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東部連合編

三大不如意

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「東部連合なんだから、任務優先だ。仲間を助けて身を晒すよりも、塔を討つ使命を果たすことを第一に。それぞれの組の中で助け合うのは大いに結構」
「確かに。七人で越境すれば、連合全体が認知されます」
「明日は、ここを出る時から、分かれましょう。先発は、南北どちらかにずれて、後発は真西に飛ぶ。ほとんど同時に越境できます」
「進路を分けるんだな」
「そうです。同じ進路を取れば、もしもの時は、後発も待ち伏せされますから」
「越境して、追い手がいなければ、元の道に合流すれば良いんですね」東田さんは、先発の立場に立っている。そして、小笠原さんや度会にも異論がなく、彼女らが先発、私と志筑が後発に決まった。

 三組それぞれの構成員に変更はない。

「南淵さん達はどうするんだ?」志筑が言った。
「二組の間を、遅れて飛ぶよ」
「中途半端じゃないか。どちらの助けにもならない」
「いや、両方に対応できる余地を残すんです。隠れ魔法があるから、井上さん含め、身動きがとりやすい」

「七人で白昼堂々と集まらなければ、怪しまれない。七ってのは、何かをやろうとする人数だから」志筑が分析する。「例えば、侍とかさ」
「とにかく、明日のこの時間、東部連合七人で集まれる事を願う。七人で事をなすのは、もう少し先だからな」左内は、彼に呼応して、わざとらしく言った。

 食事の準備をする運びになった。箒に乗って体を動し、お腹が空いた。それは私だけでなく、同じ体験をした皆んなに言える。何があるか分からないし、やるべき事は早くやっておかなければならない。

 井上は、マッチと折り畳み鍋を持って来たが、肝心の水に余裕がない。汁物は作れないから、食事は姫飯と漬物という貧相な組み合わせになった。

 水は、山間部の沢に行き着いてからだという共有がなされた。

 前途多難の未来に細やかな希望を灯ったと思ったが、同時に困難の一つも明らかになった。
 度会は、水汲みの為に動き回るのは危険だと釘を刺し、山中の婆娑羅が理由だと言った。

「二校で、婆娑羅のことは勉強済みかな?」
「いいえ、そんな授業ありません」
「魔法史ではどうだ?」二校教授の志筑が言った。
「小関先生は、ひたすら旗軍と青鷹軍の比較を行なっていました」
「ハッハッハ。素晴らしい先生ではないか。イツクンに向かう君にぴったりだ」度会が言った。
「ただ、その前に、山間部を通らないといけませんよ」志筑が言う。彼は、師匠の北別府校長に、小関の指導要領の偏りを報告するかもしれない。
「婆娑羅は、南部山脈の山賊だ。山の中に住み、古代の狩猟生活を好む」
「魔法使いなんですか?」
「そう。起源は私達と同じ。ただ、玄人精神が行き過ぎている。というか、悪い方にいっている。人生に希望や目的を持つだけでなく、日々の営みにもそれを求める。食事するのも、金を稼ぐにも獲物に一直線という訳だ。趣味や生きがいが、戦いみたいなもんだからね」

「越境した後も、危険が待っているんですね」
「そう。敵は旗軍だけではない。婆娑羅は良い練習相手になる」
「といっても、婆娑羅も中々手強いのよ」東田さんが言う。「魔法界三大不如意の一つだから」
「三大不如意?」
「そう。魔法をもってしても、意のままにならないもの三つ。一つが、自然生命の猛威や尊厳、二つがニジョーナワテの野心。三が南北の山賊よ」私が知っていたのは、一つ目だけ。自然豊かな、この世界では、大地や緑、水と共生している。戦争で亡くなった方が、魔法で蘇生するなんてこともないし、巨大コウモリを作るにも、周りの環境まで整備しなければいけなかった。一方で残りの二つは、知っているだけで理解はしてないものと、耳に入れたばかりのものだ。

「魔法界には、二つの山があるわ。ニジョーナワテを守る盾のように南に延びる日高系の山と、北部の大雪系の山。南の日高系の山賊のことを婆娑羅って言うの」
「南北朝時代の大名のように、華美な見た目を好むのよ。赤や黄色の袈裟や装飾品を纏ってるわ。秘密主義の連合と違って、目立ちたがり屋なの」小笠原さんが説明を受け継いだ。
「確かに、厄介な存在だが、僻んでばかりでは駄目だ。利用するくらいでないと」志筑が言った。「婆娑羅と面倒を起こしたくないのは、我々だけでない。旗軍も、婆娑羅を警戒して、山中では活発にならない」
「じゃあ、むしろ彼らのおかげで、イツクンに近づきやすいんですか」
「そう。彼らは派手だから、察知しやすい。組みにくい相手ではないはずだ」
「まぁ、とは言えだな…」度会が注意を喚起する。「ずっと山路を行くのは、気が滅入るぞ。そして、出くわすのが二、三人で済めば、かなり運が良いと言えるな」
「そんなことに運は使いたくないですからね。明日以降やってやるしかないな」井上が言った。ほぼ確実に、まだ見ぬ婆娑羅に相対すると思うと、私も気が引き締まった。
「私達がいるとは言え、君も覚悟が必要だ。特に、防衛魔法は武器になる」
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