ほろにがブラウニーとあまあまボンボン

宮野愛理

文字の大きさ
9 / 14

ぐるぐる迷走中

しおりを挟む
 先輩に昨日言われた言葉が、何かの拍子にふと頭によぎる。

 〝その相手ってさ、ゲイなのか?〟
 〝口説くときの常套手段じゃねーか〟

 いや、ずいぶんと距離感の近い人だなぁとは思うんだ。だからと言って口説かれている、までの思考は飛躍している気がする。でももし、雄大さんと女の人が同じような状況にいたとして、それを客観的に見ていたら「口説かれてるな~」と思う……ドラマとかなら、そのまま手を握られて「え……うそ?」なんてモノローグが入ってテーマソングが流れてしまうようなシーン。
 だからって雄大さんに「あなたはゲイですか?」と聞けるか? 無理だろ。「なんでそう思うんですか?」と聞かれたらどうするよ、どう答えるよ。「勘違いしちゃいますから!」って? 雄大さんにそんなこと言ったら、お前こそゲイだろうって思われるよ。
 しかもそれを聞いたら……この関係は終わりになるだろう。こうやって連絡を取り合って、試食して、感想を話し合うのもさ、俺がゲイだって思われたら「気持ち悪い」と言われて終わりになる(まぁ俺はゲイじゃないんだけど)。
 そんなことで終わるのは、ちょっと嫌だなぁと思う訳だ。単なる甘い物好きってだけの俺が何かの役に立てるんだなって……ちょっと嬉しかったんだよ。好きでも俺はお菓子を作れないし、そんな仕事をしている知り合いもいなかったし、俺の意見なんてグルメ口コミサイトで☆を付けるくらいだったのに。ひょんなことで知り合った雄大さんのお陰で、夢や妄想が形になるところを見せて貰っている。まっさらなところに、どんどんとイメージが形作られていくんだ。物を作れる人って凄い。

 はっきりさせたい気持ちと、はっきりさせたくない気持ちが天使と悪魔のようにせめぎ合って、無駄に疲れてしまったから俺は今S駅にいる。疲れている時には甘い物。やけ酒ならぬ、やけ食い。そこでキルシュブリューテを選ぶ俺。土曜だし、どうせ雄大さんは出てこないしな。気を遣わせたくないから、行くことは連絡していない。土曜の十一時三十分なんて、きっと仕事に一段落がついて休憩しているところだと思うし。
 約十日ぶりのキルシュブリューテは店先のブラックボードの内容が変わっていて、〝三月一日から新しいメニューが加わります〟なんて書いてある。シフォンケーキのことかな? 先週来た時とは違いショーケースも満杯に近い状態でケーキが並んでいた。流石、土曜の昼前の時間帯――店内はそこまで混雑している訳でもなく、喫茶スペースも何人かの人たちがケーキを食べ終わってまったりしている感じだ。俺もゆっくりさせて貰おう。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「喫茶のほうで食べたいんですが……」
「今は席が空いていますから、こちらでゆっくりとご覧ください。お決まりになられましたらお席へご案内いたしますね」

 今日は奥さんじゃないんだな。うーん。奥さん相手ならオススメを聞けたんだけど……そして、俺が甘い物好きと知っているから三個くらい注文しても驚かないだろう。普通は驚くよな。二個までにしておこう。となると定番を一つ……ショートケーキかチーズケーキか……くそ、主任がいたらどっちかのシェアが出来たのに! やっぱり三個頼もうかな。って、チーズケーキにスフレとベイクドが……駄目だ。

「すみません。ちょっと決められないので、席に着いてから考えても良いですか?」
「は、はい……お席にもメニューはご用意してありますので、どうぞ」

 あのままショーケース前でうんうん悩んでいたら絶対に危ない人になる。お店に迷惑を掛けてしまうのは駄目だろう。席に案内してくれたのは大学生くらいの男の子だった。バイトの子かな? でもちょうど良かった。男の子相手のほうが聞きやすい。

「あの、オススメってどれですか?」
「え……?」

 あれ? こういうケーキ屋さんで働いているってことは甘い物好きだと思ったんだけど……思いっきり顔に〝わかりません〟って書いてある。バイトくんは「少々お待ちください」と言ってから奥に引っ込んでしまった。いや、思いつかないならそれはそれで構わないんだけど……雄大さんに聞いておけば良かったかな。というか、こういうところでスパッと決められない俺が悪いんだよね。一人だとどうしても悩んでしまうんだよ。

「まぁ、桜井さん!」

 お冷やを飲んでいたら、バイトくんの引っ込んだほうから聞き覚えのある声が……

「こんにちは、礼子さん」
「いらしてくださっていたのね。でも今ゆうちゃんは休憩に出ていて……」
「知らせていないので仕方ないですよ。それに、お店のほうには出ていないでしょう?」
「そうなんだけど……あ、それなら奥で待っていてあげて」
「え?」
「晃一さんも休憩しているの。あのことのお礼も言いたいし……はるちゃん、お店のほうよろしくね」

 怪訝な顔で頷くバイトくん改め〝はるちゃん〟――店頭に出ている女の子のほうだと思ったら、男の子のほうだった。そのまま奥の住居スペースに誘われる。

「ごめんなさいね。はるちゃんは甘い物が得意じゃなくて、オススメを聞かれて困ったみたいで……」

 はるちゃんは甘い物が苦手らしい。え? なんでそんな子がケーキ屋さんでアルバイトをしているんだ?

