夜に咲く花

増黒 豊

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第二章 新たに選ぶ

近藤派、芹沢派

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 さて、壬生浪士組の主要な人物が一同に介したわけだが、安くなりたくはないので、久二郎らが芹沢らに島原に連れ出されてどんちゃん騒ぎを行い、朝まで飲まされた場面はあえて省く。
 芹沢は、金回りが馬鹿に良かった。身なりがとても良いことは既に触れたが、島原に繰り出し、朝まで飲んで騒いでも、その払いをすべて平然と行うことができた。
 また、粗末な衣服を着ている者の間で島原に一緒に来たのは、斎藤一人だけだった。
「飲み直すぞ。新顔、来い」
 と言って芹沢が立ち上がったとき、土方が斎藤の方に目配せをして、斎藤も立ち上がったのを、久二郎は見ていた。
 要するに、隊は芹沢を筆頭とする身なりの良い五人と、近藤を筆頭とする粗末な衣服の者達との二派に分かれており、それぞれの折り合いはあまり良くないということだろうと思った。
 斎藤は、久二郎らが芹沢派に取り込まれないようにする監視役というところであろう。土方が、同室だったから斎藤をその役に任命したのか、はじめからそれを見越して久二郎らを斎藤の部屋に放り込んだのかは分からぬが。
 そもそも、浪士組というのは、将軍警護のため、江戸のあぶれ浪士を利用してみようということで、清河八郎という奔走家によって立ち上げられた。それがどういうわけか、京に入るや否や、幕府のろくは食んでおらぬ、我らは朝廷の兵である、と宣言をし、驚いた幕府によって急遽、江戸への帰還を命じられた。そのとき、ほとんどの浪士が江戸に帰ったのだが、近藤、芹沢以下二十四名が京に残ると宣言をし、勝手に壬生浪士組を名乗り、宿舎として割り当てられていたこの壬生村の八木家にそのまま居座ったのがはじまりである。
 しかし、久二郎と彰介を除けば、今は十四人しかいない。壬生浪士組が誕生したのが、ほんの一月余り前のことだから、このわずかな間に、八名が離脱したり、あるいは死んだりしている。
 
 何故、何の依り代もなく、役目もないこのちっぽけな組織で、近藤派と芹沢派に分かれ、主導権争いをしなければならないのかは今の久二郎や彰介には分からぬ。
 そもそも、上に立ったところで得になることなど何一つないのである。新撰組を題材にしたあらゆる作品において、ここのところだけは判然としない。たとえば、多くの作品においては壬生浪士組を京で一番の組織にし、一旗あげてやろうと決意した土方が巧みに芹沢を葬り去ってみたりするわけだが、土方ほどものの道理がよく見え、目的のために自我を殺すことができる男ならば、この段階では芹沢らと争って壬生浪士組を我が物にして得になることなど何一つないということくらい分かりそうなものである。
 一つには、単に、土方は芹沢が嫌いだったこともあるだろう。彼の気性からして、粗暴で粗野な芹沢のことは、生理的に受け付けないに違いない。
 ここからは、筆者の創作である。土方が、あの野蛮な水戸人どもが早く離脱してくれぬものか、と思った最大の理由は、食い扶持と、出自のことではないだろうかと思う。
 八木家の飯を対価なく食らっているわけだから、人数が多いと良いことはない。居て力になる者ならば何人でも欲しいわけだし、それがために江戸で人を殺して逃げていた斎藤を引き入れたし、久二郎らも迎え入れた。
 だが、芹沢らは飯を食らうばかりで、なおかつ早くも京の町での評判も悪いため、できれば土方はさっさと離脱してほしかった。
 次の理由として、生まれである。芹沢は水戸の由緒ある神社の出とされており、なおかつ当時大流行していた神道無念流の免許皆伝である。その子分どもも、伊達に威張り散らしているだけあって出自の確かな者ばかりで、一様に大流派の皆伝もしくは目録を得ていた。
 一方、土方の大好きな近藤勇は、土臭い多摩の百姓の生まれで、土方、沖田、井上が属する天然理心流などという誰も知らぬような小流派の、農民か町人しか門下生のいないようなうらぶれた道場の主でしかない。両者を比べれば、明らかに、近藤の粒が劣る。土方としては、そもそも、芹沢のような裏付けのある人間が、近藤の側に、ましてや同格あるいは上の者として存在すること自体が、我慢ならなかった。
 だから、久二郎らが芹沢らに感化され、その勢力下に入るのを嫌がったのみであって、彼自身は、先に描いたように、行く先の見えぬ不安に、肘枕をして舌打ちをしながら、見回りと称した散歩を隊士に命じるしかなかった。

