒か」
「今日の昼のが、手掛かりをくれる気がします。店主は、私達、後発組をそれぞれ親子だと信じていました。硬くならず、家族を装えば、そう見えてくるもんです」先発の井上は、ポカンとしている。
「そうだ。見張りがいても、ただの通行人と思わせれば問題ない。西まで距離があるし、あり得る話だ」
「まぁ、家族を装わなくとも、自然にいこう」左内が吹っ切れたように言った。「見つかったら、その時はその時だ。実戦では、確実に進まなければならない。見つかっても引き返さず、他の組に使命を託す。合流は後からで間に合う。皆で協力して、誰かしらが塔に近づく」
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