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東部連合編

祝砲

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 ミズミアの皆んなに会う前にすることがある。東部連合があるのは、中央の踏ん張りのおかげだ。耐え抜いてくれた戦地に一言ないと、義理が通らない、と思った。

 箒で、メマンベッツに向かう。激戦地を目で見て、肌で感じる事でしか、戦いの精算はできない。それは連合の使命だと山本は言った。第三者の客観的な見方に、ハッとさせられる。私達にしかできない、この世界への向き合い方がある。

 いろんなことが詰め込まれ過ぎて、同じ一日にいるというのが信じられない。今朝、塔に侵入したのは事実で、日はまだ高いところにある。寄り道がなければ、明るいうちに向こうに着けそうだ。
 南路のように、いつのまにか州境を跨いでいた。元の表情を知らない場所も、戦いの傷跡ははっきりしている。建物は基礎を残し崩れ、生活の跡を晒し、緑に目を向けても、際では幹のドミノ倒しが起きている。

 白いテントは、配給品を保管する為に、仮に設えられたものだろう。空からは、現地に馴染めずに浮いて見えた。配給品を求める人の列は殆どないが、そこは魔法界だ。きっと、あそこを起点に、各家庭に転送魔法で飛ばされる。戦いの終結は、復興への開始地点に過ぎない。

 一行は、みなと屋という旅館に降りた。メマンベッツ南部の宿は、西陽で隠れん坊して、幻想に身を包んでいる。陰の中に、一本松の庭と帯のように化粧梁を通した本殿があった。山本は、玄関にいた仲居に私達のお供を引き継ぐと、その役目を全うした。
 戦いが終わったとは言え、閑静な夜を過ごす。現地の有様を見てきたこともあり、連合の緊迫感は抜けないままだ。宴を開く雰囲気はない。それでも、往きの山路や林を思えば、どれだけ快適か分からなかった。

 遠くの空に花火が鳴った。障子の内に姿は見せないが、音だけははっきりしている。気が付けば、私達は夏の盛りにいる。秘密部隊は、意図せずして、季節からも取り残されていたのかもしれない。暖かい風があざみ、宵がかがる。夏模様は見る人の心に一つにする。この世界を愛する者ならば、心に夜空を飼うことができる。祝砲は、東西を超えて、玄人達を共鳴させたはずだ。

 帰るまでが秘密部隊だ。故郷の人々を思いながら、最後の務めを果たそうと思った。

 翌日午前中には、メマンベッツを出てミズミアへ入った。旅館の玄関で、度会とはお別れだ。
「メマンベッツの地は、メマンベッツの男達のようにしぶとい。我々がいれば大丈夫」と彼は胸を張った。思えば、彼による捨て身の内部捜査から、事態が動き出した。有言実行を確信した者から、別れの言葉を交わし合う。私には「新しい魔法界を存分に楽しめるのは、君だな。なんたって一番若い」と言ってくれた。

 メマンベッツが度会を待っていたように、ミズミアも私を待っていてくれた。私の故郷は、お色直ししており、懐かしさを感じる前に、目新しさが目についた。

 二校の地上校舎が復興途中にある。睦水から双穴に入るくらいのところでは褐色の点に過ぎなかったが、橋をかける湖まで来ると、場所が二校だと教えた。風化した基礎は取っ払われ、白壁の和風建築が居を構えている。褐色の正体は瓦葺の屋根であり、近世の屋敷か城を彷彿とさせる外観だ。石垣を敷いてない分、威圧感はなく、馴染みやすい印象は受けた。

 脇に降りた時、「大胆な衣替えだ」と井上が感嘆した。着工からわずかで、一階部分すら未完ではあるが、マリアやこのみ達との来る学園生活を思うと、胸が弾んだ。
 井上は、私や志筑との別れを惜しむより、自分の街の新しい姿を見たいらしい。出発を急かした。
 彼だけならまだしも、彩粕勢ともお別れしなければならないから、故郷に戻ったのに、寂しさがついて回った。
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