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「まあ、アマーリエ様よ」
「本日もお美しいわ……」
「まさに未来の王太子妃にふさわしいお方ね」
 
 アマーリエが廊下を通れば、そこかしこから聞こえる賞賛の声。
 アマーリエが彼女たちにちらりと視線をおくれば、一団は縮こまってささっと道をアマーリエへと譲った。

「あぁ、さすがは氷の華と呼ばれるだけあって、無闇に話しかけられないわ」
「茶会に招待したら、来てくださるかしら」
「無理に決まっていますでしょう、おやめなさいよ」

 囁き声を耳にしながらもアマーリエは表情を崩さずに堂々と通り過ぎた。
 腰まで伸びた波打つような金の髪、透き通った薄い水色の瞳、美しくはあるがどこか冷たさを感じる顔立ち。
 学園内においては成績優秀、教師陣からの信頼も厚く、二年生にして生徒会の副会長を務めているアマーリエ。
 背筋を伸ばして歩く様は気高く威厳に満ちており、迂闊に話しかけてはいけない、どこか近づき難い雰囲気すらも漂っていた。
 アマーリエは国内随一という巨大な権力を持つオーヴェルニュ家の公爵令嬢にして王太子の婚約者ーーつまり未来の王妃という肩書きにふさわしい己になるために、血の滲むような特訓をして今の自分を作り上げた。
 その結果、ついたあだ名が「氷の華」である。
 氷のように冷たい美貌と近寄り難い雰囲気があるから「氷の華」。
 しかしアマーリエの内心は、こうだった。

(ジルベール様の期待に応えるために、早く「聖なる乙女」と接触しなくては……!)

 ジルベールに昨日「お願いごと」をされてから、早速アマーリエは聖なる乙女に関して調べ上げていた。
 事前にアマーリエが手に入れた情報では、「聖なる乙女」と呼ばれているのはエリー・ブライトンという名前の男爵令嬢であるとのことだ。
 聖なる乙女。
 それは、シャロン王国に百年に一度の頻度で生まれ落ちる乙女の呼び名。
 唯一無二の人を癒す魔法をその身に宿し、ゆくゆくは「聖女」として国の守り手となる存在だ。
 そのような乙女であるからして、次期国王となるジルベールが気にかけるのも当然である。アマーリエとしてもジルベールに言われるよりも前にぜひ会っておかなければと思っていたので、今回の件は僥倖といえる。
 アマーリエとは学年が違うので中々見かける機会はないし、まして話しかけて接触するというのは割とハードルが高い。
 しかし昨夜手に入れた情報で、アマーリエはエリーに話しかける絶好の機会を見つけた。
 すなわち、昼休みだ。
 エリー・ブライトンはいつも昼休みになると一人で中庭で昼食を取るのだという。よほどの悪天候でない限り、多少曇っていても肌寒くても中庭にいるのだと。
 だからアマーリエは偶然を装って中庭に行き、食事を一緒に取りたいと言えばいいのだ。
 アマーリエは今日のために侍女に用意してもらったバスケットを持参し、中庭を目指しつつ、考えた。

(春先のこの季節、中庭で昼食を取るのは気持ちがいいかもしれないけれど……本日の天気は曇り。少し肌寒いのではなくて? それに一人で食事というのは一体何事なのかしら)

 中庭は手入れが行き届いており、特に今はバラが美しい頃合いなので、ピクニック風にシートを広げてバスケットに詰めた食事をいただくという生徒もいる。
 しかし本日は陽が出ていないのでピクニックに適した気候とは言えない。
 加えて、一人であるというのも気がかりだ。
 貴族にとって、この学園生活というのは小さな社交界のようなもの。
 古くから親交のある家の子同士で仲を深め合ったり、新たな繋がりを得たりと、交友は非常に重要な要素だ。
 昼休みや放課後といった自由時間はそうした交友に当てるべき時間帯、一人で食事をするなんてもっての外だというのが共通見解だった。
 アマーリエはエリーに関する情報を頭の中で整理する。
 エリー・ブライトン男爵令嬢。
 小さな領地を経営する男爵家の娘であり、社交界に姿を見せたことはほぼ無い。
 昨年、聖なる乙女の力を発揮したばかりであり素性は謎に包まれている。
 とにかく会ってみないと始まらないわと思い、アマーリエは校舎を進んで中庭へと出た。
 きちんと手入れが行き届いた庭園は、本日は人気がなくうら寂しい。
 等間隔に置かれているベンチやテーブルセットに座っているものは誰もおらず、やはり皆、今日は校舎内で昼食を取っているのだわとアマーリエは思った。
 少し肌寒い庭をゆっくりと歩いて周り、目当ての人物がいないかと目を凝らす。
 そして少し進んだところに、その人物はいた。
 肩で切り揃えられた亜麻色の髪、聖なる乙女の証である水晶のように透き通った銀の瞳、引きむすんだ唇はさくらんぼ色で、素朴で愛らしい顔立ちの令嬢だ。小柄であることも相まって、寒さをしのぐように制服の上からショールを巻き付けた姿は、小動物のような雰囲気が漂っていた。

(よしよし。予定通りですわね)

 アマーリエは満足して笑う。それからさっと足を動かして、木の下に一人ちょこんと座ってサンドイッチを食べているエリーへと近づいた。


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