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身上調査
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お茶を淹れてくれた小柄な人が、偉い人とともに向かいに座る。
「改めて、ごめんね。ビックリさせたよね……僕はリコ、この人の補佐をしています。たぶん誤解していると思うから言うけど、これでも三十は超えています」
「え!?」
「うん。だよね。童顔だからね……」
「俺はジルフィス、あいつの……リューセントの上司と思ってくれたら良い」
この二人、かなり昔からの付き合いみたいで会話のテンポが速い。自分のことをどう説明しようか迷いながら、出されたお茶を啜っていると「これも食べてね」とチョコレートを出してくれた。
「アシャン・コッレルモ。半年前に成人済み。王都に来たのは三ヶ月と少し前……城門の記録とも一致しているな。そのまま宿屋〝金猫亭〟に泊まったところ、リューセント・ウォルズと接触。翌日からはあいつの家で囲い込み……お前、そっからどこにも出ていないんだな。せっかく上京したんだからもっと遊び歩けよ」
「ジル、幼なじみの弟が心配だからってそこまで調べてたの? ごめんね、アシャンくん。悪気はないんだ……あの、一応隊員の恋人や伴侶の情報って立場的に把握していないといけなくって……」
「あ、いえ。仕方ないと思うので大丈夫です。でも恋人じゃないですよ?」
反社会勢力との繋がりとか、そういうのは公の立場の人では禁忌だ。この世界に暴力団はないだろうと言うなかれ、下手したらもっと過激な組織だからね。
他国からのスパイとか、テロ組織とか。
俺自身はそんなのに出会ってないし都市伝説では? と思っているけど、ルクウストさんには「王都に来たからには」としっかり釘を刺された。
だからやっぱり、あるところにはあるらしい。
「恋人じゃ、ない? いやお前、あいつの長年のインポテンツを治したんだろ?」
「やることはやってるんだよね??」
恋人じゃないと訂正したら、二人ともが唖然としていた。というかリコさん、可愛い顔してそういうことを言っちゃうんだ。
「ないです。あ、その……宿屋でっていうのは間違いないですけど。それからは全然」
「はぁ!? この三ヶ月ちょい、なんにも? まったく??」
「はい。まったく」
むしろこの三ヶ月でリューセントさんが自慰をしている雰囲気もなくて、そっちのほうが心配ではある。俺はまぁ、たまにトイレでさせてもらってるけど。
「勃起不全はわからないですけど、とりあえず俺はなんか……代わりっぽいので」
イーアさんの。
あぁまた胸が痛い。殆ど知らない人を相手にする話ではないけど、思わずくちから出てしまった。
「イーアってあいつの……いや、それはそれでおかしくないか?」
「でもたまに、寝ぼけながらそう言ってますし。まぁそれならそれで、俺としては仕方ないかなって思ってます。ほぼ無一文だったところを拾ってもらって、勉強もさせてもらえて、そのお返しが出来ればそれで良いかなぁ、とか……」
「……アシャンくん」
話しながらポロポロとこぼれた涙をリコさんがハンカチで押さえてくれて、背中を軽くさすってくれる。目線だけで「ありがとうございます」と伝えると笑ってくれた。
それでこの話は終わり。気まずい顔をしていたジルフィスさんはリコさんに冷たい視線を向けられて、しょんぼりしながら自分の机に向かった。その時にすかさずお茶とお菓子を持って行ったから、普段の仕事っぷりもわかるというもの。
見た目からして厳ついジルフィスさんを尻に敷くリコさんって、本当に何歳なんだろう。
しばらくすると部屋にはカリカリとペンを走らせる音が響いた。主にリコさんの手元から……ジルフィスさんは仕事しているように見せかけて、音がしていない。
うん、そういうことなんだろうな。
「あー、もう! また計算間違い!! ジル、いい加減にしてよ!!」
「うっせぇな……俺がそういうチマい作業が苦手なの知ってんだろ。だからお前が補佐役なんじゃねぇか」
「それだって限度があるの! ほんっとに……もっと事務が得意な人を増やしてよぉ」
これ、聞いていて良いのかな。
「アシャンくん、聞いて下さいよ。ここさ、職務柄わかるとおり、脳筋ばっかりでね……文字は汚い、計算は間違える、まぁその筆頭がジルなんだけどさ!」
聞いても良いらしいけど、今度は愚痴になってしまった。筆頭とされたジルフィスさんは「自分は何も聞いていません」とばかりに顔を背けている。
