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「食事中、ごめんあそばせ」
「えっ、はい……!?」

 アマーリエが声をかけると、エリーはあからさまに驚いて顔を上げた。

「えっ、と、あの……あっ、お邪魔でしたか? すみません!」

 エリーは何を勘違いしたのか、そそくさと食べていたサンドイッチをしまって立ちあがろうとする。アマーリエはそれを手で制して、エリーの向かいに腰を下ろし、手に持っていたバスケットを掲げてみせた。

「実は、わたくしも本日は外で食事をしようと思っていましたの。せっかくなのでご一緒してもよろしいかしら?」
「……ええっと、失礼ですが、ど、どちら様でしょうか……?」
「あら、名乗りもせずにわたくしったら」

 実のところ上手くエリーに会えたことで浮き足立っていたアマーリエは、こほんと咳払いをひとつしてから、胸に手を当てて自己紹介をする。

「わたくし、高等科二年に在籍しておりますアマーリエ・オーヴェルニュと申しますわ」

 するとエリーは神秘的な銀色の瞳を大きく見開き、口をぱくぱくと動かす。今しがた完璧な自己紹介をしたアマーリエを信じられないものを見るような目つきで見ると、恐る恐るといった風に問いかけてきた。

「オーヴェルニュって、あの国内一の大貴族の……?」
「国内一だなんて、他にも由緒正しきお家は沢山ございますわ」
「公爵家の……アマーリエ様? もしかして、ジルベール殿下の婚約者の?」
「えぇ」

 ジルベールは次期国王として学園内でも有名。その婚約者であるアマーリエの名も広く知られているので、この反応は予想済みだ。
 アマーリエは謙遜することなく頷いた。
 エリーは既にめいいっぱい見開かれていた目を限界まで大きくすると、「ひええええ!」と言いながら泡を喰ったように後退り、その場に平伏した。

「ちょ、何をなさっているんですの!?」
「アマーリエ様のように雲の上のお方に話しかけられるなんて、恐れ多すぎて……! すみません、すぐに退散いたします!!」 

 凄まじい速度でランチセットを片づけ出すエリー。完全に萎縮している彼女の姿は正直予想外であった。
 エリーとて、国中が切望していた百年に一度の「聖なる乙女」。
 希少性で言えばアマーリエなど軽く上回っているだろう。
 なのにこの控えめな態度は一体どうしたことなのか。
 慌てふためくエリーと対照的に、アマーリエはその場に座ったまま努めて冷静に言った。

「落ち着いてくださいませ。エリー様」
「え……あたしの名前、な、何で」
「もちろん、存じ上げておりますわ。輝く星を散りばめたような銀色の瞳を持つ癒しの魔力の使い手ーー聖なる乙女、エリー・ブライトン様。実はわたくし、エリー様とお話ししてみたいと常々思っておりましたの」

 この言葉に拍子抜けをしたのか、エリーは先ほどまでの慌ただしい様子から一変して手を止めると、すとんと腰を下ろす。そして特徴的な銀色の瞳を伏せると、虚な笑いを漏らした。

「ははは……アマーリエ様がわざわざお話しするほどの価値もないような女ですよ、あたしなんて」
「そんなことはございませんわ」

 アマーリエが否定をしても、エリーは力無く首を横に振る。

「いいえ。あたしなんて……しがない貧乏男爵家の娘。侍女の一人も連れて来られず、制服以外まともな服も持っていない。社交界にだってほとんど顔を出したことがないし……『聖なる乙女』であるというだけでこの学園に入れたって……その魔法も、自由に発動できないし……」

 エリーは自分で自分の言葉に傷ついているのか、話すほどにしゅんとしていった。
 そしてアマーリエには今のエリーの話の中で聞き捨てならない言葉があった。

「誰かが貴女にそのようなことを言っているの?」
「皆、言っています。ここに通う方たちは素晴らしい方達ばかり……あたしみたいな貴族の端くれに、いる価値はないって……」
「まあ!」

 アマーリエは憤った。しょぼくれるエリーの手を取り、力強く言う。

「エリー様、自信を持って。そんな非道いことを言う人に負けてはダメよ。貴女は聖なる乙女……きっとその方達は、貴女の持つ才能に嫉妬しているのだわ」
「アマーリエ様……」
「わたくしが貴女のお手伝いをいたします。そんな方々は、見返してやりましょう」
「そんな、恐れ多いです」
「いいえ。わたくしは未来の王太子妃として、ひいては国の未来のためにも『聖なる乙女』であるエリー様と手を携えていきたいと思っているのです。共に、がんばりましょう?」

 アマーリエが見つめると、エリーは戸惑いながらも頷いた。
 アマーリエはエリーを鼓舞するように握った手に少しだけ力を込める。
 銀の瞳を持つ彼女は、紛れもなく「聖なる乙女」だ。男爵令嬢であるとか、裕福でないとか、そんなことは関係がない。
 彼女に嫉妬し、謂れのない誹謗中傷をする者がいるのであればーー断じて許すことなどできない。「聖なる乙女」は国に必要不可欠な存在、害して良い訳がなかった。

(エリー様は萎縮しているのだわ。わたくしが教え、導いて差し上げなくては)

 アマーリエは使命感に燃えていた。
 聖なる乙女であるエリーが自信を失っている。彼女を虐める人間がいる。
 ならばそうした人々に一泡吹かせてやろうではないか。
 ジルベールに言われたからではない。
 これは……貴族令嬢アマーリエとしての矜持だ。
 社交界に出たことがほとんどなく、右も左もわからないエリーに非道い言葉をぶつける人間がいるという事実に我慢がならない。正々堂々と勝負ができるよう、立派な淑女に仕立ててあげようではないか。

「エリー様、早速今日の放課後から特訓開始ですわ!」
「は……はい!」

 アマーリエの勢いに押されたのか、エリーは思わずといった風に頷いた。
 満足したアマーリエは、「さあ、では、お昼にしましょう!」と言って持参したバスケットから豪華すぎる食事を取り出し、エリーを再び萎縮させたのだった。
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