戦闘員1411号と愛の無茶振り計画

醍醐兎乙

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第4話

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 僕たちの組織には、様々な規則が定められている。
 発言のたびに上司からの許可が必要なのも、規則だ。
 そんな様々な規則の中には、作戦に関するものも、もちろんある。
 その1つが『作戦は指定された条件を必ず達成する』だ。

 前回の作戦『こわいよシクシク、たすけてよアタック』でいうと、僕は小学生になりすまし、か弱いふりをしてヒーローに助けを求め、そのままヒーローに不意打ちを仕掛けて、生き残った奴等には今後助けるべき存在に対して警戒と疑念を抱かせる、という4つが条件だった。
 ここまで条件が決まっていれば、特に悩むことなく作戦を進められる。
 
 しかし、今回の作戦『メロメロキュンキュンで仲間割れだぞ』の条件は、『恋する電気毛布』を使用して、敵組織を仲間割れで壊滅させる、の緩い条件が2つだけ。
 こうなるとできることが多すぎて、どう作戦を進めるか悩ましくなる。



 僕は今、特殊個体保管室で見つけた上司を転がして、馬乗りになり、無言で拳を振り続けている。
 
「えっなんで私殴られてるの! 今日はまだ何もしてないんだけど!」

 流石、僕の上司。
 この程度だと、まだまだ余裕があるみたいだ。
 いつもみたいなお遊びのじゃれ合いだと、すぐに泣きを入れるくせに、今日はいきなりの暴力すぎて、素が出てやがる。
 
「えっえっ本当にわからないんだけど!」

 覚悟しやがれ、年齢の百の桁を頑なに隠す自称アラサー。
 いつも漂わせている甘ったるい香りに、血の鉄臭さをブレンドしてやる。
 僕の拳が砕けるのが先か、あんたの鼻がぺしゃんこになるのが先かの勝負だ!
 あんな不快感を味わわされた恨み、必ず晴らしてやる!!
 今回は絶対に負けないからな!!



「いつも思うが、貴様は何がしたいのだ?」

 僕の砕けた拳を治療しながら、上司は呆れた表情で僕を見てきた。
 上司の顔が近くにあり、甘い香りが普段より濃く感じる。
 僕は上司の、鼻血の1滴すら流れていない綺麗な顔から目を逸らし、唇を噛んだ。
 上司との力の差が、12年前の出会った頃から何も変わっていないことが、そしてなにより一矢報いることすらできない自分の無力さが、悔しくてたまらない。
 僕が無力を悔やんでいるときに、いつも鼻をくすぐる甘い毒。
 この甘い匂いが、僕は嫌いだ。



「戦闘員1411号。貴様もしや……運動不足なのか? 確かに私が遊んでやるときは貴様を壊さないようにするため、大げさに泣き真似をしてやるくらいしかできないからな……よし! 赤の個体は貴様が直接打ち倒して連れ帰れ! あんな個体でも貴様の遊び相手にならちょうどいいだろう。これは『メロメロキュンキュンで仲間割れだぞ』作戦の、正式な追加条件として受け取るように!」

 僕の両拳を治療し終わった上司が、突然おかしなことを言い出した。
 僕は抗議するため、痛みの残る両手を振り上げ、発言の許可を求めて上司を睨みつける。

「落ち着け戦闘員1411号。貴様の言いたいことはわかる。確かに貴様は本来戦闘向けの実験体ではない。しかし、貴様は私の想定を超えた唯一の存在なのだ! 自信を持つがいい!」

 しっかりと僕と目を合わせて話す上司の言葉に、熱がこもり始めた。
 そして、僕に発言の許可は下りない。

「貴様に出会うまで、私が少しでも手を加えた生物は、半年も持たず自壊してきた。死体を利用した兵器開発も同様だ。だが12年前、私が改造を施した貴様は、今この瞬間も生きて私の前に存在している!」

 愛おしげに僕を見つめる上司。
 上司の白く美しい指が、僕の頬を優しく撫でてくる。
 
「だから私は、2年間改造に耐えた貴様を特別に実験体から卒業させ、貴様のために私と2人だけの組織を作り、貴様を私の部下『戦闘員』として雇い、貴様に組織の規則範囲内での自由を与えたのだ!」

 上司の熱弁が止まらない。
 僕が戦闘のために基地の外へ出るのを嫌がるたび、この上司は毎回全く同じ話を語ってくる。
 耳にタコができるほど聞かされ続けたこの話を、上司は飽きもせず何度も続けていた。
 こうなった上司は、僕に施した改造についてや、僕と同じ改造を施しても結果が伴わなかった当時の苦悩、改造から半年経っても生き延びた僕に対して初めて芽生えた母性の感覚など、様々な僕と上司のこれまでの過程を、満足いくまで語り尽くさなければ止まらない。
 そんな話をまともに聞いても、正気を削られるだけなので、本当に無駄な時間だ。

「つまり私が言いたいのは! 私が想定できる程度のことは、貴様であれば必ず達成できるということだ!!」

 ようやく上司がいつもの締めの文言を紡いで、口を閉ざした。
 上司は天井を見るかのように胸をそらし、満足気に両手を広げ、達成感を感じているように見える。
 
 僕は溜め込んだ苛立ちを、できる限り表に出して、痛む両手で上司の顔を無言でひっぱたき続け、発言の許可をもぎ取った。
 そして、息を大きく吸い込み、不満を爆発させる。

「修理した黒と洗脳改造した青に命令して、すでに赤色は生体実験室に転がしてあるんだよ!! 命令が遅すぎだ! 鈍間ポンコツ糞ババアが!!!!」 

 僕の魂の叫びに、上司の顔つきが明らかに変わる。
 
「私はピチピチの20代! ババアじゃない!」

 何度も聞いたことのある、上司のズレた反論は、僕の脳内に戦いのゴングを響かせるには十分なものだった。

「てめえの歳の百の桁を公表してからほざきやがれ!!」
「し、四捨五入したらゼロだし……誤差だし……」
「あと加齢臭隠しの香水の匂いで鼻が曲がるんだよ!!」
「それは今、関係ないじゃん! あと臭くない!!」
「赤色が『恋する電気毛布』を異常な精神力で1度耐えやがったから、てめえが興味あるだろうと思って、わざわざ探しにきたってのに!!」
「ほんとに!? ふひひひ……興味あるある!」
「だったらさっきの命令取り消して着いて来い!」
「取り消す取り消す……はい! 取り消した! ふへへへ……楽しみ楽しみ!」

 こうして、イライラの止まらない僕と機嫌のいい上司は生体実験室に向かって歩き出した。

 道中、上司が「私……臭くないよね。怒りの勢いで嘘ついちゃったんだよね……ね」と、もじもじしながら僕の顔を覗き込むように話しかけてきたが、規則の遵守にこの身を捧げる『戦闘員1411号』として、取るべき行動は、もちろん上司を無視する1択だ。
 無言で鼻を摘むジェスチャーをしなかっただけ、ありがたいと思え。

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