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 クランセコール学園では必須科目として魔法学が存在している。
 座学と実践の二つの科目があり、一年生は本日、実践の授業がある。
 生徒たちは広々とした校庭で前後の間隔をあけ一列に並んでいた。

「ーーいいですか、今まで学んだことを思い出し、魔力を練る。決して力を入れすぎてはいけませんよ」

 教師の話を聞く生徒たちの表情は真剣そのものだ。中には家で家庭教師をつけて魔法を学んでいた者もおり、そういう人は余裕があるが、そうではない者もたくさんいる。
 エリーも緊張で身体中がこわばっていた。

(……大丈夫、教わった通りにやれば、できるはず……)

 エリーは男爵令嬢であるが、領地では基本的に領民と共に田畑を耕したり馬を駆って森に出かけたりしていたため、魔法に触れたことは無い。
 ただ一度、領地に流行病が蔓延した時に癒しの魔法を発動しただけだ。
 あの時は無我夢中でどうやって魔法を使ったのか覚えていないし、再現しようとしても出来なかった。

(大丈夫、アマーリエ様のいう通り、少しずつ覚えていけばいいのよ)

 エリーは両手をぎゅっと握り、自分に言い聞かせるように心の中で大丈夫と繰り返す。
 よし、とエリーが顔を上げ両手を前にかざして魔力を練る。体内で巡る魔力を手のひらから押し出すようなイメージで、見えないものを形作るようなイメージで。

(ーー魔力放出!)

 しかし、エリーの手のひらの間には、何も生み出されなかった。

(……も、もう一度)

 気持ちを落ち着かせもう一度、と思ったが、やはりうんともすんとも言わない。
 魔力を練り上げられていないのはエリーだけで、周囲の生徒たちはそれぞれ手のひらの間に拳大の淡い光を顕現させていた。
 色は、各々の得意な属性の魔法の色に分かれている。
 水魔法が得意な者は淡い青、火魔法が得意な者は燃え上がる赤、風魔法が得意な者は緑色。
 エリーは段々、焦ってきた。
 皆が易々とこなせている魔法の初歩を、自分だけが出来ないというのは許されることではない。

(もう一度、もう一度やってみよう)

 エリーがすーはーと深呼吸して再度挑戦しようとした時、隣にいる生徒が声をかけてきた。

「あら? エリー様はまだ魔力放出をしていないんですの?」

 聞き覚えのある声に隣を見ると、そこにいたのはオレンジ色の巻き毛の令嬢ーーキャロラインだった。
 キャロラインは見事な赤色の魔力の塊を両手の中に顕現させており、余裕たっぷりの表情でエリーを見つめている。

「エリー様は聖なる乙女だと聞き及んでおりますけど……魔力操作があまり得意では無いようですね。魔力の放出は基本中の基本、出来ないでは済まされませんわよ。ご家庭で教師に教えてもらえませんでしたの?」
「それは……」
「あぁ、お家が貧乏すぎて家庭教師を雇う余裕などなかったのですね。ですが、王都に来てからは一流の宮廷魔法使いに教えて頂いたのでは? まさか、それでも魔法を使えないとおっしゃるのですか?」
「…………」

 エリーが何も言い返せないでいると、キャロラインは大きな瞳をこれでもかと見開いて「まああ」と大袈裟に言った。

「『聖なる乙女』が聞いて呆れますわね。このままでは国の未来が心配になりますわ。魔法を使えない『聖なる乙女』と、家柄だけが取り柄の高飛車で人望のない婚約者……殿下のご負担が増えるばかりだわ」

 キャロラインの物言いにエリーはカチンときた。

「それは、アマーリエ様のことを言っているんですか」

「ま。品のない問いかけですこと。貴女がアマーリエ様に取り入ろうとしていることなど、お見通しですわよ。大方、己の能力の無さを隠すためにより大きな権力の傘の下に入って守ってもらおうと考えているのでしょうけれど、無駄ですわ。魔法の使えない『聖なる乙女』なんて、すぐに愛想を尽かされて捨てられるに決まっている」
「…………」
「貴女も、貴女を庇い立てするアマーリエ様も、すぐに破滅するでしょうね。癒しの魔法を使えない聖なる乙女を庇う無能な公爵令嬢……貴女の追放も、アマーリエ様の婚約破棄ももう間もなくですわ。そうしたら、次に殿下の婚約者になるのはこのあたくし」
 キャロラインのあんまりな言い方にエリーは腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じた。
「アマーリエ様を悪く言わないで」
「へえ、あの女を庇うの? 頭の悪い聖女様ねえ」

 エリーの中で、何かがプチンと切れた。
 全身をわななかせ、きっとキャロラインを睨みつける。

「あのお方は、誰よりも気高く素晴らしいわ……! あなたなんか足元にも及ばない!」

 ぶわりとエリーの足元に白く輝く円陣が現れ、制服の裾をはためかせる。
 亜麻色の髪が揺れ、銀色の神秘的な瞳が強く光った。

「私を悪くいうのは構わない……けれど、アマーリエ様を侮辱するのは、許せないわ!」

 エリーのただならぬ様子に周囲の生徒と教師が何事かと振り向いた。
 けれど、もう遅かった。
 エリーを中心に展開しているのは、エリーの内に秘められていた膨大な魔力の塊だ。
 魔力放出の実践中に、心の揺れをきっかけにエリーの魔力が外へと漏れ出る。
 それは誰もが思っていたよりも強力な代物で、ただの「魔力放出」であり、まだきちんとした術である「魔法」でないにも関わらず、周囲の人が怯えるほどの威力を誇っていた。

「いけない、このままだと魔力が暴走する。ブライトン、心を落ち着かせて、魔力を内に収めなさい!」

 教師の焦った声が聞こえるが、エリーには解放された魔力をどうすれば収束できるのかわからなかった。
 感情に任せて放たれた魔力はーー暴走し、人を傷つけることがある。
 たとえそれが癒しの魔法の使い手である「聖なる乙女」のものだとしても。
 生徒たちの悲鳴が聞こえ、「うわぁ、血が!」「腕が切れたぁ!」「きゃあああ!」と絶叫する声が耳に届く。

(どうしよう、どうすればいいの? 誰か、助けてーー!!)

 焦れば焦るほどに、感情の昂りと呼応して魔力暴走は止まらない。
 白銀の魔力は凄まじい勢いで迸り、もはやエリーの姿を包み隠してしまっていた。
 周囲の様子がわからない。叫ぶ声が聞こえても、何を言っているのかわからない。
 混乱する最中、エリーに伸ばされた、一本の腕。白くしなやかやな腕の先を辿っていくと、エリーの展開する魔力放出の内側に強引に入ってきた人物と目が合った。

「エリー様、落ち着きなさって! わたくしの言う通りにーー!!」

 長く美しい金色の髪を靡かせて、澄んだ瞳に力強い意志を宿して。

(……あぁ)

 ほろりとエリーの瞳から涙がこぼれ落ちた。
 いつだって、孤独なエリーに救いの手を差し伸べてくれるのはたった一人。
 エリーは伸ばされた右手に、左手を乗せた。

「……アマーリエ様」

 名前を呼ぶと同時に、エリーの手が力強く握られた。
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