戦闘員1411号と愛の無茶振り計画

醍醐兎乙

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第5話

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 閉ざされた生体実験室の分厚い扉の前に、僕と上司はたどり着いた。
 普段は開放されている生体実験室の扉は、今は特別に閉じられ鍵もかかっている。
 上司を呼びに行く際、無駄に元気な赤色を逃さないため、僕が施錠しておいたからだ。

 滅多に使うことのない施錠の仕掛けを、のんびりと解いていると、僕は自分の機嫌が平常に戻っていると気がついた。
 おそらく、僕に無視され続けられて、見るからに落ち込んでいる上司の姿を見て、気分が晴れたのが原因だろう。
 体臭を気にして、しょんぼりとしている上司の立ち姿は、それは愉快で仕方がない。
 気分が乗った僕は、生体実験室の解錠作業を、過去最速タイムで完了させた。

「……意地悪で無口で嗅覚のおかしい貴様は、部屋に入ってもそのまま1言も話さず、置物のごとく黙っておけ。赤の個体は私が独りで観察する」

 僕が解錠作業を終えるや否や、上司は片手で僕の首を掴んで吊るし上げ、恨みがましい目を向けながら、静かに命令してきた。

 手加減の苦手な上司が、自ら僕に直接接触してくるほど、僕は上司の精神に相当な負荷をかけられているようだ。
 しかし、鈍く軋む音が鳴り出した僕の首。
 それでも今回の作戦の恨みは、今ここで晴らすしかないと、決意を漲らせる。
 そして、最後の力を振り絞り―――僕は自分の鼻を摘んで、上司に無言で見せつけてやった。

 体に達成感が満ちていく幻覚に、僕は酔いしれ、ふと冷静になる。

(もしかして僕……このまま上司に殺されるのでは?)



「…………」

 僕の予想に反して、上司からの追撃が来ない。
 むしろ、首を掴む手から力が抜け、僕は上司から開放された。

 床に座り咳き込む僕から背を向けた上司は、鍵の開いた生体実験室の扉に手をかけ―――

 無惨な姿に成り果てた扉と怒りに震える上司の背中を眺め、僕は部屋の中にいる赤色ヒーローに少しだけ同情する。

(名も知らぬ、赤色ヒーローさん。あなたはこれから、怒り狂った上司の八つ当たりを受けることになると思います。それは僕のせいだけれど……いや、敵同士だから別に構わないな)

 僅かに感じた同情も、一瞬の内に溶けて消えさった。
 
(……上司の機嫌が戻るまで、どうにか時間潰せないか)

 僕が時間稼ぎのため扉の残骸をゆっくりと片付けていると、禍々しい空気が漏れ出している生体実験室から、上司の震えた声が、僕の耳に届いた。
 
「早く来い」

僕は反射的に持っていた瓦礫を床に投げ捨て、覚悟も決まらないまま生体実験室に飛び込んだ。



「………………」

 僕が足を踏み入れた生体実験室内は、上司が支配していた。
 上司は無感情な瞳で『恋する電気毛布』で包んだ何かを片手で持ち上げ、小声でブツブツと呟いている。
 そして、生体実験室に僕が入室したのを瞳の動きだけで確認すると、前触れなく『恋する電気毛布』に電源を入れた。
 『恋する毛布』の中から聞こえてくるのは、まだ聞き馴染みのない男の声。
 おそらく赤色の声だ。
 
「俺は負けない!! どれだけ愛しい君が相手だとしても!! 使命を果たすため!! 君を必ず打ち倒す!!!!」
 
 電源の入った『恋する電気毛布』に包まれている赤色は、悲鳴の1つも上げず、元気に覚悟と使命を上司に対して宣言している。

 僕が赤色に『恋する電気毛布』を使用したときは「君に殺されたグリーンや、今も生死を彷徨っているイエロー、そして君と一緒にいる、変わり果てた姿のブラックとブルー。俺は必ず仲間の敵《かたき》を取る!! 愛する君を手に掛ける覚悟が―――俺には出来ている!!!!」と叫んでいた。

 まだまだ続く上司に対する赤色の熱血宣言を聞きながら、僕は室内を見回した。
 気になるのは、1
 つまり、そういうことみたいだ。

(……あのくらい肉片が残っていたら、生体兵器用の素材として十分活用できそうだ)

 どっちが誰かはわからないが、八つ当たりの尊い犠牲者になった、黒色と青色に、僕は心のなかで手を合わせる。
 
(お前たちはとんでもなく気持ち悪い奴等だったが、最後の最後に上司の機嫌を少しだけマシにしたことは評価してやる。よくやった)



「あ、あああ、ああ、あ……あ、い…………し、し、しめ……いい、い、い…………」

 生体実験室に焦げ臭い匂いと男の低いうめき声が漂っている。
 『恋する電気毛布』に38回目の電源が入り、とうとう赤色が同じ単語しか口にしなくなった。
 
 確か黒色で実験したときは、3回目で今の赤色と同じような言語の障害が出て実験を中止したはずだ。
 そして、すぐに緊急修理を施したお陰で、黒色の言語機能はある程度回復した。
 それを思うと、ここまで壊しきった赤色では、手の施しようがないように思える。

 上司は赤色の様子を観察し終えると、興味が失せたのか、『恋する電気毛布』に覆われた赤色から手を離し、僕に視線を向けることなく生体実験室から退室した。

 上司が完全に遠ざかったのを確認し、僕は『恋する電気毛布』に覆われた赤色に、確認のため近づいた。
 元々緑色1色だった『恋する電気毛布』は、ところどころ黒く焦げ付いているようだ。
 そして、焼けた人体の匂いが鼻につく。
 大雑把に赤色の観察を済ませた僕は、結論を出した。
 
「これだと……赤色を保管用にするのは難しそうだ。いつも『1番優秀な個体を残しておきたい』って、騒ぎ立てるのは上司なんだが……仕方ない。今回の『他者に対する感情を戦闘エネルギーに変換する特殊個体群』の保管用験体は、最弱の黄色に決定だ」

 僕は赤色から、焦げた『恋する電気毛布』を引き剥がし、すでに決めていた黄色に対する計画を、どう変更するべきか頭を悩ませた。
 
 ……あと、上司の機嫌を取る方法も考えないとな。


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