 それが、終わろうとしている。久二郎らが屯所を訪ねた日、訪ね人であるはずの藤堂も、局長の近藤も芹沢も永倉も揃っていなかったのは、朝から、京の者が「黒谷さん」と呼ぶ金戒光明寺こんかいこうみょうじに本陣を設ける会津を訪れていたためである。金戒光明寺とは、徳川家康によって知恩院と共に京に有事がある際の軍事要塞となるべく、城郭のように作り変えられた寺であり、それが幕府の創立から長い時を経た今、ようやくその役に立っているわけである。会津藩は、藩祖である二代将軍秀忠の子である保科正之ほしなまさゆきという名君の、未来永劫、将軍家を会津は守る。という遺言に従い、世情が乱れてやまない昨今、進んで京の治安の維持を担う京都守護職を買って出て、この要塞に起居している。
 その公用方(外交官のようなもの)に、芹沢の知り合いがいる、ということで、壬生浪士組を抱えてもらえぬか打診をしに行ったというわけである。
 正式に召し抱えられれば、彼らは会津藩士であり、食うに困ることはない。正式に召し抱えられなくても、食碌もしくは給金くらいはもらえるかもしれぬ。
 そういう期待を抱いてはいたが、結果、芹沢らが会津からもぎ取って来たのは、
御預おあずかり
 という、よく分からぬ立ち位置である。要は、会津が面倒を見はするが、会津の者ではない非正規の組織であるから、何かあっても我々とは無関係である、ということであり、従って俸給も無いのと同じであった。
 だが、働き次第では、もしかしたら正規の組織として認められるかもしれぬ。芹沢などは低く見おって、と怒っていたらしいが、他にどうする当てもないため、従うしかない。
 それが昨日のことなので、芹沢らの身なりと金回りが良いのと会津お預かりになったことは無関係であることは明らかである。
 では何故芹沢らのみが良いものを着ているのかというと、どうやら芹沢が、商家から金を借りているためであるようだった。この頃、御用盗といって攘夷のための活動資金であるから金を寄越せ、と叫ぶ浪士どもが商家に押し入って金をせしめてゆき、断れば帝のお心に背く者は誅すると言ってさんざんに暴れ回ったり、ときに斬ったりもする事件が多発していた。
 その御用盗から守ってやるから金を寄越せ、と芹沢は言うのである。
 商家の者は、溜め息の出るばかりであったろう。言うことが違うだけで、結局、金を取られるだけであり、断れば何をしでかすか分からない。
 別に、芹沢は、この時点ではそれほど激しく暴れたりしていたわけではない。金策をするのも、彼なりにこの窮状に対する施策であったのかもしれないし、ただの憂さ晴らしのつもりであったのかもしれない。
 筆者は思う。芹沢が金をむしり取って行くので、奴が店で暴れたとか、乱暴されたとかいう噂を流せ、と芹沢が御用盗の流行を利用して金を調達していることを更に利用する者がいてもおかしくない、と。
 どのみちそれはもう少し後のことになるので、今そのことを急いで論じることはせず、とりあえず会津の俸禄を僅かでも受けられるようになり、御預であっても社会的地位を得たということが、土方の鬱屈を晴らすことに繋がってゆくということだけを述べておく。

 五月が六月になり、祇園会ぎおんえを迎える頃には、近藤以下の服装もいくらかはましになっていた。
 更に隊士も加入し、後に組長や伍長となる松原忠司や谷三十郎、有名な島田魁や尾形俊太郎などもこの時期からいる。このときで、総勢三十名を越える人数となり、八木家だけでは収まりきらず、向かいの前川という屋敷も借り、宿所とするよになっていた。
 しかしながら、やはり、特に何か血沸き肉躍るような役目が与えられるわけでもないから、大所帯となっても単に市中見回りと称して、街を練り歩くだけだった。
 だれが言い出したか知らぬが、待遇の悪さと、御預りというあやふやな立場、そして働く場が依然として無いということで生ずる新たな鬱屈を紛らわすようにして、有名な浅葱色の揃いのだんだら羽織や、「誠」の旗も用意した。
 久二郎が、壬生浪士組の隊士として、はじめて剣を抜いたのは、この頃のことである。
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