本当に、この二人の関係性はなんなんだろう。
「事務職を募集しても、そういう人は事務局に取られちゃってね! そりゃ事務局のほうが事務仕事なんだし仕方ないけど、こっちはこっちで書類仕事はあるんだよ!!」
「……大変ですね」
「大変なのぉ!!」
わぁんと机に突っ伏してしまった。これで三十歳超え……見えない。
試しにと席を立ってリコさんの持ってる書類を覗かせてもらうと、たしかに繰り上げ計算で桁がズレていた。それをそのまま次の式に当てはめているから、ズレたまんまで進んでいる。
「ここまでは合ってます。ここから先が再計算ですね……えっと、数は八百と三十二」
なんの数字かはわからないけど、守秘義務が怖いから数字だけを追ってそう答える。ちなみに、最初に書かれていた数字は八百五十五なので二十三もズレていた。
「アシャンくん、数字得意?」
「足し引きくらいなら大丈夫です。文字の読み書きは苦手なので、難しい言葉はわからないですけど」
「ジル!」
「はいよっと。――んじゃこれ、お前の任命書な?」
そんな流れで渡されたのは今日の日付で〝臨時書類補佐官任命書〟……こんな大事な書類、この場で簡単に発行して良いんだろうか。でもここの長が出してるから問題ないのかな。
「ごめん、今日だけでいいから手伝って!」
そう叫んだリコさんの手で応接のテーブルに書類がドサドサと積まれていく。
難しいことは考えなくていいからひとまず計算が合っているかどうかを見て欲しいと言われて、まぁそれならと頷いた。ついでに手渡されたのは計算用の裏紙とつけペン。つけペンはその名の通り、インクにペン先を浸して書くやつ。豪勢な羽飾りはついてなくて木をそのまま削ったような簡易な物だ。
これで再計算をしてくれってことだけど、ぶっちゃけ足し算引き算なら暗算でもいける。
そうやって三枚の数字を直した時には、リコさんの目が変わった。
「この子、絶対に欲しい。今日だけの臨時とかじゃなくて、職員として欲しい」
「それはリューがいいって言うかどうかだろ」
「ジル、言わせて! リューセントの弱み、なんか握ってるでしょ!?」
恐ろしい言葉が聞こえてくるけど、働けるなら俺も働きたい。そのためにもここでしっかりと実力を示しておこう。
そう思いながら持ってるペンを握り直した。
「改めて、ごめんね。ビックリさせたよね……僕はリコ、この人の補佐をしています。たぶん誤解していると思うから言うけど、これでも三十は超えています」
「え!?」
「うん。だよね。童顔だからね……」
「俺はジルフィス、あいつの……リューセントの上司と思ってくれたら良い」
この二人、かなり昔からの付き合いみたいで会話のテンポが速い。自分のことをどう説明しようか迷いながら、出されたお茶を啜っていると「これも食べてね」とチョコレートを出してくれた。
「アシャン・コッレルモ。半年前に成人済み。王都に来たのは三ヶ月と少し前……城門の記録とも一致しているな。そのまま宿屋〝金猫亭〟に泊まったところ、リューセント・ウォルズと接触。翌日からはあいつの家で囲い込み……お前、そっからどこにも出ていないんだな。せっかく上京したんだからもっと遊び歩けよ」
「ジル、幼なじみの弟が心配だからってそこまで調べてたの? ごめんね、アシャンくん。悪気はないんだ……あの、一応隊員の恋人や伴侶の情報って立場的に把握していないといけなくって……」
「あ、いえ。仕方ないと思うので大丈夫です。でも恋人じゃないですよ?」
反社会勢力との繋がりとか、そういうのは公の立場の人では禁忌だ。この世界に暴力団はないだろうと言うなかれ、下手したらもっと過激な組織だからね。
他国からのスパイとか、テロ組織とか。
俺自身はそんなのに出会ってないし都市伝説では? と思っているけど、ルクウストさんには「王都に来たからには」としっかり釘を刺された。
だからやっぱり、あるところにはあるらしい。
「恋人じゃ、ない? いやお前、あいつの長年のインポテンツを治したんだろ?」
「やることはやってるんだよね??」
恋人じゃないと訂正したら、二人ともが唖然としていた。というかリコさん、可愛い顔してそういうことを言っちゃうんだ。
「ないです。あ、その……宿屋でっていうのは間違いないですけど。それからは全然」
「はぁ!? この三ヶ月ちょい、なんにも? まったく??」
「はい。まったく」
