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日常

帰って来ない…。

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 ハズキが連行されて、連合軍に連れていかれ、一週間があっと言う間に過ぎ去っていた。

 まだ、ハズキさんは帰って来ない…。
 部署は違うが、連合軍に所属する屋敷の住人によれば、疲れた顔はしていたが、元気そうだったと、教えてくれた。
 …住人に、気を使わせている?
 チラリとそう思ったが、アヤトが連合軍に行って様子を見ることは出来ないので、近状を教えてくれるのは、ありがたかった…。
 アヤトはハズキと離れて、モヤモヤしたものが何か自覚していた。
 …僕は、ハズキさんの事が好きみたいだ…。
 そう思ったら、スッキリした。
 きっかけは、あの時、ハズキさんに襲われてだが、今思えば、ソレ以前から、ハズキさんの腕の中は居心地が良かったのを思い出す。
 頭を撫でられ、抱きつかれ、甘やかされて、それが照れ臭くも嬉しかった自覚はある。
 もしかしたら、その頃から好きだったのかも知れない…。
 自覚していなかっただけで…。
 いつの間にか側にいて、アヤトの事を構ってくれていたのは、常にハズキさんだったのだ。
 その居心地の良さに、何も考えず甘えていたのかも知れない…。
「…いつ帰ってくるかな…」
 アヤトは、ぼんやりと夕食の準備をしながら、言葉を口にして、呟いていた。


 ハズキが連行されて、二週間が過ぎた。
 ハズキさんは、まだ帰って来ない…。
 アヤトは、寂しさを紛らわすかのように、ハズキの好きなスイーツを作る…。
 アップルパイ、チーズケーキ、マフィン、クッキー、ドーナツ…。
 太るぞ…。
 そんな事を思いながら、甘いものが好きな屋敷の住人には喜ばれ、作り過ぎた分は、連合軍にいるハズキの元に、持っていってもらう。
 アヤトは作りすぎを言い訳に、ハズキの元に持っていってもらっているのだ。
 『早く帰ってきて』
 そんな願いを込めて…。
「…いつになったら、帰ってくるかな…」
 アヤトは作り過ぎたアップルパイを噛りながら、ハズキの姿を思い浮かべていた。
 

 ハズキが連合軍に連行されて行って、三週間が過ぎた。
 ハズキさんは、まだ帰って来ない…。
 一月ひとつき前、ダルタルに向かったカイトさんとイサが、行方不明になったと聞いた。
 ダルタルでの任務を終えて、帰還の飛行船に乗り、途中の寄港ちで降りたらしい。
 降りたと言うか、乗れなかったと言うか…。
 そんな曖昧な言い方をしていた。
 その後の二人の行方が分からなくなったらしい…。
 カイトさんが、しばらく帰れないと言っていたから、何かの予兆か、事情があったのかも知れない…。
 …帰って来るよね…。
 アヤトは、帰って来なかった兄の事を思い出し、寂しくなる。
 身近な人が、帰ってこなくなるのは、寂しい…。
 だから、ハズキさんだけでも…。
「…早く帰ってきて…」
 アヤトは寂しくて、涙ぐみながら、ベットで丸くなる。


 ハズキが連合軍に連行されて行って、もうすぐ一月ひとつきになる…。
 まだ、帰って来ない…。
 …情緒不安定…なのだろうか…。
 最近、焦がしたり、煮すぎたり、ボ~ッとして、皿を割ったり…。
 今までにない、ミスをおかしている…。
 …こんな事、無かったのに…。
 それに眠りも浅くなっている…。
 何もないのに、夜中にふと目を覚ますのだ。
 再び眠ろうとしても、直ぐに目覚めてしまう…。
 アヤトは、どうしようもなくなって、最近、ハズキの部屋から、ハズキの毛布を借りてきて、抱えて眠っていた。
 ほんのりとする、ハズキさんの匂いに落ち着きを取り戻し、少しは眠れるからだ。
 自分でも、どうしてこうなってしまったのか戸惑う…。
 今までは、そんな事を無かったのに…。
 ハズキさんの温もりに包まれて、安心する事を覚えたからなのだろうか…。
 …早く帰ってきて…。
 毛布をギュツと抱き締めて願う…。
 そしてハズキさんに、『どこにも行かないで。ずっと側にいて』と、伝えたい…。
 兄さんのように…。
 カイトさんのように、帰ってこれなくならないで…。
 屋敷に住む住人達とは違う存在の、幼い頃から家族のような人…。
 もうひとつの、僕の家族…。
 …いつになったら、帰ってくるの…。
 アヤトはハズキの毛布を抱えてベットで丸くなる。


 ハズキがいなくても、アヤトの毎日の仕事は変わらず、一日、一日と過ぎ去って行く…。
 …早く帰ってきて…。



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