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番外編

出張 3

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 週末、金曜日の夜。
 夕食の後片付けを終え、朝食用のおにぎりを準備して、保温鍋にコンソメスープと卵スープの二種を用意した。
 お皿や茶碗などの食器を予備のテーブルに置いて、ホコリが入らないように布を被せ、メモを置く。
 明日、休みで屋敷に居るカズには、一応、説明はしておいた。
 なんとかなるだろう…。
 ソレよりも、帰ってきた時、使い終わった食器の後片付けの方が大変そうだ。
 
 斜めかけの鞄に着替えを入れ、大きな鞄に手土産のアップルパイとミートパイを準備した。
 日持ちして、量産が出きるのは、これしか思い付かなかったからだ。
 ラバードが食堂に顔を出し、「そろそろ出発するよ」と呼びに来た。

 アヤトは、初めての飛行船に緊張しながら、星が瞬く夜空に飛び立った。

 案の定、離陸の重圧に負けて気絶した。
 うん、僕は素人だから…。
 小型飛行船に乗る連合軍の人達はすごいな…。

 夜空を飛行中になんとか目覚めたが、真っ暗で何も見えない。
 一ヶ所、明るく照らされた場所が有り、どうもソコが着陸地点のようだ。
 着陸はなんとか耐えた。
 ゆっくりと直立着陸だからかもしれない…。
 それでも慣れない空の旅…。
 もう、この時点でふらふらだ…。
 ココから魔動車に乗って、一時間ほどかかるそうだ。
 ぐったりと魔動車の座席に寄りかかった。

 小型飛行船を停泊させてもらったお屋敷の奥様は、ハズキさんの知り合いで、旦那様が、ハズキさんのお兄さんの方の取引先だそうだ。
 奥様は「珍しくハズキ君が頼んで来たから、貴方に会うのが楽しみだったのよ」と、微笑んで、手土産のアップルパイとミートパイを喜んでくれた。
 そして、ハズキさんの子供の頃の話を聞かせたいからと、引き留められそうになったが、迎えの魔動車を待たせるわけにはいかず、アヤトは魔動車に乗って施設に向かった。
 ちょっと聞きたいな…と、後ろ髪を引かれながら…。
 ラバードは小型飛行船の整備をするため、お屋敷に泊めてもらうらしい。
 …帰りがあるもんね…。


 一時間ほど魔動車に揺られ、山間に大きな施設の建物が見えてきた。
 施設の回りは大きな壁に囲まれていて、中に入るのも、専用の出入口からだ。
 敷地内に入り、魔動車は施設に隣接している小ぶりな建物の方に向かった。
 宿泊施設なのだろう…。
 魔動車が止まり、建物の入り口に人が待っていた。
 アヤトが魔動車から降りると、その案内人に連れられて、施設内に入り、三階の奥の部屋へ案内された。
 ココがハズキさんの部屋だそうで、中は自由に使って良いそうだ。
 それと念を押されたのは、部屋から出ないこと。
 一人で出歩くと、侵入者と間違えられる可能性があるそうだ。
 内線が有るので、用事が有ればソコから連絡して欲しいとの事。
 はい。部屋から勝手に出ません!
 それと、忘れないうちに手土産のアップルパイとミートパイを差し出した。
 甘いものに飢えているそうで、すごく喜ばれた。


 アヤトは部屋に入り、部屋の中を見回した。
 入って直ぐの部屋には、シンプルなソファーとテーブルが有り、寝室は別のようだ。
 お手洗いと風呂場も個別になっていて、広さも有る。
 移動してきて、ずいぶん時間が遅くなってしまったが、ハズキさんはまだ、戻ってこない。
 アヤトは風呂場でシャワーを浴びて、持ってきた寝間着に着替え、寝室のベットの上に横たわった。
「…疲れた…」
 慣れない空の旅と、魔動車での移動。
 緊張が溶けて身体がずしりと重く感じる。
 視界に、脱ぎ捨てられたハズキさんの服を見つけ手を伸ばす。
 引き寄せて、ギュッと抱き寄せる。
 ハズキさんの匂い…。
 アヤトはそのまま目を閉じて、眠りについていた。


 物音がして、アヤトはハッと目が覚めた。
 薄暗い視界に、バスローブを着て、濡れた髪の毛を拭いているハズキさんが見えた。
 視線が合うとハズキさんは微笑んでくる。
「来てくれてありがとう」
 そう言って口付けて来た。
「んんっ…」
 ハズキさんの匂いに包まれて、安心して、再び目蓋が閉じていこうとする。
 ベットの中にハズキさんも入ってきて、身体が引き寄せられた。
「目覚めたら、覚悟してね」
 何を覚悟するのか分からないが、眠気に勝てずアヤトはハズキの温もりに包まれて眠りに付いた。


 翌日、アヤトはベットから出してもらえず、気がつけば、帰国する朝になっていた。
 あれっ…?


「また来週、待ってるよ」
 帰り際、魔動車に乗って、出発する直前に、窓越しにそう言われ、アヤトはハッとした。
 えっと…ハズキさんの出張中、毎週…ココに通うと言う事…だよね…。
 いわゆる…通い妻…。
 そんな風に感じて、アヤトは顔を真っ赤にした。
 魔動車がゆっくりと動きだし、ハズキさんの姿が見えなくなっていく…。
 僕がココに来るのは、そう言うことの為だって、関係者は知っているって事だよね?!
 ううっ…。
 恥ずかしいよ…。
 アヤトは座席にうずくまって、小型飛行船の停泊している屋敷へと向かい、帰国していった。

 
 とは言え、アップルパイを手土産に、ハズキの出張を終えるまで、毎週通うのだった。


***

 キュメント国でのハズキは…。

「来週、アヤト君が来るまでに、ココまでは終わらせましょうね!」
 ハズキの補佐官が催促してくる。
「ううっ…」
 いつもは気ままに製作しているハズキにとって、催促されるのは苦痛でしかない…。
 が…。
「終わらなければ、アヤト君に会わせませんよ!」
 アヤトに会いたいが為に、ハズキは仕事を頑張るのだった。




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