むしろこの三ヶ月でリューセントさんが自慰をしている雰囲気もなくて、そっちのほうが心配ではある。俺はまぁ、たまにトイレでさせてもらってるけど。
「勃起不全はわからないですけど、とりあえず俺はなんか……代わりっぽいので」
イーアさんの。
あぁまた胸が痛い。殆ど知らない人を相手にする話ではないけど、思わずくちから出てしまった。
「イーアってあいつの……いや、それはそれでおかしくないか?」
「でもたまに、寝ぼけながらそう言ってますし。まぁそれならそれで、俺としては仕方ないかなって思ってます。ほぼ無一文だったところを拾ってもらって、勉強もさせてもらえて、そのお返しが出来ればそれで良いかなぁ、とか……」
「……アシャンくん」
話しながらポロポロとこぼれた涙をリコさんがハンカチで押さえてくれて、背中を軽くさすってくれる。目線だけで「ありがとうございます」と伝えると笑ってくれた。
それでこの話は終わり。気まずい顔をしていたジルフィスさんはリコさんに冷たい視線を向けられて、しょんぼりしながら自分の机に向かった。その時にすかさずお茶とお菓子を持って行ったから、普段の仕事っぷりもわかるというもの。
見た目からして厳ついジルフィスさんを尻に敷くリコさんって、本当に何歳なんだろう。
しばらくすると部屋にはカリカリとペンを走らせる音が響いた。主にリコさんの手元から……ジルフィスさんは仕事しているように見せかけて、音がしていない。
うん、そういうことなんだろうな。
「あー、もう! また計算間違い!! ジル、いい加減にしてよ!!」
「うっせぇな……俺がそういうチマい作業が苦手なの知ってんだろ。だからお前が補佐役なんじゃねぇか」
「それだって限度があるの! ほんっとに……もっと事務が得意な人を増やしてよぉ」
これ、聞いていて良いのかな。
「アシャンくん、聞いて下さいよ。ここさ、職務柄わかるとおり、脳筋ばっかりでね……文字は汚い、計算は間違える、まぁその筆頭がジルなんだけどさ!」
聞いても良いらしいけど、今度は愚痴になってしまった。筆頭とされたジルフィスさんは「自分は何も聞いていません」とばかりに顔を背けている。
本当に、この二人の関係性はなんなんだろう。
「事務職を募集しても、そういう人は事務局に取られちゃってね! そりゃ事務局のほうが事務仕事なんだし仕方ないけど、こっちはこっちで書類仕事はあるんだよ!!」
「……大変ですね」
「大変なのぉ!!」
わぁんと机に突っ伏してしまった。これで三十歳超え……見えない。
試しにと席を立ってリコさんの持ってる書類を覗かせてもらうと、たしかに繰り上げ計算で桁がズレていた。それをそのまま次の式に当てはめているから、ズレたまんまで進んでいる。
「ここまでは合ってます。ここから先が再計算ですね……えっと、数は八百と三十二」
なんの数字かはわからないけど、守秘義務が怖いから数字だけを追ってそう答える。ちなみに、最初に書かれていた数字は八百五十五なので二十三もズレていた。
「アシャンくん、数字得意?」
「足し引きくらいなら大丈夫です。文字の読み書きは苦手なので、難しい言葉はわからないですけど」
「ジル!」
「はいよっと。――んじゃこれ、お前の任命書な?」
そんな流れで渡されたのは今日の日付で〝臨時書類補佐官任命書〟……こんな大事な書類、この場で簡単に発行して良いんだろうか。でもここの長が出してるから問題ないのかな。
「ごめん、今日だけでいいから手伝って!」
そう叫んだリコさんの手で応接のテーブルに書類がドサドサと積まれていく。
難しいことは考えなくていいからひとまず計算が合っているかどうかを見て欲しいと言われて、まぁそれならと頷いた。ついでに手渡されたのは計算用の裏紙とつけペン。つけペンはその名の通り、インクにペン先を浸して書くやつ。豪勢な羽飾りはついてなくて木をそのまま削ったような簡易な物だ。
これで再計算をしてくれってことだけど、ぶっちゃけ足し算引き算なら暗算でもいける。
そうやって三枚の数字を直した時には、リコさんの目が変わった。
「この子、絶対に欲しい。今日だけの臨時とかじゃなくて、職員として欲しい」
「それはリューがいいって言うかどうかだろ」
「ジル、言わせて! リューセントの弱み、なんか握ってるでしょ!?」
恐ろしい言葉が聞こえてくるけど、働けるなら俺も働きたい。そのためにもここでしっかりと実力を示しておこう。
そう思いながら持ってるペンを握り直した。
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