「ケーキ屋さんの息子なのにねぇ」
「え!?」
「困った子よね」

 ふわふわと笑う礼子さんに、どう答えれば良いのか。甘い物が苦手な跡取り息子、というのもだけどあの大学生くらいの男の子が礼子さんの息子? え? 礼子さんっていくつ? 娘さんがいることは聞いていたけど、それも勝手に中学生くらいだと思っていたのに。

「おー、桜井くん。いらっしゃい」
「あ、はい。お邪魔して……ます」

 店主で雄大さんの叔父さんでもある晃一さん……は、四十代半ばくらいだから、はるちゃんが二十歳でもおかしくはないのか。え? ということは礼子さんは十代で子供を産んだとか?

「雄大は外に出ちゃっているんだよ。もうすぐ帰ってくると思うから……あ、ケーキ何にするか決まっていた?」
「はるちゃんがオススメを聞かれたんだけど、あの子は甘いのが駄目でしょう? 私のオススメを持ってくるわ」
「うん、そうしてあげて。――桜井くん、コーヒーと紅茶とどっちが良い?」

 リビングに通されて、あれよあれよという間にコーヒーが出され、ショートケーキとミルフィーユとオレンジのタルトが目の前に。

「足りるかしら?」
「もし足りなかったら言ってね」

 にこにこと笑う高村夫妻。この、少し強引なところは血筋なのでしょうか? 俺が流されやすいというだけか? しかも普通に三個も出してくれているし……余裕で食べられるってバレている。
 恐る恐る「いただきます」と声を掛けて……あ、ショートケーキ美味しい。旬の苺が真ん中にもぎっしり入っている。生クリームは味が濃いのに口に残らなくて、ちょっと小ぶりなサイズだけど一個で満足感があるな。ミルフィーユは……このまま食べると崩壊するから横に倒して、と。作った人の前で横倒しにさせてもらうとか、なんだか申し訳ないけれど……パイ生地サクサク。こっちには粒の残った苺生クリーム、少し酸味のある感じで見た目よりさっぱりした味。オレンジのタルトは、下のカスタードクリームの味が濃厚で、オレンジのジューシーさに負けていない。土台のタルト部分は気持ち固めで、最初は歯ごたえを感じるけど、これがフルーツの水分と合わさるとちょうど良い。

 そんな感じで三個をぺろっと……やばい、何も言わずに一気に食べていた。

「美味しそうに食べるねぇ」
「本当にね。オススメした甲斐があるわ」
「俺も作った甲斐があるなぁ。雄大が喜ぶ訳だ」

 またしても間抜け面を晒していたようです。恥ずかしい。

「桜井くん。あの時、雄大に活を入れてくれて本当にありがとう」
「え?」
「あいつ、かなり落ち込んでいたからさ……それに新作の相談も受けてくれているんだろう? 普段の仕事もあるのに、雄大の面倒まで見てもらっていて申し訳ないと思っているんだよ」
「い、いえ! 俺は本当に……ただ食べているだけというか、美味しい思いをさせてもらっているだけでして……」
「こういう仕事をしていると、食べてくれた人の笑顔や感想が嬉しいんだよ。本当に。掛け値なしの感想っていうのは、やっぱり励めになるからさ」

 まぁ確かに、どんなことでもそれを評価してくれる人がいるのは一番だよな。俺も仕事で認められたって思えた時は嬉しかったし。

「あいつ少し人間不信なところがあって、感想を言われても素直に受け取れないんだよ。でも桜井くんの言葉はそのまま受け取れるみたいでね。そういう人と出会えることって、次の創作にも繋がる大事なことなんだ。あいつ、今はバンバンと次のことを考えているだろ?」
「……そうですね」
「桜井くんのお陰だよ。何気ない一言でも、次への創作意欲が湧いてくるんだ」

 本当にありがとう、と重ねていう晃一さんは師匠としても叔父としても安心した様子だった。確かに結構へこんでいたもんな……あの時、スランプとも言っていた。今は全然そんな感じがないけど。

 でもちょっと待とう。人間不信ってなんだ? 俺のイメージだと人と関わり合いになりたくないタイプの人なのに、そう言われている雄大さんはめっちゃフレンドリー。ぐいぐい来るタイプ。別に嫌じゃあないけど、人間不信なところを取っ払ったらそっちが素ということか? 誰彼構わずあんな調子だったら、そこら中で恋愛的なボヤ騒ぎが起きるような気がするんですけど。

「これからも、雄大のことよろしくね」
「えーっと……俺で良ければ」

 何が出来るかなんてわからないけど……そんな気持ちを見透かせたのか、礼子さんが「大丈夫よ、絶対に手放さないから」と不穏なことを言った、次の瞬間だった。

「あー!! え、なんで紘夢さんが!?」
「おかえり。なに、ちょっと新作の相談に乗ってもらっていたんだよ」
「何それ?! 駄目ですよ、叔父さんには礼子さんがいるでしょう! 紘夢さんは俺の!!」

 ちょうど休憩から戻ってきた雄大さんが、リビングに入ってきて俺たち三人を見て叫んだ。そしてそのままの勢いで折れの背後に陣取り……ちょっと待ってなんでそのまま抱きしめるの。座った人間に体重掛けないで。首、首が下を無理に向かされてゴキッと鳴った。ギブギブ。息苦しいから! 腰も痛いから!!
 雄大さんの圧迫ホールドからなんとか抜け出した俺が見たのは、困った顔で笑う晃一さんと、相変わらずにこにことした礼子さんの姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

ランドセルの王子様(仮)

万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。 ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。 親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...