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東部連合編

デュエル

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 二本の糸に一人で向き合うのは危険だ。自分の方に気を逸らそうと、光の玉を放つ。一撃では効果が薄いから、光の糸を振りながら、十返舎卿との距離を詰めていった。
 
 腕からの魔法っ節の強さに、役場決戦の間合いのずっと手前で、足が動かなくなった。彼は背中で、私にお手並み拝見だと語っている。一つの想像力を基盤にした馬手と弓手の組み合わせは、相乗効果を生む。数的優位のはずが、逆に三人以上と向かい合っているような圧を感じた。

 相手の懐に飛び込もうだなんて、左内は無茶が過ぎる。当然、至近距離で耐えられる時間は、長くはならない。彼は、再びの隠れ魔法を選び、十返舎卿を巻いた。

  空気が霧がかっており、避難を助けただろう。直美さんが復活の狼煙を上げたか、上空の雲が流れ込んでいた。

 私と卿で、光の糸をぶつけ合う。相手には、もう一方の光の糸がある。鍔迫り合いから逃れ、防衛魔法に切り替えなければならないが、戦闘中の光をしまうことはできない。糸の拮抗から解放されたら、相手の利き手がそのまま私に延びる。結局、どちらの糸を受けるかしかない。
 横からの新しい糸に、壁際まで吹き飛ばされたのは、避けられない結果だった。

 痛みより、不甲斐なさが身に染みる。一瞬、とどめを刺されると覚悟したが、左内が帰還し、注意を私から逸らした。
 今度は隣人の番だ。防御を張りながら、一人で耐えている。飛ばされた先で、力の差を見せつけられた。仲間を失えば、勝利の芽は詰まれてしまう。

 起き上がり、黄色に糸を振り下ろす。線光の反発が、腕を通して胴体に広がった。
 左内は糸が弾ける間に赤の玉を放ったが、素早い動きで、かわされる。やはり、光の糸を交えるしかなかった。
 卿は、先程と同じ側の手で、それぞれに向かってきた。二人とも正面を向いて相対する位置取りで、真に近い彼の力を受けた。

 光操魔法の次に放たれた、見えない魔法に対処できなかった。体が遠くに投げ飛ばされていた。志筑の強風魔法に鍛えられていたから、かろうじて姿勢を保っていられたが、無傷ではいられない。

 十返舎卿は私を押し退けて、左内に狙いを絞る。隣人は、私側の糸の加勢に対して、自身に隠れ魔法を試みた。が、少し遅れたか、黄色の光の軌道が彼の足元で弛んだ。足に当たったのかもしれない。手応えを示すかのように、十返舎卿の口元が緩んだ。

 左内の安否が案じられるが、自分自身の心配をした方が良い。十返舎卿が近づいて来る。次の集中攻撃の対象は私だ。
 
 私には隠れ魔法がないから、二本の糸を防御魔法で受けて立つしかない。防戦一方が良い結果に繋がらないのは、八丁幌のお宮で学んできた。が、現実は跳ね返すどころか、腕が押し戻されるのに耐えなければならない。このまま力を加えていると、盾が木っ端微塵になるのが目に見えている。風船がいつか割れるのを分かっていながら、ひたすら膨らませているような状態で、体は限界寸前だった。

 全てが崩れ落ちる。そう覚悟した矢先、攻撃は止んだ。糸が両方引いており、剥がれかけの盾のみが残る。
 光は、左内を新しい行き先に定めた。彼は生きていて、転送先で戦いに挑んだ。私から敵の関心を引きつける為に、自ら危険まで背負い込んだ。
 私も恩を返そうと、スリップ魔法を十返舎卿にかけた。足元のズレが、腕に響き、攻撃は左内を外す。その隙をついて、隣人は再び逃げることができた。

 卿は私を見返した。私達のどちらかが常に、一対一の戦いに持ち込まれるのだと気づいた。これでは、いつまでも経っても埒があかない。

 例の魔法をぶつける時だと思い立った。左内から私に切り替える今が良い機会だ。呪文と共に、今まで受けてきた分のいくらかを心に込めて、保護魔法を唱えた。
 水色の光は、解放されるのを待ち望んでいたかのように、ものすごい勢いで主の下に向かっていく。海面を飛ぶ太刀魚のようなその姿には、生命力が漲っている。二本の糸をもってしても、弾に追いつけない。それとも、弾が黄色の線光を交わしたのかもしれない。

 どちらにせよ、光は十返舎卿に達した。彼は倒れることはないが、体をくねらせてから立ち止まった。
 杖は無気力に下を向き、何も出しやしない。自身の世界から、無防備にされた彼がそこに立っている。彼も私も呆気にとられ、一瞬目が合った。

 左内は訳が違った。十返舎卿に背後から近づき、光の糸を振りかぶった。彼自身は、卿の延長線上におり、私からは見えない。竜のように舞う赤い光が、決して時を逸さない仕事人の意思を示している。
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